リンネちゃんの本音 ①
「先輩、この映像は録画ですか?」
「いや、あーしこんなの撮った覚えないな。 それにこの番組って生放送じゃね?」
『うん、こっちでも確認した。 どうやら生放送中の番組をあのリンネちゃん(仮)がハックしたようだ、ちょっと強引だが今のうちに放送を止めよう』
「待った、あれが本当にあーしのリンネちゃんなら目的が知りたい。 わざわざ番組乗っ取って顔出したってことは言いたことがあるってことでしょ」
『けど……』
「お願い、待って」
SICKとしては一分一秒を争う状況だ、バーチャルアバターを乗っ取った未知の存在が全国に暴露する可能性がある。
本来ならば一般人の制止など耳も貸さず、すぐさま番組を止めるべきだ。 しかし十文字の声がそうはさせない。
宮古野が苦言を呈すその機先をただ一言で制し、続く言葉を飲みこませる。 ほんの数秒の時間稼ぎだがそれで十分、宮古野が黙った隙を突くようにリンネちゃんがツラツラと喋り出した。
『へーい画面の前の小ヘビちゃんたちぃ、SNSの盛り上がりは十分かい? OKOK、画面越しからでも困惑と喝采の声は十分だ』
「……うん、あーしが入ったリンネちゃんとそっくりだ。 やるなこの偽物」
「というかいまさらっと電波ジャックって言ったわね」
『よっし、トレンドワード1位いったか。 そんじゃわたくしことリンネちゃんは活動休止の宣言を発表しておりましたが、ただいまをもってその宣言を撤回いたします!』
「おっ、勝手言ってくれんねえ。 炎上対応するんの誰だと思ってんだこいつぅー」
『そして来る3日後の22時より、リンネちゃん復活記念ライブを開催しちゃいまーす! 詳細はリンネちゃん公式SNSアカウントおよびオルクスの公式発表をお待ちください!』
「勝手言ってくれんねえ!!」
「先輩、どうどう」
『あなたの隣に輪廻転生、リンネちゃんでした! それではカメラをお返ししまーす!』
十文字と同じく、老若男女の声色を使い分けながらしゃべり倒したリンネちゃんが指を鳴らすと、画面に一瞬だけノイズが走って元のニュース番組へとカメラが切り替わる。
嵐のようなハプニングに見舞われたスタジオでは慌てたスタッフが画面内から飛びのき、ニュースキャスターが目を白くさせながらもどうにか荒れた調子を取り戻そうとひきつった笑顔をカメラへ向けた。
「……どうやら打ち合わせも何もしていない、完全な飛びこみ企画だったみたいですね」
「ぴえん。 SNS大荒れじゃーん、こんなんリンネちゃんの評判ガタ落ちだよー……」
スマホを取り返した十文字は流れるような手つきでSNSを開き、高速で流れていくタイムラインに涙を流す。
人気絶頂のバーチャル配信者が休止宣言から即座に手のひらを返し、アポなしで番組を乗っ取って復活ライブを宣言したのだ。 流れる意見はほとんど好意的なものではない。
「うーん、大変なことになったわね。 やっぱり番組止めた方が良かったんじゃないの?」
「いえ、相手の尻尾を掴まない限りイタチごっこです。 それどころかSICKが対策を重ねれば潜り抜けようとしてどんどん宣伝方法が過激になっていた可能性もあります」
「そだね、一番組で満足してもらってよかったっしょ……よくねーし! あーしのリンネちゃんだぞ!!」
『うん、本人がこうして地団太を踏んでいる以上……あれは偽物のリンネちゃんで間違いない。 だがあれは偽物だけどまるで本物みたいだった』
「そう、ですね……」
宮古野の言い回しは奇妙だが、おかきも同意するしかなかった。
画面越しのリンネちゃんが披露した変幻自在の変声芸、あんな真似ができるのはおかきが知る限り十文字 黒須ただ1人だけだ。
決して常人が練習したところでマネできる芸当ではない、おかきがロスコにウカの真似を頼んだ時でさえも「よく似ているがよく知る友人なら聞き分けられる」程度のクオリティが限界だった。
「先輩、過去に今の放送と似たような発言をした覚えは? 音声を切り取られた可能性があります」
「んー、さすがに覚えがないな……ノイ」
《累積アーカイブからセリフ構成が類似した発言を検索いたします。 結果は最高類似値が36%でした》
「台詞そのものじゃなく発言を一文字ずつ切り抜かれた可能性はないの?」
「そりゃ難しいっしょ早乙女ちんの彼女ちゃん。 文字ならともかく発言は前後の発音に引っ張られて同じ文字でも全然音の響きが違うからさ、つぎはぎ作ってもイントネーションがバラバラの不自然な出来になっちゃうし」
「彼女じゃないわよ私」
「マ?」
『その件はいったん脇に置いとこうか。 音声はおいらたちが放送局からあとで譲ってもらうよ、テレビ越しより生のテープ手に入れた方が分析もしやすい……けどあの“声”は合成じゃないと思うけどね』
「それはまあ……そうよね」
リンネちゃんが配信したアーカイブは膨大だ、数だけなら発音の違和感がない合成音声が作れるかもしれない。
だが彼女の声色は老若男女に揺れながら淀みなく喋っていた、既存の音声を切り貼りしただけでは自然な再現は難しい。
「しっかし何度聞いてもとんでもないわね、コ〇ン君の蝶ネクタイって実際こんな感じなのかしら」
「意外と簡単だよこれ、喉のここんとこグーンとすりゃ声変わんの」
「それできるの先輩だけですからね。 それで、どうするんですか?」
「ん、3日後っしょ? そりゃ黙ってるわけないっしょ」
十文字は指をぽきぽきと鳴らし、闘志を表明する。
彼女からすれば偽物が本物のリンネちゃんを乗っ取ろうとしているこの状況、指をくわえていられるはずがなかった。
「キューちゃんさん、あのリンネちゃん(偽)ってそちらさん的にはどんな判定なん? やっぱUMA的な?」
『……ちょっと分析する時間が欲しいけど、ただの悪質なハッカーという線はないと見ている。 おいらの仮説としては何らかの要因で意思を手に入れた電子生命体ってところかな?』
「あーね、つまりロッ〇マンか。 エグゼのやつ」
『おっ、話せる口だねぇ。 というわけでSICKも本腰入れてこの事件の収拾に臨むよ、まずはネットの炎上なんとかしないとね』
「あーそうだ忘れてた! あ゛ー! ものすごいDM飛んでるー!!」
燃えるリンネちゃんアカウントの存在を思い出した十文字は、スマホを片手に火消作業へと取り込み始めた。
おかきは必死なその姿を横目に見つつ、先ほどの映像を記憶のスクリーンに映しながら熟考する。
「おかき、なんか引っかかったことある?」
「ええ、これまでの流れに少し違和感が……まだ確信がないので何とも言えませんが」
『あー探偵がよくもったいぶるやつー! おいらそういうの嫌い!』
「すみません、まだ言語化が難しくて。 それとキューさん、結構なリンネちゃんファンだったりします?」
『ん、なんだいなんだい。 おいらはデビュー当時から目を付けていた古参後方腕組みファンだぞ』
「ではキューさんを見込んで一つお願いがあります。 リンネちゃんの動画をいくつかピックアップして教えてください、キューさんの一押しおススメを」




