時計塔殺人事件 ②
「……山田、自首しい」
「違うよぉ!? ボクじゃないよ、たしかに可愛いという罪は背負ってるけども!!」
「落ち着きなさい、2人とも。 ……えっとぉ、どう見ても死んじゃってるわね?」
「ええ、間違いなく」
おかきは血まみれの死体に近づき、その手首に触れる。
当たり前だが脈はない、だがたしかに人としてのぬくもりは残っていた。
「直近の死体か……忍愛さん、状況を説明できますか?」
「せ、説明といわれても。 えーと、女の子を追って塔に入ったら血だまりの中で首なし死体があって」
「たまらず悲鳴を上げた、と」
「れ、冷静だね新人ちゃん……」
「内心めちゃくちゃ混乱してますよ。 ただ今のうちに色々調べておかないと、時間はあまりないですから」
「そうね、ちょっと騒ぎすぎちゃったみたいだから」
時計塔の外からは集まり始めた野次馬の声がかすかに聞こえてくる。
忍愛の絶叫は想像以上に響いたらしく、何事かと聞きつけた生徒たちが集まってきたのだ。
「まずは逃げるわよ、このまま私たちが見つかると厄介なことになる。 ウカさん」
「任しとき、監視カメラはうちが化かしとく。 山田は1人で隠れられるやろ?」
「山田言うな! まあ余裕だけどさ、新人ちゃんはパイセンたちについていってね」
「分かりま……と、その前に」
おかきは現場を去る前に、手持ちの携帯で何枚か写真を撮る。
SICK製の端末だけあり、ウカの狐火が照らす僅かな光源だけでも、鮮明な映像が記録された。
「行くでおかき、うちから離れると隠しきれんからきっちり着いてきてな」
「はい、お願いしますっ」
――――――――…………
――――……
――…
「……なんっっっでやねんっ!!! なんやねんあれ、意味わからんわ!!」
「うるせえ! 人の部屋で騒ぐな!」
寮へ帰還するなり、ウカが移動中は我慢していたツッコミを爆発させる。
無事に次第に集まる人混みに見つからず寮に戻ってきたおかきたちは、再び悪花の部屋に集まっていた。
「で、何があった? ウカの荒れようからしてただごとじゃねえな」
「……暁さんの予知通りです。 時間通りに時計塔に突入したところ、私たちを呼びつけたであろう人物の死体がありました」
「あぁん? どういうことだ、詳しく聞かせろ」
悪花に促され、おかきは自分が見聞きしたことをかくかくしかじかと話す。
謎の女生徒を発見し、時計塔まで誘導されたこと。 忍愛が先行して塔へ侵入したこと。 そして首無し死体を発見したことまでをすべて。
「……1つ気になるのは、お前たちが見た死体ってのが本物かってところだ」
「そうですね、彼女は塔に入る瞬間だけ私たちの視界から消えました。 入れ替わりの隙がなかったとは言えない」
「そもそもや、あの爆弾魔って何者なんや? 魔女集会の人間ならなんや変な能力あってもおかしくないやろ」
「そうだな……お前らにとっても必要な情報か」
悪花はおもむろに立ち上がると、机の上にうずたかく積まれた紙の束へ手を突っ込んでその中からホッチキスで止められた資料を一束引っこ抜く。
雑に投げ渡されたそれをおかきが受け取って確認すると、SICKと似た書式で記された人物情報が載っていた。
「愛称は名匠、本名はオレも知らん。 本人が名乗らない限り余計な詮索をしないのが魔女集会のルールだ」
「…………ファミレスで見た顔と写真が違いますね、あの時は変装もしていましたけど」
「どこか脛に疵もってる連中の集まりだ、変装くらいできておかしくはねえ。 だがオレが覚えてんのはその写真の面だよ」
「……この“すべてが爆弾に見える”という記述は?」
おかきが指で示したのは、プリントアウトされた資料の上からボールペンで文字が書かれている文字だ。
部屋中のメモとはまた違う筆跡、おそらく悪花が書いた文字ではない。
「ヤツの能力だよ。 目にしたものすべてに爆弾として最適の利用方法が思いつくらしい」
「ホンマかいな……いや、魔女集会に誘われたなら本物やろな」
「たとえそれがただの才能でも極まりゃ異能と変わりねえ、爆弾に関するあいつの嗅覚はまさにその域だった」
「ファミレスの時は全然本気じゃなかったんですかね」
あの爆弾は天災科学者の支援があったとはいえ、おかきの手でも簡単に解除できる程度の代物だった。
もし「名匠」がその力を存分に発揮していたら、素人の手に負えなかったはずだ。
……だがそうなると、今度は逆になぜ粗末な爆弾であんな雑な爆弾騒ぎを起こしたのかという疑問が浮かぶ。
「ところで現場の写真かなにかないのか? その死体が本物かどうか判断できるかもしれねえ」
「ああ、全知無能。 それならちょうど撮影した写真が」
「おっ、気が利くね探偵。 ……うっわグッロ、ぉぇ……」
「吐くな吐くな、嘘やろあんたこういう耐性一番持ってそうな性格してるやんけ!!」
「いや頭木っ端みじんはさすがに初めてだよ、だが一度見たら十分だ……解析まであと10か月ぐらいかかる」
「いやおっそいわ!」
「うっせぇぞウカァ! しょうがねえだろこういう能力なんだからよォ!」
「さすがに待っていられませんね、暁さんの能力は頼りにできませんか」
「ノックしてもしもーし! ちょっと、おかきたち帰ってきて……うわったった!」
宣言通りノックして返事を待つこともなく、勢いよくドアを押し開いた甘音が部屋へ乱入してくる。
かなり焦っているようで、あやうく扉の前に立っていたおかきに躓いて倒れそうになるほどの勢いだ。
「おっとっと、大丈夫ですか甘音さん?」
「大丈夫ってこっちの台詞よ! なんか時計塔から死体出てきたって聞いたからびっくりしたわよもー!!」
倒れかけた体をおかきに抱き支えられた甘音は、涙目で怒りながらおかきの体をがくがく揺すり出す。
その際どさくさに紛れて髪の毛を一本むしり取っていたが、自分がターゲットにされても面倒なのでウカは黙認した。
「人の部屋で暴れるんじゃねえよお嬢様。 見ての通り全員無事に戻ってきてんだ、静かにしろ」
「なによー、心配してたんだからいいじゃない! ところで山田は?」
「あいつがオレの前に姿出すわけねえよ、見つけ次第確実に殺す」
「いったい何をしたんですかあの人……」
「まあいないなら仕方ないわ、後で伝えておいて。 あんた殺人事件の容疑者として疑われているから、気をつけなさいよって」
「はいはい、あとでうちから伝えて……なんて?」
「だから、時計塔で殺人事件起きたんでしょ? その容疑者に上がってるらしいのよ、山田の名前」




