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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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シーク・トゥルー・シーズ号殺人事件 ⑤

「……いいのキューちゃん? 新人ちゃんの単独行動許しちゃって」


「彼女には実績がある、それに理由もなく護衛をおろそかにするような子じゃないさ。 何か考えがあっての行動なら尊重するよ」


「でもなぁ、おかき独りってのは心配やで」


「うーんやっぱりボクが裏からこっそりローストビーフうめぇ」


「おう舌の根乾いとらんで薄情モン」


 皿いっぱいに盛り付けたローストビーフに舌鼓を打つ忍愛を横目に、箸が進まないウカは舌打ちを鳴らす。

 3人と1匹がテーブルを囲みながら座っているのは、100種以上の料理が惜しげもなく陳列されたビュッフェスペースだ。

 調査ばかりでろくに食事もとっていなかったので腹ごしらえ……のつもりだったが、おかきの動向が気になるカフカたちの食は細い。(※忍愛を除く)


「そんな睨まないでよー、もし新人ちゃんが作戦行動をとってるならボクらも有事に備えなきゃじゃん? 今のうちにしっかり食べて動けるようにしておかないとさ」


「もっともらしいこといっとるけど本音は?」


「今のうちに少しでも高いもの食べて元を取っておきたい」


「ドブカス」


「まあまあ、山田っちも心配してる気持ちは0じゃないでしょ。 でもおいらたちには事情も説明してほしかったぜぃ」


「時間がないと言っていたニャ、いったい何をするつもりやら」


 テーブルの下で鰹節を頬張るネコとカフカたちは首をかしげる。

 3人そろえば文殊の知恵とはいうが、自称SICK最高の頭脳を持つ宮古野でさえ探偵の足取りは推測できない。


「たしか黒っぽい影が船内を走り回ってるって話を聞いて何か思いついたんだよね?」


「せやけどそれってマキさんのこととちゃうんか?」


いささか不可解であるニャ、ネコであらずともペットを連れ込む客も少なからずいる。 イケニャンが足元をよぎった程度で噂になるかニャ?」


「うーん、じゃあいったい正体は何だろうな? へいパイセン、5秒以内に回答どうぞ」


「謎やな、まったくわからん」


「ふむ……ニャるほど、もしくはそれが答えなのかもしれニャい」


「……? っと、局長から電話だ。 ちょっと失礼」


 食事中とは無視できぬ相手からの着信に、宮古野は席を立って通話を繋ぐ。

 しかし初めは柔和な面持ちで麻里元と通信していた彼女だが、会話を重ねていくごとにその顔は険しいものへと変わっていく。

 通話を切るころには、通夜のような沈痛な表情を浮かべていた。


「ど、どないしたんキューちゃん? 腹下したか?」


「……みんな、ご飯食べるなら今の内だよ。 これからそれどころじゃなくなる」


「えぇー、ボクまだデザート3皿しか食べてないんだけど……」


「じつは――――」


 その瞬間、宮古野の声をかき消す大音量がビュッフェ会場に響き渡る。

 折り重なったガラスが砕ける音と、わずかに水を含んだ鈍い音。 そして絹を裂くような甲高い悲鳴。

 それは天井に吊るされたシャンデリアが落下し、哀れな犠牲者を巻き込んでカーペットに赤い染みを作った音だった。


「…………えーと、キューちゃん。 これって3人目の殺人事件ってことかな?」


「いいや、違うよ……7()()()だ。 この船上ですでに7人もの人間が死んでいる、おいらたちが気付かない間にね」


――――――――…………

――――……

――…


 イヤホン越しの悲鳴を聞きながら、彼女は薄く笑みを浮かべる。

 人の悲鳴とは実に耳障りなものだが、今回ばかりは7つ目の仕掛けが上手く作動した証拠だ。 笑みもこぼれるというもの。

 SICKの介入など、些事。 計画のすべては彼女の掌の上で進んでいた。


 すでにすべての準備は整った、7つの錨は問題なく撃ち込まれたのだから。

 あとはただ果報を寝て待つだけ、なんて楽な仕事だろう。 ただ一つの懸念もあったが、いまさら気づいたところでもう遅い。

 ゆえに彼女は勝利を確信し、ゆっくりとドアノブに手をかけた――――


「……ああ、やはり来ましたか。 思ったより遅かったですね」


「――――……」


 人払いが済んでいあるはずの最上段デッキに、人影が一人。

 展開式の風防に守られたこのデッキでは、海を一望できる温水プールやスポーツ、特大モニターによるシアターショーも楽しめる人気スポットだ。

 しかし今は下層で起きた事件のせいで人がいない……はずだった。


「7人、ずいぶん効率的ですね。 この船を支配するためにその人数で済ませるとは」


「……何のことでしょう?」


「とぼけなくて結構ですよ、すべてわかってます。 バベル文書をなぞるような殺人事件はフェイクです、あなたの目的はただこの船に乗った人間の分布を()()()()()()()だけだ」


 甲板に一人佇む少女はその黒髪をたなびかせながら、己が推理を綴る。

 ショーの幕を上げるために必要な前置きもなく、聴衆もおらず、探偵としてのマナーを知らない不躾な手際。

 それでも“黒幕”は彼女の言葉を遮ることはできない、その指摘の悉くを否定できない。


「コントロールとは、何のためにそんなことを? 7人もの尊い命が失われているのですよ?」


「ブラックボックスの特性はあなたも知っているでしょう? あれは人気が無い場所に存在する限り、人の目を求めて転移する」


「はて、しかしこの船にすでに多くの人が……」


「だから密度を偏らせる必要があった。 ブラックボックスの周囲に空白地帯をつくり、転移を促すために」


「…………まあ」


 2人だけの世界で投げ合う言葉のキャッチボールに、黒幕は恍惚とする。

 言い逃れるためではなく、ただ探偵が投げる推理の不足を埋める確認作業。 

 それは黒幕にとってまるで夫婦が行う契りの儀式のように思えて仕方がなかった。


「7つの殺人事件は現場から人を遠のけるために始まったものだ、バベルを模したのはSICKを含む対抗勢力の目を事件そのものへ逸らすため。 殺し方に意味がないことに意味があったんです」


「……しかし、わたくしはこう見えてか弱い淑女でございます。 どうして7人もの屈強な男性を殺害することができましょうか」


()()()()()


「――――……」


「彼らはみな手の込んだ方法で自ら命を絶ったんです、手口は港に着いてからじっくり調べればわかります。 方法はどうであれあなたなら口先一つで唆せますよね、子子子子 子子子」


「……それはそれは、なんとも信頼されたものですね」


 かくしてこの事件の真犯人、子子子子 子子子は心底嬉しそうに微笑む。

 ヤギのように細い瞳を、じっくりと歪めながら。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここでくるかぁ
[一言] アニメとかで見たいいいシーン
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