雉も鳴かずば撃たれまい ②
ウミガメのスープ。 またの名を水平思考推理ゲームやYes/Noゲームなど。
出題された突拍子もないシチュエーションに対し、「YES」「No」で答えらる質問を繰り返し、問題のシチュエーションを正しい形に補完するという遊びである。
名前の由来は“男はレストランでウミガメのスープを注文し、一口飲んだのちに帰宅してから自殺した。 なぜ?”という有名な出題例から来ている。
そして今回の場合、「男は死にたくなかったから死んでしまった」という謎を補完するのが探偵の役割だ。
『……さて、いまさらルール説明は必要かしら』
「念のために確認です、このゲームの勝利条件は?」
『もちろんあなたが出題されたお題に答えられた時。 だけどあまり夜更かししても体に悪いから、質問の上限は5回までにしましょう』
「……質問はあくまでYes/Noで答えられる範囲、そして回答権は1回までですね」
『ええ、それと問題の解答はアクタちゃんに預けてあるわ~。 あの子あなたに会いたがっていたから、答えは直接聞いてね?』
「しっかりアクタにもメリットを提示してあると、そりゃ協力もしますか」
『うふふ、下準備はGMとして必要なスキルだもの。 それで、やる?』
「私が負けた場合は?」
『うーん、今度一度だけ私の言う事なんでも聞いてもらおうかしら?』
「了解です、では始めましょうか」
『……躊躇なしか、そうこないとね』
おかきに迷いはなかった。 たとえかつての経験からどんな恐ろしい命令が待ち受けているのか想像つかなくとも。
リスクはある、それでも胸に灯った謎は放置したくはない。 おかきはなぜあの現場に部長がいたのか、その理由に納得がしたかった。
『うん、私も久々に燃えてきちゃった。 では早速一つ目の質問をどうぞ』
「Q.1:あなたは部長の居所を知っていますか?」
『A1:…………それは卑怯じゃなぁい?』
「逆に聞きますけどこれ真面目に付き合うと思います?」
たしかにウミガメのスープでは質問回数を絞る遊び方もある。
だがそれでも質問回数は20前後、少なくても10回は質問できなければシチュエーションの補完は難しい。
5回で正答を導き出せというのはあまりに無謀、というのがおかきの出した結論だ。
ましてや相手はシナリオに悪意を忍ばせる天才、ゆえに正攻法の攻略はハナから諦めていた。
「最初からこの“抜け道”が正答でしょう? そもそもアクタに預けた答えも真偽不明です」
『そ、そんなことないわよ~? 本人に確認すればちゃんと教えて……』
「その答えとは紙面と口頭と電子情報のパスワード、どれで用意しています? マジシャンの手口と一緒ですよ、複数の回答を用意して相手の出方に合わせて後出しすればいい。 初めにどういった形でアクタに渡したか濁した時点で怪しんでました」
『…………ッスー……』
受話器越しに気まずそうな命杖の沈黙が聞こえてくる、つまりそれが答えだ。
命杖は問題の答えを複数用意していたのだ。 それぞれを異なる手段でアクタに託し、おかきの答えを聞いてからどの「回答文」を渡すか選べば確実に勝てるという算段だった。
「この勝負に私が正攻法で勝てる見込みはない、ついでに答えを複数用意していたことについてアクタへ聞いてみましょうか?」
『ううぅ……そうだけど、それが正しいクリアルートだけど……久しぶりにもうちょっと遊びたかったわぁ……!』
「いい大人なんだから泣かないでください。 それと質問権は5回きっちり使わせてもらいますよ」
『いいもん、これが終わったらもう一回遊び直しましょう。 1問目の質問は“No”よ』
「Q2:あなたは部長の目的を知っている?」
『A2:部分的にYes』
「さいですか……」
命杖は部長の居場所を把握していない、しかし鳴らずの電話をおかきへ送り届けたのは部長の指示だという。
部分的にYesというのは命杖も全貌を知らないからだ、つまり彼女はあくまで盤上に置かれたコマにすぎないということだ。 それも順序で言えばかなり下に近い。
「Q3:……ほかの部員も部長の目的については知っている?」
『A3:部分的にYes』
それはおかきにとって最悪の回答だった、YESかNOと断言してもらった方がはるかにありがたい。
記憶の中によみがえる一癖も二癖もありまくる部員たち、その全員が部長を取り囲む今回の事件に関わっているのだとしたら厄介極まりない。
そして残る質問権は2回だが、この時点でそのうち1回の質問はすでに決まっていた。
「Q4:部員が知っている部長の情報は、全員異なるものですか?」
『A4:Yes』
「……パズルか」
配置したNPCにそれぞれ虫食いの情報を持たせ、すべてそろえることで一繋ぎの答えとなる。
それはおかきが知る部長がシナリオで好んだ手法だった。 通る途中に伏線を仕込んでいたり、NPCを探す道のりがヒントとなる記号を描くなどプレイヤーを飽きさせない工夫も忘れずに。
「つまり私はこれから部員全員と会わなきゃいけないわけですか、この姿で……あっ、今のは質問じゃないですからね」
『うふふふ、その様子もしっかり楽しませてもらうから。 最後の質問はどうする?』
「じゃあ保留で」
『えぇー!?』
「時間制限を付けなかったのもヒントでしょう? 質問権を消費したら私はスープの答えを出さなければいけない」
『ぐぬぬぬ、難癖付けて1回言うこと聞いてもらう権利を手に入れようと思っていたのに……!』
「残念でしたね、それではお仕事頑張ってください。 それでは」
悔しがる命杖をどこかほくそえみながら、おかきは一方的に通話を切る。
理事長の説明が真実なら、鳴らずの電話を用いた今日の会話は誰にも盗聴される心配はない。
それこそSICKすら知らない、おかきと命杖の間に交わされた秘め事だ。
「……こんなものを使ってまで、いったい私に何をやらせるつもりなんですか? 部長――――」




