シーク・トゥルー・シーズ号殺人事件 -後日談- ③
「……キューさん、この電話についてもう一度説明をお願いします」
「どんなに万全な状態でもおいらが修理しようとも絶対に繋がらない電話……だったはずだよ」
自信のない宮古野の言葉とは裏腹に、棚に置かれたショルダーフォンからなるベル音は止まらない。
「電話が鳴る」という当たり前の現象が今この瞬間だけはなによりも不気味で、廃教室の中に緊張が走った。
「……出ます?」
「不用意な行動は危険だ、できればこのまま着信が切れるまで待ちたい」
『でもなんかだんだん音が大きくなってないすか?』
「うちの耳がおかしくなってなきゃたしかにだんだん大きくなっとるな」
「おっとこれもしかして誰か出るまでだんだんデシベル上がっていくやつ?」
忍愛のいやな予感が的中したか、待てども待てども電話は鳴りやまない。
どこから持ってきたのか宮古野が計測器を取り出すと、ベルが鳴るたびに画面に表示された数値は少しずつ上がっていく。
いつ止まるのか、それとも誰かが受話器を取るまで止まらないのか、それは誰にもわからない。
『これ地味にヤバくないすか? このままじゃ旧校舎の外まで音が漏れるっすよ』
「それどころか無制限に上がっていくならとんでもないぞ、こいつぁどうしたもんか」
「よし、じゃあこうしよう。 行ってこいパイセン」
「どつき回したろか。 まあモタモタしてどうしようもなくなるよりはマシやな」
忍愛に背を押され、意を決したウカが受話器を手に取る。
おかきたちが固唾を飲んで見守る中、何かを離そうと口を開いたウカの動きがビシリと止まった。
「ウカっち? おいウカっち、何があった? 返事できるか?」
「あー…………すまん、ちょっと説明ムズいからパス。 おかき、ご指名や」
「えっ、私?」
ピンと立った狐耳をへちょりと倒し、何やら小難しい顔をしたウカはおかきに受話器を差し出す。
少し迷いながらもおかきが受話器を受け取って耳に当てると、スピーカーの向こうからは予想外の声が聞こえてきた。
『はい、こちら葛飾区亀有公園前派出所。 ご用件は?』
「…………理事長、なにやってるんですか?」
『ンフフ、その声は藍上 おかきさん。 やはりあなた方でしたか』
どこか胡散臭く、人を小ばかにした態度が透けて見えるような声。
目を閉じるとあのシルクハットが思い浮かぶようなその電話の主は、赤室学園の主である男のもので相違ない。
思わず脱力し、大きく息を吐き出すおかき。 しかし続けて浮かぶ疑問は、なぜ彼がこのショルダーフォンを鳴らしたのか、だ。
『おっと待った、みなまで言わずともわかっておりますとも。 どうやら私の黒電話と同調してしまったようですね、あなたも同じような電話を持っているのでしょう?』
「その口ぶりからすると理事長も持っているんですか? 鳴らずの電話」
『ンフフ、鳴らずの電話ですか。 良いえて妙ですね、たしかにこの受話器は通常の手段では鳴らない』
「しかし今回のように通話を繋げる方法があると?」
『その通りです、呪文があるのですよ。 発音にコツが必要ですがこれさえあれば好きな相手と通話を繋げることが可能です、少々精神力を使いますがね』
「呪文、ですか……」
呪文を唱え、MPを消費することで電力を使わずに使用できる電話機。
触りだけ聞けば便利な道具だ、しかしおかきははじめて聞くはずの道具にぬぐえぬ既視感を覚える。
それこそまるで、「藍上 おかき」の元となったゲームに出てくるような……
『――――アーティファクト、あえてそう形容しましょうか。 意外と便利なんですよこれ、通常の電話回線を使わないので盗聴などの心配が一切ありませんし、電話番号を忘れてもつながります』
「……理事長、あなた一体何者なんですか?」
『ンフフ、ただのシルクハットが素敵な学園理事長ですよ。 コツが知りたければあとで理事長室にでも来てください、それでは』
一方的に始まった通話はまたしても一方的に打ち切られ、取り残されたおかきも仕方なく受話器を下ろす。
そして疲労感から深いため息をこぼしたおかきをねぎらって肩を叩いたのは、初めに電話を受け取ったウカだった。
「お疲れさん、なんの話か分からんかったけど何の話してたん?」
「……このショルダーフォンについて新たな特性が分かりました。 キューさん、今話してもいいですか?」
「OK、聞こう。 どうやら報告書も追加が必要みたいだね」
――――――――…………
――――……
――…
「……なるほど、特定の儀式手順で活性化するオブジェクトだったか。 なんで理事長がそんなこと知っているのかは置いといて、これはおいらたちの落ち度かな」
「さすがにこれ気づくのは無理だと思うよキューちゃん」
「むしろ気づかず被害が広がる類の特性じゃなくて幸いや、運が良かったでホンマ」
『けどあのうるさいコール音はどうにかしたほうがいいっすね』
「まあ、あれは理事長由来な気もしますけどね」
取り調べ室のように机を並び替えた廃教室の中心には例のショルダーフォンが置かれ、その周囲をいくつもの測定器が取り囲んでいる。
そしてときおり印刷用紙として吐き出された測定結果を確認する最中、宮古野は慣れた手つきでおかきから聴取した特性をレポート用紙へ書き記し続けていた。
「よし、今のところはこのくらいかな。 詳しい調査はまた後日、SICKに送り返してからだね」
「えっ、せっかく取り出したのに送り返しちゃうの? ボクらの苦労は?」
「なに、戻すといってもこの電話機だけさ。 さすがに旧校舎で仮置きしておくにはもったいない特性だからね」
「具体的にはいつ送り返すんですか?」
「んー、急ぐほどではないし明日には梱包して受け渡すかな」
明日。それは宮古野としては余裕を取ったスケジュールだがおかきとしては性急な話だった。
今から理事長に“コツ”を教えてもらったとして、使いこなすまでの時間を加味すればあまり猶予はない。
「……キューさん、一つお願いがあります。 返す前に私が一度使用できるか試してもよろしいですか?」
「うーん、まあテストは必要だと思ってたし構わないけど。 誰か電話を掛けたい相手でも?」
「ええ、ちょうど今私の中にふつふつと湧いた疑問をぶつけたい人が1人……ね」




