シーク・トゥルー・シーズ号殺人事件 ③
「……今の状況はアクタの時計塔事件と似ています」
「時計塔事件ってボクが危うく冤罪被るところだった首なし死体のやつだよね? たしかあれは……」
「悪花さんを殺害するため、意味のない謎だけを置いた事件で全知無能に対する時間稼ぎでした」
居住フロアの廊下を歩きながら、おかきは自分の推論をまとめるために忍愛とのディスカッションを続ける。
会話内容は彼女の忍法により他者へ聞かれる心配はない、それでも過行く人目を集めてしまうのはおかきたちの容姿か……もしくは足元について回るマーキスのせいか。
「ふむ、此度の類似しているとニャると……トルコアイス刺殺事件は我々の目をかく乱させるための罠ということかニャ?」
「うーん、まだ断言しかねますけどアクタの事件とはまた目的が少しずれている気がします。 ただ、殺人のトリックについてあまり考えなくてもいいはずです」
「なんで? どうやって殺したかわからないと犯人も絞れないんじゃない?」
「例えば忍愛さんのような人が殺したなら常識的なトリックを考えるだけ無駄です、アリバイすら身体能力1つで誤魔化せます。 例えばこの船の端から端まで移動するのに何分かかります?」
「外突っ走って窓から入っていいなら1分でいけるよ」
「そういうことです。 なので我々が考えるのは“どうやって殺したか”でも“誰が殺したか”でもなく、“なぜ殺したか”だけですよ」
「ニャるほどな、時計塔の時と同じく殺した理由が重要だと」
「ええ、意味がないなら意味がないとわかるまで調べます。 あの殺人には何か裏がある」
『そっちも気になるけどまずはブラックボックスが優先だ、忘れないでねおかきちゃん』
「ええ、もちろんですよキューさん。 問題は……」
『どうやって見つけるか、だよねぇ』
イヤリングに偽装した通信機越しにおかきと宮古野のため息が重なる。
殺人事件が起きるまでのわずかな時間を散策しただけでも、この船の途方もない広さは理解できてしまった。
およそ20層に分かれたデッキを4人+1匹で捜索するというのは無理がある話だ、圧倒的に人手が足りていない。
『悪いねみんな、当初はここまで状況が面倒くさくなる予定じゃなかったんだ。 サンタの隠蔽やらほかに優先する業務が多くてさ……』
『師走やなぁ……』
「文句言っても始まらないよ、とにかくできることを頑張ろう。 時間は待ってくれない、こうしている間にもボクたちのバカンスタイムは削られているんだ」
「忍愛さんは本当ブレないですね、そういうところは好きですよ」
「えっ、急にどしたの新人ちゃん。 結婚する?」
「しません」
――――――――…………
――――……
――…
「うわーん見つからなーい!! どこにあるんだよもぉー!!」
「倉庫だけでもいくらあるやら……本当に途方もないですね」
捜査開始から3時間後、おかきたちの健闘空しくブラックボックスはまだ見つからない。
人気のないエリアを重点的に探すという当初の作戦通り、下層の倉庫区域を捜索していたが、いまだ全体の1割も終わらない状況だ。
「マーキスさん、そちらはどうですか?」
「ニャんとも、このあたりから謎の箱らしき匂いは嗅ぎ取れニャいな」
「ブラックボックスの匂いってなんだよー……そもそも箱の大きさも見た目もボクらよくわかってないし」
「特性のせいで外見情報もあやふやみたいですね、そもそも感染してしまえば箱の見た目も変わるでしょうし」
「めんどくさいなぁ、いったい誰がこんな箱作ったんだよもー」
「第2次世界大戦時代に発見された異物であるな、おそらく機密文書などを箱に隠してやり取りしていたのだと吾輩は推測する。 ネコは博識なのだ」
「意外に壮大な出自だった、やっぱ戦争ってダメだよラブ&ピース」
軽口を叩きながらも忍愛は倉庫中に荷物を引っ張り出し、一つずつ中身を確認しては痕跡一つ残さず元の場所へ収納していく。
中に入っているのは客の持ち込み物を収納したコンテナやかさばる土産物などばかり、バベル文書に掠るような資料すら見当たらない。
「一つの箱に結構みっちり中身が詰まっているんですね、隙間もクッションやエアパッキンで埋められています」
「顕微鏡、ガラス細工、楽器、工具……多種多様に詰められているニャ」
「まるで引っ越しの荷物みたいだね、下船するまでかさばる荷物を預けてるのかな」
「いろんな職種の人が乗っていますね……まさか爆弾が詰まっていたりとか」
「おい! そこで何をやっている!!」
おかきが脳裏にちらつくアクタの影におびえていると、突然その背中へ怒声が浴びせられる。
倉庫の入り口には警棒と防弾チョッキを装着した警備員が仁王立ちし、おかきたちの退路を塞いでいた。
「ご、ごめんなさい……ボクたちネコを追いかけて、気づいたら迷っちゃってぇ……もう疲れちゃってぇ……」
「にゃおーん」
「ネコぉ? ……ああ、そういえば同僚から黒い影を見たとかどうとか報告があったな。 君たち、ここは危ないからすぐに戻りなさい」
猫なで声を奏でる忍愛とネコそのものに気が緩んだか、警備員は警戒した姿勢を崩して優しい声で語りかける。
娘か、あるいはおかきの背格好が孫と重なったのか。 日本語で話す初老警備員の対応は迷子を見つけたときの柔和な対応だ。
「危ないって、何かあったんですか?」
「ああ、実は上のデッキで殺じ……いや、すこしケンカがあってね。 エレベーターはここを右に出てまっすぐ歩いた突き当りだ、もうこんなところに迷い込んじゃダメだよ」
「……はい、お手数をお掛けして申し訳ありません。 すぐに戻ります」
(どうする新人ちゃん、トルコアイス事件について知ってそうだよ。 無理やり聞き出す手段もできるけど……)
(相手は一般人ですよ? 物騒なことはなしです)
(にゃおーん)
警備員に見送られながら、おかきたちは手を振って警備員と別れる。
不運なエンカウントだが、これは殺人事件のせいで人気のないエリアにも巡回の手は回っているということだ。
この階層からは一時撤退するとして、おかきが次の探索候補を思案していると……
「――――ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「……っ!? 忍愛さん!」
「わかってる、新人ちゃんはボクから離れないで!」
エレベーターまでの道のりを歩く背中に、先ほど別れた警備員の叫び声が突き刺さった。
すぐさまクナイを構えた忍愛はおかきたちが追従できる速度で疾駆し、声が聞こえてきた倉庫の入り口を覗き込む。
「――――……ねえ、新人ちゃん。 これどう思う?」
「どう、と……聞かれましても……何と言いますか……」
「事件である、ニャ」
飛び込んだ鼻先に吸い込んだのは、むせ返るほど強い血の臭い。
そして積み重なったコンテナに飛び散るほど激しい血だまりの中、さきほどの警備員がうつぶせに倒れ伏している。
彼は腰に携えていたはずの警棒で頭部を貫かれて明らかに絶命しており、壁一面には旧約聖書をなぞる英文が夥しい血痕で綴られていた。




