雉も鳴かずば撃たれまい ①
「――――……」
人気のない深夜の廃教室。 人の喉から発せられたものとは思えない冒涜的な発音を伴いながら、おかきは受話器を上げる。
まだダイヤルをプッシュしてもいない、そもそも使い方すら怪しいショルダーフォン。 しかし持ち上げた受話器からは慣れ親しんだ待機音が聞こえてくる。
その音もやがてプツリと途絶えると、一呼吸おいてから狙い通りの相手へ通話は繋げられた。
『……あらあら? あなたに電話番号を教えたかしら、早乙女君』
「白々しい演技は結構ですよ、命杖先輩。 あなたの知っていることを全部吐いてもらいます」
鳴らずの電話を通して聞こえてきたのは、眠たくなるようなおっとりした声。
それはかつて早乙女 雄太が所属する部活の先輩であり、今は新進気鋭の小説家として活躍する命杖 有亜その人だった。
『う~ん、私として本当に何のことだかわからないのだけど』
「部長と会いました」
『……あら、そう。 ならちょっと話が変わってきちゃうわね?』
おかきが事前に準備していたカードを切ると、心底困り果てていたような命杖の声が普段の調子へと戻る。
だがここまでは予定調和、まだ相手をゲームのテーブルに座らせただけに過ぎない。
おかきの勝利条件はあくまで命杖から必要な情報を引き出すこと、勝負はここからなのだから。
「その反応、やはり知っていましたね? そして私の幻覚じゃなかったようで何よりです」
『あらあら、それはどうかしら~? 私が面白半分で話を合わせているだけかもしれないわ』
「わざわざこの電話を学園に運び込ませたくせにですか?」
『……なんのことかしら?』
「キューさんが言っていました。 そもそもこちらに危険度の低いオブジェクトを避難させたのは、保管庫の改装が必要だったからだと」
話しながらおかきは適当な椅子を引き、長丁場に備えて腰かける。
話す言葉を選びながら常に頭はフル回転だ、敵の脅威はおかき本人が嫌というほど知っている。
ただでさえ学園祭で一度は出し抜かれた相手、ぬるい詰め方はするりするりと逃げられる。 どこか楽し気でおかきを試しているような命杖の声色が何よりの裏付けだ。
「ではなぜ保管庫を改装しなければならなかったのか? 聞けば、アクタがまたSICKで爆破騒ぎを起こしたせいらしいですね」
『アクタ……ああ、学園祭で会ったあの子ね。 そんな物騒なことをする子には見えなかったけど』
「本人が自白しましたよ、命杖先輩に頼まれて保管庫の壁に穴をあけたと」
『……ま、問い詰められたら喋ってもいいとは言ったもの。 うーん、ここまでみたいね』
どうしようもない証言を突き付けられた命杖は、悪びれた調子もなく負けを認める。
おかきには彼女が受話器の向こうで舌を出して誤魔化している姿が目に浮かぶようだった。
「わざわざアクタを使ってまでずいぶん回りくどい真似をしてくれましたね、そもそもなんで命杖先輩がSICKの保管庫のリストを把握していたんですか? しかもSICKすら知らない隠れた特性さえも」
『早乙女く……いや、おかきちゃん。 ちょっと訂正させてもらうわ、この計画は私が立案したものじゃないから』
「――――部長ですか?」
『ええ、あの人はいつもそうでしょう? 常にルールの裏を突いて悪用を考えるGM泣かせのエンターティナー』
「かといって和マンチには至らないギリギリのバランス感覚、敵でも味方でも息つく暇がない人でしたよ」
おかきが想起する昔の記憶、その中に映る“部長”の印象は……一言で表せば「怪物」だった。
誰よりも率先しゲームを楽しみ、そして皆を楽しませる。 ただそれだけのことを全力で成し遂げた男。
声色を変えてキャラクターを演じ、GMとなれば細部までこだわった小道具を用意し、語り部として雰囲気を作り出す。 誰も彼もが部長と卓を囲めば卓上に生まれる世界に引きずり込まれていた。
同時に短距離走のペースでマラソンを続けるような彼のバイタリティについて行くのは至難の業で、ボードゲーム部の部員が少ない原因を担っていた人物でもあったのだが。
「……それでも彼は普通の人間でした、少なくとも早乙女 雄太としてはそう記憶しております」
『そうね、即興で72時間連続キャンペーンシナリオを展開するような人だったけどあくまで人間……うん、人間だと思うわ』
「ええ、一人だけ残機を消費せずトラブルシューターたちを同士討ちさせてゲラゲラ笑うマジで許せねえ腐り果てた性根を持つ人でしたがあくまで人間です。 こんな裏の世界に関わる人ではなかった」
『そうね。 あの時はまだそうだった、あなたがまだ居なくなる前は』
「……“俺”がいなくなってから部長が変わったと?」
『ふふ、おかきちゃん。 ここから先を聞きたいなら私たちのルールで戦いましょう』
私たちのルール、それはすなわちあのボードゲーム部に敷かれていた鉄の掟。
“部内で起きるすべての争いはゲームで決める”というシンプルにして絶対の約束事だ。
「……ゲームの内容は? まさかこの場でサイコロを振るわけにもいかないでしょう」
『ええ、だから一つ用意していたの。 “男は死にたくなかったから死んでしまった、さてなぜでしょう?”』
「――――なるほど、私にスープを飲ませようというわけですね」
『ええ、回答権は1回。 始めましょうか、1vs1の“ウミガメのスープ”を』




