当たり障りのない依頼 ①
「おっ、おかきおるやん。 いつ戻ってきたん?」
「おはようごじゃます……昨日の深夜に特急便で……」
赤室学園の朝。 リンネちゃん事件を解決したおかきは、3日間の事後処理を終えてようやく寮へ戻ってくることができた。
寝ぼけ眼のまま起きぬけた食堂では、先に起きていたウカたち数名の学生が朝食を自炊している。
冬期休暇中の寮は人気も少ないが、それでも朝のこの時間は学園で過ごすことを選んだ学生たちには憩いの時間となっていた。
「おっはよーおかきちゃん、小旅行行ってきたんだって? いいなー」
「うちもスキー行ってきたんだー、お土産はそこのテーブルに置いてあるから好きにもってって」
「あじゃます……スキー場のお土産になぜサーターアンダギーが?」
「こらこら、起き抜けに菓子食うんやない。 ご飯なら炊いてあるからおかきの分もよそったるで」
「おっはよー皆の衆、カワイイボクの登場だよ……って新人ちゃんが帰ってるじゃん、しかも寝癖ついてる」
「おはようございます忍愛さん……この程度なら手櫛で梳かせば勝手に直りますよ」
「全女子が嫉妬する髪質じゃん。 トリートメント何使ってんの」
「ほらほら、山田も起きてきたんなら席につき。 朝飯は米でええな? パン派は自分で焼いてこい、ぺっ」
「パイセンは朝パン派に親でも殺されたの? あと山田言うな」
「すみません、お手伝いもしてないのに……」
「気にせんでええよ、うちが勝手にやってることや。 山田は代金500APな」
「これいじめとして学園側に告発すべきじゃないか?」
いつも通りのやり取りを交わしながらも、ウカは面倒みよく皆の前に炊き立てのご飯とおかずを配膳していく。
別に朝食の用意に当番や取り決めなどはないが、ウカが一番米を美味しく炊けるということで自然と炊飯は彼女の担当となっていた。
それゆえ朝は白米を中心とした献立となり、おかずやみそ汁はヒマしている者も手伝うという暗黙の了解が敷かれている。 なお子ども扱いされているおかきはなかなかキッチンには立たせてもらえない。
「パリッパリの焼き鮭にお味噌汁に卵焼きとキュウリの浅漬け……こういうのでいいんですよこういうので」
「んー、美味しいけどなんでボクも同じキッチン使ってるのにこんなに味違うんだろ。 このシャケめちゃくちゃふっくら焼けてる」
「下処理の違いやろ。 それにガス火で焼くとどうしても嫌な臭いがつくねん」
「まさかわざわざ炭火起こして焼いているんですか?」
「いや、狐火」
「めっちゃ罰当たりな使い方じゃん」
イタズラめいて舌を出し、ウカはおかきたちだけに見えるよう指先に小さな火をともして見せる。
ガスっぽさもなく火力調整も自由自在な炎ならばたしかに調理に適しているが、忍愛の言う通りどことなく罰当たりな気分もぬぐえない。
「むしろご利益あるやろ。 ほらほら、冷めてまう前に食べえや」
「はい、いただきます。 ところで私がいない間は平和でしたか?」
「んー、どうだろ? ボクらも別件で外に遊びに行ってたからさー」
「ああ、ホンマきつかったな……おかきもお疲れさん」
「なるほど、お互いさまでしたか……」
2人の疲れた表情から、おかきは自分の不在中に何があったのかを大方察する。
SICKの活動に安寧はない、おかきがリンネちゃん事件を解決する裏でウカたちも世界の平和を守っていたのだろう。
「それよりガハラ様はどしたの? 別居中?」
「あれ、私より先に帰っていたはずですけど見かけてませんか?」
「お嬢なら薬剤のレポート書く必要あるからって今はラボにこもっとるで、あの様子からするにあと2~3日は出てこないんとちゃう?」
「そうですか、まあ変なことに巻き込まれていないなら安心です」
「あっ、変なことと言えば幽霊ちゃんからこんなの預かったよ、探偵部宛てだってさ」
何かを思い出して膝を叩き、忍愛が胸の谷間から一通の封筒を取り出す。
封筒の表には流麗な筆字で、「探偵部様へ」と書かれていた。
――――――――…………
――――……
――…
「……はぁ」
カフェの一席に座る少女が一人、冷めきった珈琲を前にため息をこぼす。
別にせっかく淹れてもらったオリジナルブレンドを台無しにしてしまったことに落ち込んでいるわけではない。
コーヒーはただ手を付けられるような気分ではなかっただけだ。
(……本当に来てくれるんだろうか)
少女は先日出した手紙の返事を握りしめる。
指定された時刻は壁に掛けられたあの時計がてっぺんを刺す5分後、日にちも今日で間違いない。
“あの人”が帰ってくるまでの数日間、彼女は藁にもすがるような気持ちで待っていた。
失礼にならないように依頼文を認め、旧校舎まで足を運び玄関横のポストへ投函。 封筒には必ず5円玉を封入し、おまじないと二礼二拍手一礼を忘れない。
そうすればかならず美人の探偵が悩みを解決してくれる、というのが今初等部でもちきりになっている噂話だった。
「……あと3分」
時間がひどくゆっくりに感じる、早鐘を打つ鼓動の音がうるさくてかなわない。
まだかまだかと何度も時計の針を確認すると、やがて救いの手はドアベルを鳴らしながら現れる。
「――――失礼、あなたが依頼人でしょうか? すみません、待たせてしまったみたいですね」
「えっ? あっ、わぁ……ぁ……!」
黒曜石のような艶のある黒髪に、端正で整った顔立ち。
その人の背丈は初等部である彼女とそこまで変わらない。 それでも落ち着いた声色や吸い込まれそうな瞳、髪をかき上げる仕草すら大人びて見えた。
「あ、あの……私、その……!」
「ああ、依頼は失せもの探しですね」
「…………へ?」
詳しい依頼内容はまだ紙面に書いていないはずなのに、片目を髪で隠した探偵はまるでさも簡単に彼女の悩みを言い当てる。
「――――では、詳しい話を伺いましょう。 なくしたものは何でしょうか?」
そのまま少女の対面に座った探偵は、すでにすべての秘密を見透かしたような目で依頼主に微笑みかけた。




