アイドルと電気執事は夢を見るのか ②
やがて時間は来る、誰が望もうと望まなかろうと。
番組を乗っ取ったゲリラ予告から3日後の22:00、彼女は電脳の世界で1人息を吐く。
電脳の世界に生きる、血の通わない身体でも緊張を覚えるのかと自嘲しながら。
「すぅー……はぁー……あーあーマイクテスマイクテス、マイクないけど」
喉の調子は良好、オリジナルから引き継いだ声帯芸変化も思いのまま。
生まれてこの短い命の中、彼女のコンディションに対する自己評価は過去最高だった。
このまま何事もなくライブを開いたのなら、確実に成功するという確信めいた自信もある。
……何事もなく、進むものか? 成長の中で生まれた自我が自分自身に問答を振りかける。
ありえない、オリジナルの企みについては協力者からも報告があったことも記憶に新しい。
十文字 黒須は何かを仕掛けてくる。 それが彼女と協力者が導いたシミュレート結果だった。
「――――上等。 こっちも半ば乗っ取るような真似で勝ちたくなかったじゃんね」
本物と偽物、ぶつかり合えばどちらが勝つか。 その結果を演算するには72時間では足りなかった。
だが勝つ“意欲”はある、データで満たされたバーチャルの身体にはなかった意思と意識が活力となって漲る。
自分がリンネちゃんだと証明する、それは彼女たちの“目的”にとって必須条件だ。
ゆえに彼女はマイクを握る、それこそが自分の存在証明なのだから。
本来浴びるべき賞賛と喝采を簒奪し、オリジナルが纏った化けの皮をはぎとるため、オルクスに用意した配信部屋のパスを解放する。
「――――おいっすー☆ ずいぶん好き勝手やってくれたねぇ、そっくりさん」
「…………あっれー? なーんで私がもう一人いるのかなー?☆」
――――――――…………
――――……
――…
「……よっし、まずは掴みばっちりタイミングドンピシャ! 第一関門クリアっしょ!」
22:00のコンテナハウスに十文字の歓喜が響く。
ガッツポーズをとる彼女の隣には、“モルフェウス”の中でポージングをとるおかきとそのサポートとして甘音も控えていた。
これが現状多忙と人材不足極まるSICKが用意できた限界の戦力だ。 リモート参加の宮古野を含めれば対応エージェント2名、外部協力者2名という極限職場環境である。
「本当に時間ピッタリね、遅くても5分前には準備のために入場してるものじゃないの?」
「時間に対する肌感覚は人それぞれですが、配信者は時間にルーズな人が多いイメージがありますね」
「あーしは遅くもなく早くもなく時間ピッタリ開始が信条よ、この偽物ちゃんもそこらへんはしっかり理解してるみたいじゃん?」
『プロだねえ、おかげでおいらたちも安心して配信見てられるけど』
「ただ今回は安心とは程遠い配信になりそうだけどね。 ノイ、サーバーの調子は?」
《現在稼働率70%、およそ30分後にはパンクする可能性が98.1%です》
『まかせらぁ、鯖の管理はおいらがつとめる。 たとえ全人類が視聴しようとこの配信は止めさせないぜ』
「そこはSICKとして止めてほしいところなんですけどね」
「早乙女ちん、集中して。 あーしの声と動きがずれると視聴者に怪しまれるから」
「あっ、はい……」
画面に向かって話す十文字に合わせ、リンネちゃんのコスプレをまとったおかきは会話の内容に合わせた愛想を振りまく。
現実を見れば背の低いコスプレイヤーができの悪いものまねをしているように見えないが、おかきの姿とモーションは“モルフェウス”によって常にモデリングされ、配信画面上に反映されている。
本来ならばリンネちゃんに酷似したモデリングは未知の力で即時削除されるところ、常にモデリングを繰り返しながら強引に突破することで十文字は同じ勝負の舞台にたどり着くことができた。
「問題はここからっしょ。 視聴者のコメントは今真っ赤に荒れてるし、相手だって黙ってるわけがない……どっちが本物か、蹴りつけてやろうじゃん」
「キューさん、もしここで我々がリンネちゃん(偽)に負けた場合は……」
『彼女こそ本物だ、ということになる。 そうなれば多くの人間に支持されたリンネちゃんという名の画霊を消し去るのは困難を極めるだろう』
「捨て身の策ってことね。 ……もっと別の方法が良かったんじゃない?」
『リスクは高いけどリターンが大きいのもこの作戦だ。 リンネちゃんの偽物証明に成功すれば、彼女の暴挙はすべて過激ファンの暴走というカバーストーリーで覆い隠せる』
「つまりあーしが勝てば全部無問題ってわけね! っし、ここまで燃えたのは部長のクソ長キャンペのクライマックス以来だわ!!」
『その話は個人的に気になるけど後にしよう、さーてライブ開幕さっそくのトラブルに相手はどうでてくるかな?』
《うーん……ああそっか! あんたたちリンネちゃんの偽物ちゃんね、はいBAーN☆》
「…………は?」
リンネちゃん(偽)が指で銃の形を作り、おかきが中に入ったアバターを撃つようなそぶりを見せる。
発砲のリコイルを表現し、構えた指が上方に跳ね上がると、撃たれたおかきのモデルは粉々に砕けて霧散してしまった。
「……うっそ、垢BAN!? なんで!? 管理者権限はこっちにあるのに!!」
『おおおおおおおちおちおちちち落ち着くんだみんな! まずは再度ログインできないか試そう、試してダメならもうダメだワハハ!!』
「あんたが一番落ち着きなさいよ! おかき、あんたは大丈夫!?」
「……撃たれたのはアバターだけみたいですね、現実の私に干渉するような力はないようです」
「ダメだ、こっちは完全にやられた。 サブアカウント含めてガッチガチに規制されてる、オルクスにアクセスできない」
パソコンに向かい、すさまじい速さでキーボードを叩いていた十文字の肩がガクリと落ちる。
勝負の舞台に立ったと思った矢先、自分が作り上げた配信サイトからすら弾き出されたのだ。 そのショックはおかきたちの比ではない。
「キュー、そっちはどう? なんとかアクセス権を復活できない?」
『うーーーーん…………今すぐには難しい、時間を掛ければ行けるかもしれないけど』
「そんな時間かけてたら間に合わない、か……あーしもここまでかな」
万策尽きたとばかりにコンテナハウスの中には通夜のような雰囲気が流れる。
……だが一人、おかきだけは違った。 項垂れた十文字の下からキーボードを引っ張り出し、つたないタイピングでカタカタと鍵盤を叩き始める。
「……早乙女ちん? なにしてんの?」
「先輩のアカウントがダメでも私のアカウントが生きてます。 キューさん、プランBで行きます」
『えっ、マジ? じゃあおかきちゃん、わかったのか?』
「ええ、リベンジマッチと行きましょうか。 この事件の犯人を舞台に引きずり出すために」




