シーク・トゥルー・シーズ号殺人事件 -爆発編- ⑤
「よっし、これが最後の爆弾だ。 解除開始! 解除成功!」
「はっや」
「分解し方がから〇りサーカスなんよ」
「なんというか、さすがですね」
最後の爆弾を解除した瞬間、宮古野を囲む乗客たちが惜しみない拍手を送る。
今まで船内を支配していた恐怖はどこへやら、映画の撮影と思い込んでいる彼らの顔には緊張感など欠片も残っていない。
もはやこの爆弾も、船内で起きた7件殺人事件も、彼らの中では映画の小道具や演出に過ぎないのだから。
「チョロいなぁ、人類」
「神様が言うとスケールが大きいですね。 まあ仕方ないですよ、誰も身近で本物の殺人事件が起きたなんて信じたくありませんから」
「うむ、正常性バイアスというものだなご主人」
「落ち着いてくれるなら何でもいいさ、しかししょうがないとはいえおいらもちょっと目立ちすぎたかな」
「見た目はうちが誤魔化したから問題ないやろ、それに目立つってならあっちの方がよっぽどや」
「ハァーーーーーハッハッハ!! 惜しみない拍手をありがとう、ぜひとも銀幕をお楽しみに!」
宮古野以上の喝采を一身に浴びているのは、今回起きた爆弾事件影のMVP。
宝華ロスコ。 その演技力でウカに変装し、子子子子が率いる教団員の監視を誤魔化した名役者だ。
「新人ちゃんも思い切ったよね、まさか宝塚ちゃんに協力求めるなんてさ」
「私も初めは気乗りしませんでしたけど、相手が見えてくるうちに私たちの近くで保護するのが一番だと考えました。 ただそのまま保護すると子子子子 子子子にわざわざ弱点を教えることになるので」
「変装して隠したと、よう考えるなぁ」
おかきがこの作戦を考えたのは、忍愛とともにブラックボックスを捜索し、倉庫区域で警備員の自殺死体を発見したときのことだ。
盗聴の危険を考えると密談に適した忍法を扱える忍愛と行動するときしかチャンスがない、その時はただ追い詰められた場合に切る苦肉の策として伝えただけだが。
なにせこの作戦を決行するには、宝華ロスコにSICKの存在と自分たちの目的を教えなければならないのだから。
「学園祭での貸し一つ、返してもらうついでに父娘ともども保護出来て一石二鳥でした」
「でもええんか? うちらのこと教えてもうたんやろ?」
「ええ、ですから約束としてロスコさんには“これ”を飲んでいただきました」
おかきがそう言って取り出して見せたのは、ビニールに個別梱包された少量の粉薬。
それはバベル文書に暴露してしまった場合を考え、SICKが事前に用意した記憶忘却薬だ。
おかきは事前に事情を説明したうえで、この薬をロスコに摂取してもらっていた。 きっかりSICKに関する記憶を失う程度の少量を。
「すでにSICKに関するロスコさんの記憶は薄れています、船を降りる頃に残るのは楽しかった思い出だけですよ」
「ハッハッハ! ところで私はなんで父の撮影を手伝っていたのかな、まあいいか!」
「本当だ、ちょっとアホの子みたいになってる」
「こんな旅の記憶なんて忘れるのが一番ですよ、残った記録もSICKがうまくごまかしてくれるでしょう」
一般人がSICKの存在を知れば、二度と元の世界には戻れない。
自分が暮らす平穏な世界が次の瞬間には崩れ去るかもしれないと知り、正気を保っていられるのはある種の才能だ。
役者である彼女が以前のように笑って過ごせる保証はない、ゆえにおかきは握った手を突き放すのだ。 自分たちが生きるのは、彼女たちの過ごす光が照らす影の中だと。
「…………」
「ぬぅ、顔色が悪いぞご主人。 まだ何か悩み事があるのか?」
「なんだって? おかきちゃん、懸念事項があるなら共有してもらうと助かるぜ」
「いえ、そういうわけではないのですが……タメィゴゥ、あの甲板で私たち以外の人影を見かけましたか?」
「見てないぞ、我とご主人と狐の友人とあのシスターだけだ」
「そう、ですよね……」
事件を解決した今になっても、おかきの胸には1つの謎が残っている。
あの甲板で見た人影は幻覚か、そしてたしかに聞いたあの声は幻聴だったのか。
だがおかきはそんな自分への慰めに首を振る、見間違いにしてはあまりにも鮮明で的確なアドバイスだったのだから。
「うーん、その話は気になるけど後にしよう。 そろそろSICKの援軍も到着する、そうなれば置いた性質の任務は完了だ」
「えっ、じゃあもしかしてこれから遊んでいいの!? ヤッター!!」
「いや、さすがに騒ぎが大きくなりすぎた。 カバーストーリーを流布して全員撤退するよ、それにおいらたちが残ってるとロスコっちに忘却薬を投与した意味がなくなる」
「やだー!!!!」
――――――――…………
――――……
――…
「……俺だ、戻って来たぞ。 船を出してくれ」
「はっ、すぐに」
青年が小型のモーターボートに乗り込むと、操縦士は暖めていたエンジンを吹かせて船を出す。
静音装置を備えたボートの駆動音は驚くほど静かだ。 甲板までの距離もあり、船上のおかきたちは小型船の存在に気づけない。
なによりこれから彼女たちは海の中に隠れる潜水艦を探し出すところなのだ、海上の存在に気を掛ける余裕はない。
「しかしよろしいのですか? 彼女たちが持つボックスは奪取しろと命令が……」
「それは努力目標だろう? 無理はしなくていい、最後のミーティングで言い訳を並べてもZAPされるわけでもないさ」
「ザップ……?」
「ああ悪い、こっちの話だ。 まったく……早乙女も会わない間にずいぶんな姿になったじゃないか」
青年は遠のいていく豪華客船を振り返りながら、懐かしい友人との再会を思い出して笑みをこぼす。
高校時代から久々に見た彼の姿は大きく変わっていたが、中身は何も変わっていない。
何よりも突然学校から姿を消した部員が無事に生きていたことが、青年には何よりも嬉しかった。
「……だがまさかお互いこんな形で再開するとは。 運命とはゲームよりも数奇だな、早乙女よ」
「……? 失礼、海風で良く聞こえなかったのですが」
「いや、ただの独り言だから気にしないでくれ。 それよりボスへのご機嫌取りを考えないとな、努力目標とはいえさすがに手ぶらで帰りましたでは体裁も悪かろう」
誰にも気づかれないボートが一隻、水平線の彼方へと消えていく。
彼らの行き先も、その目的も、今は誰も知らない。




