冬休みの始まり ④
「おかきぃー? 聞いたわよ、この冬はクルーズ船でバカンスするそうね」
「バカンスではないのですが……」
旧校舎で任務の説明を受け、一度身支度のために自室へ戻ったおかきを出迎えたのは仁王立ちの甘音だった。
同室ということもあり、もはや何かと一緒に行動することが多い間柄だ。 おかきだけでバカンスとなれば心中穏やかではない……かに思われた、が。
「知ってるわ、茶化してみただけ。 仕事なんでしょ、無事に帰ってくるなら許す」
「甘音さん……」
「ほら、荷物まとめておいたから。 不足あるかもしれないからチェックしておいて、ただあんたもっと下着買い足した方がいいわよ」
「セクハラでは?」
「私はあんたのスリーサイズから体重身長に至るまで全部知り尽くしてる女よ、それとこれも」
「ん、なんですかこれ?」
着替えが詰まったキャリーケースとともにおかきへ渡されたのは、風邪を引いた時にもらったものと似た処方箋の紙袋だ。
ただし今回は中にアルミシートに梱包された錠剤と粉薬が入っている。
「SICKに頼まれて用意したものよ。 こっちが記憶補強薬、それでこっちが忘却薬」
「忘却薬はなんとなくわかりますけど……記憶補強?」
「瞬間記憶能力って知ってる? あれの簡易版みたいなものよ、ようは一度記憶したことを忘れにくくなるってこと。 私も頼まれただけだから用途は分からないけど」
「ああ、なんとなくわかりました。 ありがとうございます」
甘音からの説明を受けたおかきはSICKの思惑を察した、記憶補強薬の使い道は十中八九ブラックボックス対策だ。
任務中に捜索対象について忘れてしまえば元も子もない、宮古野が控える司令部からその都度伝え直すのも手間になる。 対抗策があるならそれに越したことはない。
「補強薬は用法容量守って使ってね、脳に負担がかかりすぎると危険だから。 忘却薬はそのための中和剤」
「なるほど、納得しました。 ……しかしどうしてこのようなものを甘音さんが?」
「パラソル製薬で極秘裏に開発&研究している薬よ、SICKに依頼されてね」
「とんでもないもの作ってません?」
「おほほ、制作方法は企業秘密よ。 それとクルーズ船って何に乗るの?」
「えーっと、たしかシーク・トゥルー・シーズ号でしたね」
「あー、避暑でお爺ちゃんに何度か乗せてもらったことあるわ。 いい船よ、楽しんできなさい」
「お嬢様……」
普段の言動から忘れがちだが、天笠祓 甘音はパラソル製薬のご令嬢。 つまり相当なお嬢様である。
おかきなら一生かかっても乗る機会のない船ですら、彼女にとっては「夏休みの良い思い出」程度でしかない。
「おほほ、何考えてたかは聞かないでおいてあげるわ。 それと、あれはどうするの?」
「あれ?」
「うむ、我も準備万端だぞご主人」
おかきが振り返ると、キャリーケースの隣で荷造りを終えたタメィゴゥが額(?)に汗を流しながら満足げな表情を浮かべている。
パンパンに玩具が詰まったリュックに腰かけた様は、さながらピクニック前日の小学生だ。
「タメィゴゥ……あなたは連れて行けませんよ?」
「……!?」
「そりゃそうね、あんたは私とお留守番よタマゴ」
「なぜだ……なぜなのだご主人……?」
「すみません、今回は危険が多いのでタメィゴゥを連れて行くわけには……」
宮古野からの事前説明からして、バベル文書を狙う敵は少なくない。
船内で交戦する可能性も高い以上、危険な場所へタメィゴゥを連れて行く気がおかきにはなかった。
「ご主人……」
「ダメです、こればかりは譲れません。 遊びじゃないんです」
「我は炎も吐ける……殻は銃弾や刃を通さぬ……あと我可愛い……なごむ……」
「アピールポイントがずうずうしいわね」
「ダメです、私も自分の身を守るだけで精いっぱいなんです。 タメィゴゥは絶対に連れて行けません」
「でもおかき、戦闘力で考えればタメィゴゥの方があんたより上じゃない?」
「……ともかくダメです」
「ご主人ー!」
おかきは取り付く島もなく部屋を出る、戦闘力で負けていることなどとうにわかっている。
それでもおかきはすでにタメィゴゥへの情が湧いていた、何の生き物なのかもいまだにわからないがそれでもタメィゴゥは大切なルームメイトだ。
わざわざ危険な戦地へ連れて行き、血なまぐさい経験など積ませたくはなかった。
しかしそれはタメィゴゥもまた同じ、自分を育ててくれている大切なご主人を危険な目に合わせたくはない。
互いに大切に思い合うからわかり合えない、互いに譲るところを知らぬ平行線なのだ。
「まったく、おかきも強情ね……どうするのタマゴ、諦める?」
「むぅ……お嬢はどちらの味方なのだ?」
「んー、どちらかというとあんたかしら。 ウカたちはついているだろうけど、それでもおかきのことは心配だし」
「では協力してほしい、ご主人のバッグに我を押し込んでくれ」
「すぐバレるわよそんなの、方法ならほかにもあるからちょっとついてきなさい」
「うむ、ついて行く」
後ろをテクテク追従するタメィゴゥを引き連れた甘音は、一度隙間から廊下のクリアリングを済ませてから扉を開ける。
廊下におかきの姿はない、その隙を縫って甘音は隣の部屋をノックする。
コンコンと……コンコンと……いくら叩いても返事がないのでタメィゴゥと協力し秒間16連打。
「ダァーうっせぇ!! なんだテメェら、喧嘩売りに来たのか!?」
「おほほ、ごきげんよう悪花。 おかきにフラれたところ悪いんだけどちょっと協力してくれない?」




