リンネちゃんの本音 ④
「えぇー!! 部内恋愛!? 私そういう話大好き!!」
「知らなかったそんなの……」
「いやあんたは知ってなさいよ部の後輩!?」
「まったく気付きませんでした……たしかに卓を囲むとき隣の席を狙っていたりRPでも積極的に絡みに行ってるなと思ってましたけど……」
「気づきなさいよ!?」
当時のおかきは早乙女 雄太であり、探偵としての洞察力も何もない。
それにしたって鈍すぎる勘に、甘音は突っ込まずにはいられなかった。
「聞かせて聞かせて、恋の話は乙女の必須栄養素なんだから!」
『ウワー聞きたくない! 推しのそういう話!!』
「割り切りなさい、中の人と外の人は別物よ」
『の、脳が……脳が壊れる……!』
「ま、まあいいじゃん! あーしの話は終わり、解散! あー顔あっついあっつい……」
十文字は照れを誤魔化すようにチリソースをたっぷりかけたピザにかぶりつき、紅潮した顔を手で仰ぐ。
そこにはおかきが知る心理戦の怪物はおらず、ただかつての青春に思いを馳せる恋する乙女だけが居た。
「……うちさぁ、憧れてたんだよね。 不労所得」
「急にどうしたんですか」
「まあ聞けし。 だから私はこの仕事選んだんよ、歌ったりゲームしたり喋ったりするだけでお金稼げるし」
「不純すぎる動機ね」
『まあそれで稼げるのなんてほんの一握りだよ、ちゃんと実力も兼ね備えているんだから文句も言えないさ』
「それに先輩の場合、全然不労所得じゃないですからね」
『そうそう、ほぼ独占市場だった動画投稿サイトに切り込んだバーチャル特化型配信サイト“オルクス”の発表。 さらに個人開発量子AIなんて規格外もいいところだ、IT企業の人間は皆躍起になってリンネちゃんの正体を探っているんだぜ』
「ノイはうちの子だから誰にもやらないしー。 それにどこのIT戦士でも電子戦でこの子に勝てると思う?」
《恐縮です》
電子パソコンと量子パソコン、比べればスペック差は圧倒的と言える。
十文字本人が身バレに細心の注意を払っている限り、ハッキングから彼女の住所を割り出すのは至難の業だ。
「ですがそれほどのAI、どうやって開発したんですか? さすがの先輩でも簡単な話じゃなかったでしょう」
「まー、伝手ならいっぱいあるし。 早乙女ちんは知らないだろうけどさー?」
「むぅ……」
「とにかくリンネちゃんは私にとって大切なんだよ。 正直天職だと思う、そのためにあーしったら結構頑張ったんだぜ」
「そうね、命を削る努力の痕跡はたしかに見つけたわ。 早死にするわよ」
甘音が机の下から引っ張り出したのは、サイケデリックな着色が施された空き缶が詰め込まれたゴミ袋だ。
中身はすべて多種多様なエナジードリンク、中にはよりカフェインが効いた海外製品も含まれている。 この量を継続的に摂取していたのなら、医療に携わる甘音でなくとも咎めるものだ。
「そんな、あーしの命のガソリンなのに……」
「HPの最大値すり減らしながら回復してるようなものよそれ。 おかき、冷蔵庫からエナドリ全部回収してきて」
「了解」
「『あぁー! そんな後生なー!!』」
健康的な2人が強制徴収に動くと、カフェイン依存症2名の嘆きが共鳴する。
そんなことなど意にも介さずおかきがキッチン奥の冷蔵庫を開くと、そこには隙間なくギッチリと詰め込まれたエナドリたちが群生していた。
「エナジードリンクは最大でも1日1本、そもそも飲まない方が健全なのよ。 待っているファンがいるならちゃんと長生きしなさい」
「くっ、正論ばかりで救える世界があると思うなよ……!」
「なんでちょっと主人公チックなんですか、ちゃんと自制してください。 ノイマンさんもきっちり叱ってください」
《申し訳ありません、常日頃危険性は訴えているのですが》
「酒やたばこよりは健全っしょ!? カフェイン、カフェインが無いとさぁうちはさぁ……!」
「素人目でもわかる中毒症状ですね」
亡者のように縋りつく十文字を無視し、おかきは開けたビニール袋へエナドリをガラガラ回収していく。
海外の銘柄も含めれば総額がいくらになるかわからないが、見て見ぬふりをするよりおかきはかつての先輩の安否を願った。
『ぐうぅ……同志として心は痛いけど、せめてもの情けとしてあとで同額補填しておこう……』
「サンキューキューちん……あーし、こんなんじゃへこたれないから……!」
「よほど大事にしているんですね、リンネちゃん」
「そりゃそうよ、みんなの期待を裏切る演出作りも企画制作もずっと楽しいし。 動画編集はちょっちめんどいけどノイマンもいる! 原案はあーしの好きピが描いてくれたし、おかげで今でも連絡先は繋がったまま! 最高の職場環境じゃね?」
「でも命縮めてたんじゃ意味ないのよ」
「っす……反省しまっす……だからリンネちゃん帰ってきてよー!」
『それはおいらたちの仕事だね、全力を尽くすよ。 ねえおかきちゃん?』
「そうですね、できる限りの努力はしますとも」
一通り冷蔵庫の中を片付けたおかきは、ついでに食事を終えた食器を片付けてから再びスマホの動画を再生する。
失踪した娘の調査といえば探偵らしい仕事だが、相手は0と1の狭間で活躍する完璧で究極な電子のアイドルだ。 足跡どころかその足取りすらも辿れない。
ゆえに唯一の手掛かりはサイト上に残された膨大なアーカイブのみ、再生される動画の一挙手一投足をおかきは食い入るように見つめ続ける。
「……ヤバ、なんかいまさらになって恥ずくなってきた。 知り合いに自分の配信みられるのなんかムズかゆいわ」
「我慢してください、これも調査です。 キューさん、先ほどのリンネちゃん犯行声明映像ですが、動画データはありますか?」
『もちろんこちらで確保してあるぜぃ、何か気づいたことがあるのかい?』
「ええ、ここまでの話でおおよその全貌が掴めました。 キューさんも薄々気づいているのでは?」
「えっ、そうなの? ちょっと二人とも、もったいぶらないで私にも教えてよ」
『そうだねー、おいらたちの直感だと――――』
「――――やはりあの偽物のリンネちゃんは本物ですよ」
「…………はぁ?」




