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学園へいこう ④

「もういやだぁ……!」


「いやここまでくるといっそ恐ろしいわ、さすが顔面お化けやな」


 1日の授業を終える鐘の音が響く教室で、おかきは山積みの恋文を前に項垂れていた。

 APPは伊達ではない、一目だけでも人の意識を惹きつけて耐性のないものを魅了する。

 人類の限界点にほぼ等しい傾国の呪いなのだ。


「老若男女よりどりみどりね……あっ、こいつ大病院の御曹司よ、こっちは海外からの留学生で石油王」


「濃いメンツやなぁ。 玉の輿やでおかき」


「まっっっっったく嬉しくないですね」


 正直なところ、おかきは今日に至るまで「藍上おかき」になるということを嘗めていた。

 SICKで過ごした数日間は愛でられたり勝手に頭を撫でられたりと困ったこともあったが、ここまで熱烈なアピールを受けた試しはない。

 学園という一般に近い感覚に晒され、ようやく自分という存在の異常性を突き付けられた。


「元同性からラブレターもらっても……空しいですね……」


「笑えんなぁ……山田もそこそこ恋文は貰っとったけど、1日で14通は記録更新やな」


「山田って言うなァ!!」


「地獄耳やなほんと」


 勢いよく教室の戸をあけ放って登場したのは、たった今話題に上がった山田 忍愛だ。

 自慢げなその手の中には、ハートマークのシールで封じられた4枚の封筒が握られている。


「ふはははは!! どうだ新人ちゃん、ボクもラブレターもらったもんね4通も!!」


「おう、今ちょうど14通のラブレターどうしたもんかと話してたところやけど」


「ワ……ァ……!」


「泣いちゃった」


「ほっとけ、何でもええからマウント取りたいだけや」


「学園一のモテ女を自称していたボクが……負けた……」


「おかき、山田は無視でいいわよ。 さっさと寮に帰りましょ」


 見かねた甘音がおかきの荷物をまとめ、その手を引いて教室を後にしようとする。

 どさくさに紛れて放心している忍愛の頭髪を一本引き抜きながら。


「でもこれ……」


「返事なんてそんなすぐ出さなくてもいいのよ、それとも誰か気の合いそうな相手でもいた?」


「いえ、まったく」


「なら無視よ無視! あとで私が全部断っておくわ、今日はもう休みなさい」


「甘音さん……」


「検体には健康でいてもらわなきゃ困るもの! ストレス一つ抱えず生きていきなさい!」


「甘音さん……」


「おかき、お嬢に良識求めたらあかんで」


――――――――…………

――――……

――…


「本当にここって学園でしたっけ?」


「ホテルみたいよね、さすがにうちの別荘よりは狭いけど」


「これが狭い……?」


 学生寮に戻ってフロントでカギをもらったおかきは、初めて自分の部屋へと足を踏み入れた。

 室内は雄太のアパートやSICKの仮住まいよりもずっと広い。

 内装も一級スイートルームと見まごう絢爛っぷりだ、2つ並んだベッドを片付ければ卓球台が2台は置ける。


「しかしなぜベッドが2つ……?」


「ん、言わなかったかしら? ここ私の部屋でもあるのよ」


「んん???」


 おかきにとって聞き捨てならない言葉をしれっと吐き、甘音はベッドに体を投げ出す。

 そのまま慣れた手つきでベッド脇のナイトテーブルからリモコンを引っ掴み、おもむろにテレビの電源を付けた。


「あー、そういえば今日は医療の鬼やってたわね。 見逃すところだったわー」


「ちょっと待ってください甘音さん待ってください、詳しく話を聞かせてください私は今冷静さを欠こうとしています」


「ちょっと録画してからでいい?」


「録画しながらでも構いませんので! 私たち同室なんですか!?」


 黙々と録画操作を進める甘音に、おかきが詰め寄る。

 そもそも同室の生徒がいるというのが初耳で、しかも女生徒なのだからおかきも心中穏やかでいられない。

 

「カフカとはいえ私の中身は男なんですよ? 色々問題じゃないんですか?」


「でも外面は女の子じゃない、それともあんた何かする気なの?」


「とんでもない。 ただ私が話しているのは甘音さんの意識の問題で……」


「それこそ問題ないわ、生まれが生まれだから護身術習ってるの。 おかきぐらい何人襲ってきても投げ飛ばしちゃうわよー?」


「…………」


 甘音はベッドの上で仁王立ちし、おかきを見下ろしながらからかい交じりの笑みを見せる。

 おかきも負けじとベッド上で立ち上がるが、両者の身長差は歴然だ。

 それでも少々不機嫌なおかきは甘音の手首をつかむと、あっけなく彼女の体をベッドへ押し倒す。


「………………ふぇ?」


「甘音さん、私も同じく習っているんですよ。 SICK御用達の格闘技術を」


 学園に入学するまでの数日間、何もおかきは黙って地下にこもっていたわけではない。

 その間に宮古野やほかの職員による技能講習、実戦訓練などを詰め込まれていた。

 数日だけとはいえおかきが学んだ実戦格闘技は、護身術を齧った程度の女子1人など赤子の手をひねるようなものだ。


「これが不審者なら大変なことになってますよ? そもそも甘音さんはパラソル製薬のご令嬢なんですから、もっと自分の立場を考えて軽はずみな発言は……」


「ふぁ、ふぁい……」


「…………甘音さん?」


 くどくどと苦言を呈する最中、おかきはふと自分たちの恰好を俯瞰してしまった。

 ベッドに女の子を押し倒す、(中身)成人男性。 他人から見られれば非常にまずい状況だろう。

 アイデアロールに成功してしまったおかきは正気度(SAN)に損耗を受け、滝のような汗が流れだした。


「あ、甘音さん? その、なんというか……!」


「へっ……? あ、ああ! きき気にしなくていいわよ!? 私もちょっとうかつだったわ、うん!!」


 青い顔のおかきと対比するように、頬を真っ赤に染めた甘音がベッドから飛びのく。

 対照的な顔色をした2人の間には、何とも言えない気まずい雰囲気が流れた。

 

「い、いやー油断してたわ……なんか、ごめんね?」


「いえ、私こそ……ははは……」


――――――――…………

――――……

――…


「というわけでウカさん、私を殺してください」


「どういうわけや」


 学生寮内に併設された談話室、そこでは部屋を飛び出したおかきが、懺悔するようにテーブルへ突っ伏している。


「甘音さんを辱めてしまいました……羞恥と罪悪感でいっぱいいっぱいです……もはや腹を切るほかないかと」


「その程度で腹切ってたらなんぼあっても足りんで、片腹痛いわ」


「なになに、えっちな話してる? ボクも混ぜて混ぜて」


「しとらんわボケナスゥ、話ややこしくすんな」


 面白い話の気配に勘づき、ついでのように沸いて出たのは忍愛だ。

 その目は人の不幸話で美味い飯を食おうとする性根の悪さが滲んでいる。


「実はかくかくしかじかで……」


「ふんふんなるほどぉー、嫌味か?」


「茶化すなや、ド真剣に悩んでるんやで」


「嫌味だねぇどう聞いてもさぁ!!!? でもボクの方が可愛いからね、試しに壁ドンでもしてみる!!? 絶対にほだされたりなんてしないんだからね!!」


「じゃあ……ドンっと」


「あっ、やだしゅきぃ……」


「女騎士でももうちょい粘るで?」


 おかきが壁に手をついて忍愛に顔を寄せると、彼女の膝が一瞬で崩れてへたり込む。

 その目は恋する乙女のごとくハートに染まっていた、まさしく魅了という言葉がふさわしいほどに。


「いや、これ……無理だよ、好きになっちゃうやつじゃん。 ていうかボクのこと絶対好きじゃんこれ、結婚しよ?」


「うぬぼれんな。 おかきも元気だしぃ、お嬢も気にしてへんって」


「でも私の軽はずみな対応で甘音さんを傷つけたのでは……」


「おかきは優しいなほんま」


「えー、別に良くない? ガハラ様ってお金もちなんでしょ、一生ヒモになれるじゃん玉の輿だよ玉の輿」


「山田はほんまカスやな」


「ボクへの当たりだけ強くない?」


 もはや見慣れたやり取りを交わしながらも、時間は無為に過ぎていく。

 そして悩もうが悲しもうが、時刻はすでに夕食時。 おかきの腹の虫が飢餓を訴える声を鳴らした。


「おかきー、テーブルに張り付いてないで飯食いに行くで。 明日からも授業あるんやから、食える時に食っとき」


「今はあまり食欲がないです……」


「駄目よおかき、ただでさえあんた細くてちっちゃいんだからちゃんと食べないと」


 不意に聞こえてきたその声に、おかきが弾かれたように顔を上げる。

 おかきの背後に立っていたのは、噂の主である天笠祓 甘音その人だった。


「なによ、人のことお化けでも見たような目で見て」


「あ、あ、甘音さん! さっきはその本当に……!」


「だーかーらー、気にしてないって言ってんでしょ! あんたがずっと引きずってるとこっちも気まずいのよ、分かんなさい!」


 土下座でもしそうな勢いのおかきより早く、機先を制した甘音がその額を人差し指でぐりぐりと抑える。

 その頬には先ほどのような赤みもなく、恥じらいを虚勢や演技でごまかしている節もない。


「私は気合で吹っ切ったわ! だからあんたも忘れなさい、いいわね!」


「は、はい!!」


 甘音にびしりと指を突き付けられると、おかきも「はい」以外の返事はできなかった。


「さすがお嬢、とんでもない精神力やな……」


「お薬のことしか頭にないから恋愛に割く容量がなかったんじゃない?」


「何か言ったかしら山田ァ!」


「なんも言ってないです!! あと山田って呼ばないで!!」


「ふんっ! ……あとそうだ、またあんたにラブレター来てたわよ。 いつの間にか部屋の扉に挟まってた」


「ここ女子寮やで?」


「つまり新人ちゃんは同性にもモテモテ……ってコト!?」


「ひ、ひえぇ……」


 甘音に差し出された手紙を、おかきは恐る恐る受け取る。

 しかし怯え切っていたその表情は、手紙の裏に添えられていた差出人の名前を確認した瞬間に消え去った。


「……おかき? どないした」


「2人とも、これはどう思いますか?」


「んー、なになにボクにも見せて……って」


「ん、なに? 知ってる相手だったかしら?」


「知ってるも何も……」


 出会いはしたが、名前も顔も知らない相手だ。 

 それでも差出人として書かれた「それ」は、つい先日の出来事を想起させるには十分すぎた。


 炎のように赤い便箋の裏には、はっきりと「爆弾魔ボマー」と書かれていたのだから。

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