アイドルと電気執事は夢を見るのか ④
《……はて、何のことでしょうか?》
「先輩、過去にノイマンさんがこのようにとぼけたような反応を返したことはありますか」
「あーしの記憶にはねえわ。 ノイマン、本当なの?」
《いいえ、そのような事実はありません》
十文字が手に持つスマホに表示された執事服の羊は淡々と己が潔白を述べる。
おかきに真犯人だと指摘されてもなお、怒りや困惑と言った感情は現れない。
人間をはるかに凌駕した情報処理能力を持つ彼が動揺で自滅する可能性は0だ、犯人であると示すならば確実な証拠で追い詰めなければならない。
「まず、彼を容疑者に挙げた理由。 これは単純に消去法ですね、先輩のアカウントを削除できる権限なんて1つしかありません」
「……なるほど、オルクスの管理者AIってことね」
「たしかに、元々ノイマンはオルクス任せるために作ったわけだし」
『ライブ中にリンネちゃん(偽)の挙動に合わせてBANするなんて朝飯前だろう。 たしかに容疑者である……が、まだ弱い』
《ええ、その通りでございます。 それだけではただ犯行が可能であった、というだけです》
画面の中の執事はいまだ顔色一つ変えていない。
しかしこの程度はおかきも想定の内、まだ推理は始まったばかりだ。
「しかしハッキングなどの痕跡がないというのは本人が認めています、先輩とのダブルチェックによって。 そうですよね?」
「それな。 そもそもあーしの端末にハッキング掛けられる相手なんてノイマンぐらいのスペックじゃなきゃ無理っしょ」
《私の演算能力を超えた相手である可能性は否めません。 常識を逸脱した能力を持つ存在がいる、というのは彼女たちが証明しています》
『なるほど、たしかに電脳の住人なら量子AIが組み立てたセキュリティも突破できるかもしれない』
「いいえ、あのリンネちゃん(偽)にそこまでの力があるならとっくに先輩からすべての権限を奪っています」
「あっ、そっか。 たしかにあーしの本アカウントもSNSも乗っ取られてない!」
「なので私は電脳に生きるリンネちゃんと、高度なハッキング能力を持つ協力者がいると考えました。 ただ……外部からノイマンさんのセキュリティを掻い潜れる実力があるなら、他のアカウントを差し押さえない理由が考えられなかった」
「……SNSの更新はあーしの仕事だからノイマンは干渉してない。 オルクス以外のサイトへ干渉する権利はあーしが制限してるし」
『正しい判断だね。 量子AIなんて存在が自由にネットを闊歩できたらあらゆるIT企業が戦々恐々だよ』
「ノイマンさん。 リンネちゃんという存在を乗っ取るうえで、アカウントまで乗っ取らないという手落ちがある理由があなたには説明できますか?」
《…………》
ノイマンは沈黙する。 彼のスペックからして処理落ちしたわけではない。
反論できる材料がないのだ、的を射たおかきの推理に。
あるいは自分が犯人であるという自覚があるからこそ、これといった言い訳が出力できないのか。
「ついでに言わせてもらうと、リンネちゃん(偽)の出来はほぼ完ぺきでしたよ。 動画と繰り返し見ても違和感が無さすぎました」
『おいらも動画内の動きをAIに学習させて比較したところ、99.9%で一致した。 人間が中に入っているにしては恐ろしい精度だ、たとえ電脳の存在でも生き物ならば必ず自分の癖というのが現れる』
「しかしリンネちゃんをよく知る人物が配信上のモーションに補正を加えていたら話は別、というのがキューさんの見解でしたね」
『いえーす、たとえば膨大な情報を学習させたAIとか』
「リンネちゃんはあーしとノイマンの合作、そりゃノイマンならあーし以上にリンネちゃんの動きについては詳しいっしょ」
《はい、私は今までオルクス上で配信されたリンネちゃんの動作情報をすべて記録しております。 3Dモデルを動かし、彼女の動きを再現することも可能でしょう》
「ああ、だからおかきは偽物のリンネちゃんは本物だって言ったのね。 本物を学習させた動きができるから」
《……それでも、私には犯行を行う“動機”がない》
動機。 今回の場合、量子AIノイマンが制作者である十文字 黒須を裏切り、リンネちゃん(偽)に協力したその理由だ。
「はい! リンネちゃん(偽)にノイマンそのものがハックされたんじゃない!?」
「甘音さん、早押しクイズじゃないんですよ。 それにその説だと順序が逆です、そもそもノイマンさんの協力が無ければリンネちゃん(偽)はここまでの力を得ませんでした」
「ノイマン、もしかしてあーしのこと嫌いになった? ストライキ? 給料いるならいくらでも払うが!?」
《いえ、私はAI。 金銭など不要でございます》
「じゃあなにが不満なんだっつーのー!」
「ノイマンさんの裏切りはおそらく先輩のためですよ」
「…………マ?」
ここまで言えばわかるだろうと言わんばかりのおかきに対し、首を傾げた十文字の頭上には「?」が浮かんでいる。
あきれたおかきは一度画面の中のノイマンに視線を向けると、彼は両手を上げて降参の意思を見せた。 “あとは好きに料理してくれ”と。
「……いいですか、先輩。 ノイマンさんたちの目的はあなたにリンネちゃんを辞めさせることでした」
「な、なんで……?」
「原因についてよぉーく思い返してみてください? 思い当たる節が必ずあるはずですよ、先輩」




