冬休みの始まり ①
「おかき、ちょっとこれ持ってて。 先に天井の埃全部落とすわ」
「了解です、ついでに水拭きしておきますね」
「この箒もう寿命やなぁ、新しい奴と換えてくるわ」
おかきが風邪から復帰しておよそ1か月。 机といすを片付けられた教室の中を生徒たちが忙しなく動き回る。
学園生活はあれから何事もなかったりあったりしながら、冬休みを目前に迎えたおかきたちは教室の大掃除に励んでいた。
「しかし意外ですね、この学園のことなので大掃除もクラス対抗やAP争奪戦のようなイベントを挟んでくると思ったのですが」
「過去にはあったわ、ただ妨害工作や抗争がエスカレートしていった結果余計に散らかって年を越す羽目になったの」
「せやから“掃除は真面目にやろう”という暗黙の了解が学園に敷かれたんや」
「なるほど、前言撤回します。 さすがこの学園ですね」
おかきが目を瞑ると当時の光景が瞼の裏に浮かぶような気がした。 が、すぐにやめる。
あの理事長がイベントの開催を推奨せず、暗黙の了解が浸透するほどの惨状を想像するのは精神衛生上よろしくない。
「ちょっと男子ー、誰かこの棚動かすの手伝ってー!」
「「はーい」」
「あんたら(今は)女子でしょうが、力仕事は男子に任せてゴミ捨ててきて」
「「はーい……」」
――――――――…………
――――……
――…
「……そういえばもうすぐ冬休みに入りますけど、ウカさんは何か予定があるんですか?」
「んー? うちはとくに何もないな、しばらくSICK基地に戻ろかなって。 おかきは?」
「私も予定は未定ですね、ただ学園に残るかどうかは迷ってます」
ゴミ袋を抱えて焼却炉を目指す道すがら、おかきとウカの間には世間話の花が咲く。
とはいえ隠語を交えた会話の中に実となる内容はない、ただ両者ともに休暇中はヒマを持て余しているという悲しい会話だ。
「……ちなみにウカさん、休暇中にSICKの仕事ってあると思います?」
「仕事なら間違いなくあるで、この時期ならサンタが見つからんように隠蔽工作したりな」
「やっぱりいるんですか、サンタ」
「おるで、それっぽいのが12体ぐらい」
「多いですね、それでも世界中の子どもたちにプレゼントを配るにはまだ少ないくらいですけど……」
「なんだなんだ、ずいぶんファンシーな話してんなテメーら」
「あっ、悪花さん。 お久しぶりです」
サンタ談義で盛り上がるウカとおかきの間に割り込んできたのは、2人と同じくゴミ袋を抱えた悪花だった。
おかきたちに比べて背丈に優れた悪花は2人のゴミ袋を奪うと、自分の袋とまとめて担いで自然と会話に合流する。
「おうおかき、風邪はよくなったみてえだな」
「はい、悪花さんもお見舞いありがとうございました。 タメィゴゥが驚かしたみたいですみません」
「えっ、なんやその面白そうな話。 うちにも聞かせて」
「黙ってろウカァ……! あんなやつ事前情報なしに出会ったら声ぐらいでるだろ!」
「悲鳴出たんやな」
「ええ、しっかりと」
「お前らいつか覚えてろよ……それと誰が聞いてるかわからねえ場所でそんな話するんじゃねえよ」
「一応誰かに聞かれても誤魔化せるぐらいにはぼかしていますけど……」
「“藍上おかきはまだサンタの実在を信じてる”なんて噂になっても知らねえぞ」
「ウカさん、この話題は一生封印しておきましょう」
「せやな、うちにもワンチャン飛び火するわ」
そんな他愛もない話を重ねていると、目的の焼却炉にはすぐに到着する。
「焼却炉」よりも「焼却施設」という表現が正しい長煙突を備えた建物の前には、大掃除に励む生徒たちが列をなしていた。
「混んでますね、少し時間がかかりそうです」
「列は長いがどうせゴミを投げていくだけだ、そこまで時間はかかんねえだろ」
「まあ待てばええやろ、その間に悪花がなんでうちらに声かけてきたか聞こか?」
「そうですね、私も気になってました」
「うぐっ……目ざといじゃねえか」
SICKと魔女集会は敵対関係にある、そのせいかおかきたちも学園内でも悪花と話す機会は少ない。
廊下で出会えば挨拶を交わすぐらいはするが、業務でもない話題で悪花が絡んでくるのはたしかに珍しかった。 その違和感を見逃すほどウカたちは鈍くない。
「その……なんだ、ネコカフェの件は悪かったって思ってよ」
「ああ、その件でしたか。 別に気にしていませんよ、悪花さんが悪いわけではないですから」
危うくネコノカミに魅入られた事件は、元をたどれば悪花に紹介されたバイトが原因であるのはたしかだ。
だが全知無能でさえ想定できなかったこの事態の責任を求めるのは酷というもの、なによりそこまで責任を辿るなら魅了してしまったおかき本人にも原因があると言える。
それでも律儀に謝罪する危険団体のトップの姿に、おかきはつい笑みをこぼしてしまった。
「なんだコラ、文句があるなら言えよ!」
「ふふ、とんでもない。 悪花さんのそういうところ、私は好きですよ」
「ンだとぉ……」
「おかき、不用心な発言は死人が出るから控えとき。 それとそろそろうちらの番やで」
「おっとっと、すみません」
ゴミ捨ての行列はスムーズに進み、あっという間におかきたちへ順番が回って来る。
とはいえやることと言えは施設の前にいる作業員へゴミを渡すだけなのでほとんど流れ作業のようなものだが。
「お疲れ様です、燃えるごみを3袋お願いします」
「はいはいお疲れ様、お嬢ちゃんたち可愛いから1袋オマケしちゃうよ」
「どんなサービスやねん」
「おい、終わったらとっと捌けるぞ。 後ろの邪魔になる」
用事は終えたというのにまだおかきたちへ用事があるのか、悪花はまだ立ち去ることもなく2人を手招く。
悪花はSICKが関わるようなら裏の仕事なら単刀直入に切り出す性分だ、ゆえに用事といっても私事に近い内容に違いない。
いっそ自分から切り出すべきかとおかきが思案したタイミングで、胸ポケットに収納していた携帯がにわかに震え始めた。
「あー……ところでよ、お前ら冬休みの予定とか」
「……すみません、悪花さん。 たった今用事ができたかもしれないです」
「なんだとォ……?」
おかきが取り出した携帯の画面にはSICK専用のアプリを介してのみ解読できるメッセージが1件のみ表示されている。
これが意味するところは、また世界を揺るがしかねない事件が起こったということだ。




