それは裏切りの名 ②
「……で、あーしはこれからどうなるん?」
「先輩の態度次第ですね。 もしコンビニ強盗があなたの自作自演なら罪に問われる可能性は高いです」
まるで取調室のように机を並べ、十文字と対面したおかきはきっぱりと断言する。
たとえかつての先輩であろうと罪は罪。 探偵としての本能なのか、おかきは犯人に対する対応と私情はきっちり分けていた。
「でもあーしの態度次第……ってことはまだ情状酌量の余地はくれるんだ? わざわざ2人っきりで話をするなんてそういう事っしょ」
「いえ、ノイマンさんたちにこのタイミングでショッキングな話を聞かせたくなかっただけです。 またシンギュられても困るので」
「ぴえん」
「さて、コントはここまでにしましょう。 チキチキ知ってること吐かないとチョキで行きますよ」
「ぴえ……グーより怖いぢゃん。 わかったわかった、つってもあーしは頼まれただけなんだよね」
「このUSBメモリを? 誰に頼まれたんですか」
「そりゃもう、部長に」
ふざけるな、と言いたい気持ちをおかきはぐっと飲みこむ。
十文字 黒須はたしかに信用できない相手だ、それでも突飛な出まかせをほざくような人間ではないことを知っている。
嘘をつくメリットが読めないならば、彼女の言葉は信用できるものだ。
「……その話はいつのことですか?」
「んー、5日ぐらい前? 急にあーしのところに顔出したと思ったら早乙女ちんにこれ渡してくれってさ、あの強盗と店員も部長が用意したらしいわ。 お金貰って体張ってたんだって」
「それはまたずいぶん回りくどい仕組みを……って、部長と直接会ったんですか?」
「もち、あーしら全員今でもマブダチだかんね。 早乙女ちんも生きてたなら連絡しろし、マジあの時心配したんだかんね?」
「その節はどうも申し訳ありません。 それでは先輩は部長と連絡が取り合えるんですね?」
「それな。 今は連絡も一方通行でこっちから掛けらんない、まったく今度はどこで何してんだろうね……早乙女ちんは知らない?」
「私も現在調査中なんですよ、調べるほどにきな臭くなってきましたけどね」
おかきは取り出したハンカチで指紋を付けないように包み、踏み砕いたUSBを回収する。
つい感情的になって破壊してしまったが、このメモリも重要な手がかりだ。 粗雑に扱ったことをちょっと後悔しながら胸ポケットへしまい込む。
PCへの接続は危険だが、宮古野が調べれば何かわかる可能性もあるはずだ。
「あーしとしては危ないことに首を突っ込んでいなければいいんだけどね、あの時みたいにさ」
「あの時?」
「早乙女ちんが居なくなったあとさ、部長もしばらく蒸発したんだわ。 3か月ぐらい」
「…………え?」
「まあひょっこり戻って来たけどね、しばらく早乙女ちんのこと探して学校に来なかったんだって。 その間早乙女ちんは何してたん?」
「それ、は……」
学校をやめて3カ月間、早乙女 雄太は父を探しながらまず学生でも可能なアルバイトに奔走していた。
それでも活動範囲は当時の自宅からそう離れた範囲ではない。 3か月という時間をかけて成果がない、というのはおかきには考えにくかった。
「……まあ、あの怪物が早乙女ちん一人探すのに3か月もかかるわけないわな。 何かがあったんだろうね、戻ってきてからなんだか雰囲気も変わった気がするしさ」
「部長は、他のメンバーにも先輩のように無茶な頼みごとを?」
「かもしれん。 何したいのかはわからないけど、早乙女ちんに何か気づいてほしいのかもね」
「………………」
血の気が引いた顔色で沈黙してしまったおかきに対し、十文字は2本目のUSBを差し出す。
先ほど粉砕されたものとは違い、今度はおかきが踏み潰しても壊れないような金属製のカバーに包まれた高級品だ。
「……これは?」
「もし早乙女ちんがあーしの嘘を見破ったら渡してくれってさ。 まさかここまで部長の思い通りになるとは思わんかったけど、ちょっとムカつくわー」
「相変わらずですね、あの人は……これもウイルスが仕込まれているんですか?」
「いやあーしを信用しろし。 中身は知らんから自分で確認して、そんで部長見つけたらあーしの代わりに一発ぶん殴っといてくんない?」
「善処します。 先輩もこれから大変ですけど頑張ってくださいね、カフェイン断ち」
「あー…………忘れたかったなぁ、ぴえん」
――――――――…………
――――……
――…
「――――おいっすー、おかきちゃん。 なんとか丸く収まったじゃないか」
「キューさん、わざわざこっちまで来てたんですか」
「今到着したところよ、なんかゴツいもの持ち込んで」
十文字との話し合いを終えて一足先に部屋を出ると、先ほどまでスマホ越しで会話していたはずの宮古野がおかきを待っていた。
彼女の後ろには引っ越し業者に扮した数名のエージェントが忙しなく動き、なにやら真空管や銅線コイルが剥き出しになった機械を運び込んでいる。
「こいつぁ電脳系の異常存在を封じ込める装置だよ、なんとなくスチームパンクっぽくてイカすだろう?」
「つまりリンネちゃんさんはこの機械で封印するということですか?」
「いや、これはあくまでSICKまでの護送用さ。 こちらで害意がないと判断出来たら制限付きで十文字氏にお返しするかもしれない」
「それはそれで緩い対応な気もするわね、また問題を起こしたらどうするの?」
「彼女の目的はあくまでリンネちゃんを演じることさ、きちんと社会常識を学習させればそこまで被害は出ないと踏んでいる。 それにSICKにも対電脳生命体に秀でた部署はあるからね、最悪の場合はこう……キュっとね」
「キュっと」
木の枝を折るようなしぐさを見せる宮古野に、おかきはそれ以上の深入りはできなかった。
本来秘密を守るための組織がここまで譲歩した温情を無下にした場合、その処遇は推して知るべきだろう。
「ところで十文字氏はどこだい? そちらの話もケリがついたとみていいのかな」
「はい、詳細は後で話しますが隣の部屋にいます。 彼女への処遇は?」
「記憶を消去するかは保留、いろいろ聞きたいこともできたからさ。 しかしおかきちゃん、よく彼女の異変に気付いたもんだね」
「まあ、学生時代に散々痛い目を見ましたからね……」
おかきがドローンを用いて宮古野へ伝えたのは、“鳴らずの電話”を用いて連絡してほしいという簡単なメッセージだった。
ノイマンという存在が犯行に関わっている以上、ネットや通話を使ったメッセージは盗聴される危険がある。
あの瞬間、周囲に悟られずおかきの思惑を伝えるためには、ネットも電話回線も通さない魔法の電話が必要だったのだ。
「おかげでこちらもハッキングを気にせず動きやすかったよ。 便利だねあれ、何とか構造解析して量産できないかな」
「込み入った話はSICKに帰ってからにしましょう、私も頭の中を整理する時間が欲しいです」
「ん-……ねえ、おかき。 そういえば誰か忘れてない?」
「……………………あ゛ぁー!? タメィゴゥ!!」
当初リュックに隠れていたタメィゴゥは、おかきの言いつけ通り沈黙を守っていた。
そして3日間も潜伏していた彼が倉庫部屋から発見され、十文字が高らかな悲鳴を上げたのはこれから5秒後の話だった。




