シーク・トゥルー・シーズ号殺人事件 -爆発編- ③
「どぉったったったぁ!? おかき、大丈夫か!?」
「え、ええ無事です……けど何が……?」
足元を揺るがす衝撃に、おかきとウカは立っていられず甲板に尻もちをつく。
ここは海上だ、突然の地震というわけではない。 だとしたら可能性としては……
「……さあぁぁぁぁん………………さまあああぁぁぁ……」
「む? ご主人、海から何か聞こえるぞ」
「おかしいですね、二度と聞きたくないと願ったばかりなのに……」
船の外から聞こえてくる声に、おかきは渋々海面を覗き込む。
するとそこには落水したばかりの子子子子が海面に立ち、おかきたちに手を振っていた。
よく見れば水しぶきが立つ彼女の足元には、小魚が群れを成して船の周りを旋回している。 それが偶然にも彼女の足場となっているようだ。
「いや、そうはならないでしょう……」
「なっとるやろがい」
「すみませーん、ちょっと海に落ちた途端サメに襲われてしまって。 船が爆発した衝撃に驚いて逃げてくれたので助かりましたけど、そちらは無事でして?」
「そうはならんやろがい!!」
「ウカさん、どうどう」
最後まできっちり迷惑をかけていく子子子子にウカもとうとう激怒、海面に向けて狐火を飛ばす勢いだ。
しかし今の子子子子に手を出すとどんな飛び火が巻き起こるかもわからないためおかきも制止、それに今は安全圏に退避した彼女に手を出す余裕がない。
「まずは被害状況の確認です。 船底に穴でも開いたら大変ですよ、キューさんたちは?」
「せや、キューちゃーん! おるかー!?」
『いるよー! 今ちょっと目の前で人がシャンデリアにグシャアされたし爆発でみんなパニックだし情報量が多い!! そっちは!?』
「よーし無事やな! こっちはおかきともども無事や、文書も回収した! 爆発の原因は分かるか?」
「おそらく秋茄子団の残党が原因かと。 わたくしもすべての構成員に語り掛けたわけじゃないので、残ったメンバーが強硬策として船を沈めてブラックボックスの再転位を測ったと思われまーす」
「お前本当に何してくれとんねん!!」
「どうどうどう」
「では沈没に巻き込まれたくはないのでわたくしはこれにて、皆さんもお早めに避難してくださいね。 ごきげんようー」
散々現場を荒らしていった子子子子は、優雅に手を振りながら小魚の群れに乗って去っていく。
取り残されたのは黒煙を噴き上げる泥船と、まだ何が起きたのかもわかっていない何千人もの乗客たちだ。
「……ウカさん、SICKへの救援は?」
「すでにSOSは出しとる、うちらだけならヘリにでも乗って逃げられるやろな。 ……うちらだけなら」
SICKは優秀だ、いくら繁忙期とはいえ海のど真ん中で孤立した仲間を見捨てるような真似はしない。
だがいくら優秀でも船内の人間すべては救助できない。 それも落ち着いて誘導に従ってくれるならともかく、度重なる殺人事件と合わさって船内は今パニックに飲まれている状態だ。
『話は聞いてたぜぃ。 船が沈めばブラックボックスは人目を求めて再転移する、合理的な判断だが人類を守る立場としては一発ぶん殴ってやりたいねえ!!』
『どうするパイセン? 爆弾が仕掛けられているなら1個とは限らないよ、まだギリ耐えてるけどバカの火力してるから2発3発弾けたらあっという間に沈むよこれ』
「……キューちゃん、爆弾見つけたら解体できるか?」
『おいらを誰だと思ってる? 見つけたら5秒でバラせるよ、任せろ』
「ならうちは救命ボート用意して避難促す、山田とマキさんは“協力者”の保護を。 おかきはうちと一緒に……探せるか?」
おかきを見つめるウカの目は、自分の発言を取り消したいという後悔が滲んでいた。
すでにバベル文書の回収という務めを果たし、黒幕と対峙して疲弊しているうえでなお、その背中に重荷を背負えと言っているのだ。
しくじれば何人もの命を海の底に沈めるかもしれない。 または爆弾を見つけても間に合わず、仲間の命を危険に晒すかもしれない。 それでも……
「はい、やります。 時間に余裕はあります、キビキビ動きましょう」
それでもおかきは「嫌だ」とは言わない。 それが今の自分にできることなのだから。
藍上 おかきとしての推理能力を過信しているわけではない、ただ今爆弾の情報を知っているのはおかきたちだけだ。
人手は多い方がいい、1人より2人の方が成功率も上がる。 ただそれだけの理由でしかない。
「すまん、その命預かる! それで、おかきならどこに仕掛ければ確実に沈められると思う?」
「嫌な思考ゲームですね……ただ2発目以降の爆弾を仕掛けるなら、1発目とは距離を離します。 それに、私たちがブラックボックスを探す途中に設置されていたなら気づくはず……」
おかきは脳内に広げた船内図に色を灯し、爆発地点と自分たちが探索したルートを塗りつぶしていく。
その上から確実に船を沈めるなら船底に近く、人目につかない場所に印をつけていくが……それでも候補が多すぎる、いつ爆破するかもわからない爆弾を探すには時間が足りない。
「ご主人、焦らなくていいぞ。いざとなれば我が浮き輪にでも盾にでもなろう」
「大丈夫ですよタメィゴゥ、大丈夫ですからもう少し……」
「――――まったく、相変わらずの長考癖だな早乙女! 思慮深いのは結構だが慎重すぎるのが君の短所だ、推測できる要素をなにか見落としていないか?」
「……えっ?」
本来呼ばれるはずのない名で呼ばれたおかきは甲板を振り返る。
ここにいるのはおかきとウカとタメィゴゥの3人だけだ、他には誰もいない。 いるはずもない。
だが夕日に背を向け、彼はたしかにそこに立っていた。 あの時と変わらぬ学生服に身を包んだまま。
「――――部、長……?」
「セッションはすでに佳境だ、ハッピーエンドのために思考を放棄してはならない。 疲労が積もる頭に鞭を打って卓上を俯瞰しろ、お前はすでに一度答えを出したはずだぞ?」
「おかき……? おかきー、どないしたん? そこに誰かおるんか?」
それは疲労が見せた幻だったのか、ウカに名を呼ばれて気を逸らした途端に人影は消えてなくなる。
だは耳に残った声はたしかにあの頃と変わりなく、大きなヒントを残していった。
「……ウカさん、通信を繋げますか? 山田さんに、いますぐ」
「ん? そりゃ繋ぐのは問題ないけど、何か閃いたんか?」
「ええ、おかげさまで一つ。 ここから先は時間との勝負です、急ぎましょう」




