静かなる船出 ③
「感染? 箱の特性が移っちゃう……ってコト?」
「そうそう、例えばブラックボックスの隣にお菓子の箱を置いておくとする。 そのまま放置しておくとお菓子箱もブラックボックスになっちまうのさ」
「①ブラックボックスの内部が観測されていない ②ブラックボックスおよび感染対象の箱がある程度“閉じた”状態である ③箱の大きさと感染完了までの時間は比例する。 正確にはこの3つの条件が必要ですね」
宮古野の説明に対し、おかきは情報をよどみなく補足する。
記憶補強薬のおかげか、頭の中の写真をめくるように鮮明な映像が浮かび上がってくるようだった。 テストの時に使えるならとても心強い効能だろう。
「うん、なのでおいらたちが管理するときは常に箱を解放した状態で3機以上の監視カメラで観測しつづけていた」
「ちょい待ち、ってことは今はかなり危ない状況やないか?」
「そうですね、この船の中にブラックボックスが転移したとなると……」
「あー、似たような箱が増えて見分けがつかなくなるね。 早いところ見つけないと面倒くさくなる」
「山田っち、そいつは甘い考えだ。 おいらたちが今いるこの部屋も言ってしまえば箱だぜ?」
「ほーん、それは……それはまずいね?」
ようやく事の重大性を理解してきた忍愛は居住まいを正し、ベッドの上に正座する。
仮に倉庫のような人の目が届きにくく、なおかつ箱状の物品が大量に保管されている場合は最悪だ。 たちまちブラックボックスの温床となる。
そして一度増えればネズミ算式に増え続け、この船全体が観測できない領域へとなり替わってしまうのだ。
「何度も説明したようにこの巨大な船がソナーに引っかからないステルス船になり替わる、衝突事故のリスクがないとは言えないだろう。 それに内部はもっと地獄だぜぃ」
「ブラックボックスの特性により内部は互いの存在すら認識できない闇の中となる、たちまちパニックが広がるでしょうね」
「うへぇ……もしかして結構ヤバい案件だな?」
「うちらが扱う仕事にヤバないもんなんてなかったやろ」
「そもそも異常物品が増殖するという性質が危険極まりないんだ、おいらたちが隠している存在が世間にバレてしまうリスクを抱えてしまう。 見つけ次第速攻回収、最悪の場合は破壊してくれ」
「幸いにも強度は材質そのままですからね、了解です」
「よし、作戦会議終わり! 時間は今回おいらたちの味方をしてくれない、総員装備を整えたらブラックボックス捜索に出るぞ!」
――――――――…………
――――……
――…
「……とはいっても、そう簡単に見つからへんなあ」
「まあ、機械で探知できない以上は人海戦術しかありませんよね」
再び富豪らしい衣装に着替えたおかきとウカは、2人並んで船内ロビーを歩く。
作戦会議の末におかきたちが出した結論は、2手に分かれて捜索するという何ともシンプルなものだった。
ただでさえ少ない人数を2人組に固めるのはどうかと思われたが、敵対勢力の影がちらつく限りは戦力的にこの配分が妥当と言うしかない。
「しかしなんというか……歩いているだけで目がチカチカしますね」
「おかき、ぶっ倒れたらあかんよ。 貧乏人とばれたらなめられるで」
船の中ということを忘れそうになるほど広い空間と階層構造。
贅沢に吹き抜けたロビーの頭上にはシャンデリアがぶら下がり、足元には真っ赤な絨毯が敷かれている。
視界に移る調度品はどれも庶民感覚からかけ離れたセレブオーラを放ち、おかきの目を眩ませた。
「とりあえずそこの椅子に座って様子見よか、今のところ怪しい人影も見とらんけど」
「そうですね……そういえばウカさん、敵対勢力ってどういった相手が出てくるんですか?」
「んー、せやな……例のアホボケサーカス団に変態シスター教団はおかきも知っとるやろ。 ほかにはヤクザやマフィアが絡んで来たり、まあいろいろおるで」
「なるほど、どれにも会いたくないですね」
「同意や、そのためにはさっさと箱回収して撤収したいところなんやけど……少なくともこっちにはなさそうやな」
おかきたちがいるロビーは見渡しがよく、人通りも多い。 怪しい箱が落ちていたらとっくに誰かが発見しているところだ。
ただでさえ広い船内、18層に分かれたデッキはもはや洋上の街ともいえる規模で当てもなく探すには時間が足りなすぎる。 できれば何かしらの手掛かりが欲しい。
「というわけでおかき、探偵らしくなんかヒントとかない?」
「別にそこまで便利な職業ではないんですよ、でもそうですね……提案があります、客室デッキは後回しにしましょう」
「ほう、その心は?」
「単純にリスクの問題です。 人目が多ければそれだけブラックボックスが活性化しません、危ないのは空き部屋や倉庫の奥で増殖しているケースです」
このロビーのように、吹き抜けて閉じていない空間はブラックボックスの感染対象外だ。
人通りが多ければそれだけ出入り口が多く、閉鎖していない空間ということ。 仮にブラックボックスが隠れていたとしても脅威度は低い。
逆に人気のない場所でひっそりと感染が拡大していれば手の付けられない被害となる、おかきの提案は先にそのリスクを潰そうというものだ。
「おそらくキューさんたちも同じ考えで行動していると思います、我々も急ぎましょう」
「うっし、そうと決まれば急ぐか。 ここから近いところで人気がないというと……」
「…………ん? おや、藍上君! それに稲倉君も一緒とは、これは数奇なエチュードだ!!」
「「…………ん?」」
本来こんな場所で聞こえるはずもない声に、いやな予感を覚えながらも2人は振り返る。
だが現実とは何とも非情なもので、いつもの3倍は派手な衣装に身を包みながらパリコレ顔負けのポージングをとっていたのは、間違いなくおかきたちの知る学友の姿だった。
「…………ロスコ、さん? なぜここに?」
「ハッハッハ! なぜってそれはもう、冬休みだからね!!」
宝華ロスコ、おそらくおかきたちが知る中で潜入任務中に出会いたくない人物No1。
華を背負って歩いているような、悪目立ちの権化である。




