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学園へいこう ③

「はぁい、というわけで転入生の紹介でーす……おかきちゃん、どうぞー」


「藍上 おかきと申します。 変な時期の転入となりますが、これからよろしくお願いします」


「あっ、朝の子だー」


「本当に高等部だったんだ」


「ちっちゃ……ほっそ……かっわ……」


 人生二度目の高校生活、そして人生初めての転入挨拶。

 不思議とおかきの心に緊張はなく、事前に考えていたセリフもスムーズに読み上げることができた。


「おかきー、こっちやこっち!」


「あっ、ウカさん。 よかった、同じクラスだったんですね」


 後方の席から、ウカが全力で手を振って自己の存在を主張する。

 ここにきてようやく再開できた顔見知りの登場におかきの表情も和らいだ。


「席は好きなところ座っていいからねー……先生はちょっと横になってますね」


「ひじりんまたガハラ様にお酒とられたん?」


「ウイスキーボンボンあるけど食べる?」


「先生はいい生徒たちをもって幸せだなぁ!!」


「おかき、見ぃや。 あんな大人になっては駄目やで」


「よくクビになりませんねあの人」


 おかきがウカの隣に席を取った時には、生徒から恵まれたウイスキーボンボンにかぶりつく醜い大人の姿が見えた。

 仕事中の飲酒以前の問題だが、どうして彼女が生徒に好かれているのかおかきには理解できなかった。


「この学園じゃ教師さえAPが生命線、裏を返せばAPさえ残っていれば何をしてもいいってことなのよ。 限度はあるけどね」


「うげっ、お嬢も居たんか」


 ウカの背後からひょっこり顔を出し、会話に割り込んできたのは甘音だ。

 当たり前だが、おかきのサポート役である彼女もまた同じクラスに配属されている。


「なによウカー、自分のクラスにいちゃまずいってわけ? ん? 採血する?」


「いや〜うちはこの前献血してきたばかりで……おかきならどうや?」


「私はウカさんほど血の気が多くないので」


「面倒臭いわねー! どっちも5ℓぐらい抜かない!?」


「「致死量!!」」


 特大の注射器をもって迫る甘音に、ウカが鋭い突っ込みを入れる。

 その光景を特に何の疑問も持たずスルーしている同級生の姿を見て、おかきはこれが赤室学園の日常なのだと思い知らされた。


「なに? ウカっておかきちゃんと知り合い?」


「ずるい! あたしらにも紹介してよ!!」


「ズルないわ! おかきはうちの親戚のいとこのはとこのお隣さんのご近所さんやねん、前に一度おとんの弟の上司の奥さんの知り合いの大叔父さんの法事で顔を合わせたことあってな」


「それ限りなく他人じゃない?」


「なんでもええねん。 とにかく顔見知りなんよ、なあおかき?」


「そ、そうですね」


「ふーん、そうなんだー」


 だいぶ無茶のある説明だが、納得してくれたようでおかきは無い胸をなでおろす。

 秘密組織に加入した間柄よりは常識的な説明だろう。


「えーと、一時限目は……ああちょうど私の授業か。 ならいいや、今日は自習! おかきちゃんとの交流時間とします!!」


「いえーい! ひじりん話が分かるぅ!!」


「どこから来たの? 好きなものは? てかLINEやってる?」


「身長何センチ? 手首ほっそ! ちゃんとご飯食べてる?」


「今何色のパンツはいてオロブヘェア!!?」


 不躾な質問を飛ばした男子が、隣の女子生徒によるラビットパンチで意識を刈り取られた。


「アルコールでかぶれるタイプ? 過去に採血で具合が悪くなった経験はもがごもがー!?」


 そして不穏な質問とともに駆血帯を取り出した甘音が、数人がかりで教室の外へと運び出されていく。

 時間はまだ一時限目が始まったばかり。 おかきはこれからの生活に不安を覚えながら、目の前の学友たちから押し寄せる質問を淡々と捌き続けた。


「……あれ? そういえばだれか忘れているような」


――――――――…………

――――……

――…


「ど゛う゛し゛て゛ボ゛ク゛だ゛け゛別゛ク゛ラ゛ス゛な゛ん゛だ゛よ゛ぉ゛!゛!゛!゛」


「しゃあないやん、不自然に一クラスだけ人増えてもおかしいやろ」


「お゛か゛し゛い゛で゛し゛ょ゛ぉ゛!゛?゛ ゛ボ゛ク゛だ゛け゛さ゛ぁ゛!゛!゛」


「うるさいですね……」


 長い午前の授業を終えたお昼の食堂、泣きじゃくった忍愛がおかきたちのもとへやってきた。

 テーブルはすでに彼女の涙でべしゃべしゃに濡れている。 これにはおかきに話しかけたかった生徒たちも、引き目に様子を見ている始末だ。


『学園生活がどうなっているか聞きたかったが、その様子だと心配なさそうだな』


「局長、この騒音を些事と投げますか?」


「おかき、いちいち気にしてたらこの学園じゃ持たんで」


 卓上に置かれた携帯からは、定時報告のために連絡を繋いだ局長の声が聞こえてくる。

 ウカの言葉も冗談などではなく、心からの進言なのだろう。


「ボクだってねぇ……初めて後輩ができてねぇ……!」


「あれ、でも私と山田さんの間には1つ分空きがありますよね?」


 おかきはカフカ13号、そして忍愛は11号だ。 2人の間には12番目の数字が挟まる。

 そのほかにも、ウカや宮古野の間は点々と番号が飛んでいる。

 以前から気にはなっていたが、あまり聞きだす機会もなく、今の今まで謎のまま放置されていた疑問だ。


「新人ちゃんまで山田言うなー。 それはまあ……ボクらにもいろいろあるんだよ」


『その話ならちょうどいいな。 回線を絞れ、ファミレスの件だ』


「ん、おかきもイヤホンつけや」


「えっと……これですね」


 おかきたちは指紋、および声紋認証付きの小型イヤホンを装着する。

 SICKが秘密の通信を行う際、唯一音を拾うことができる専用のデバイスだ。


『例の男にインタビューを行うことができた。 結果としては、会話能力が著しく欠けていたため、有力な情報は得られずじまいだ』


「やっぱりあれか、クスリのせいやな?」


『おそらくは、な。 だが通常の薬物とは異なるものだろう、詳しく検査をしたところ、《《被害者の脳が一部消失していた》》』


「……脳委縮などではなくですか?」


『ああ、レントゲンを撮ったが海馬の一部にぽっかりと穴が開いていた。 画像もあるが見るか?』


「いえ、結構です。 食事中なので」


 おかきは昼食の菓子パンをほおばる手を少し早める。

 このまま話を続けていると、食欲が失せることになりかねない。


『現代医学では不可解な現象だ、我々と同じ“裏側”の手が加わっていると判断する』


「またか。 今度はどこのもんがちょっかいかけに来てんねん」


『少なくとも魔女集会ワルプルギスが関わっている、噂の12号が所属している組織だ』


「……!」


 その途端、おかきを除くその場の全員に緊張が走る。


『詳細は後ほどになるが、また君たちの力を借りるだろう。 すまない』


「そうか……必要なんだね、ボクが!」


「えーっと、その魔女集会というのは今聞いても大丈夫な話ですか?」


『簡単に言ってしまえば私たちSICKの敵、悪の秘密組織と思ってくれれば相違ない』


「悪の秘密組織……」


 それはきっと、子供向け番組で見るような可愛げのあるものではないだろう。

 何よりおかきの聞き間違いでなければ、そこには12番目のカフカが所属しているという話だ。


『教会、王国、サーカス団……敵対団体の数は頭が痛くなるほどあるが、その中でも魔女集会はコミュニティとしてまだ規模が小さい。 不良の集まりのようなものだ』


「不良の集まり」


『魔女集会に共通することは一つ。 所属者が全員君たちのような異質な存在ということ、そして全員が自分たちの居場所を守るために寄り添っている』


「それならSICK(我々)で保護……というより協力できる関係なのでは?」


『……彼らのリーダーとは確執があってね、それ以来相容れないでいる』


 通話先の麻理元が、珍しく言葉を濁して答える。

 それはあまり深入りしないでくれと言われているようなもので、おかきも追求はできなかった。


『……話を戻そう。 重要なのは現場付近の監視カメラから12号の姿が捉えられていたことだ。 偶然とは考えにくい、どういう形であれ、魔女集会は今回の事件に関わっている』


「せやな、脳みそ消えてる言うんもうちらみたいな超能力なら納得や」


「なになに、脳みそ採っていいの?」


「うおおお!? 急に話しかけてくるなお嬢!!」


「なによー! 私だけ仲間外れなんてずるいじゃない!!」


『ははは、邪魔してしまったか。 貴重な昼休みの時間を奪うのも忍びない、時間が空いた時にまた連絡しよう』


 甘音の乱入に合わせ、麻理元との通信が切れる。

 スポンサーとはいえ、甘音はSICKの人間ではない。 機密情報を漏らすのを恐れて会話を切り上げたのだろう。

 それに彼女の場合、カフカのような人材が集まる組織があると知れば暴走しないと言い切れない危うさをおかきは感じていた。


「なんだか私だけ蚊帳の外ねー。 まあいいわ! はい、おかきこれ」


「ん? 何ですかこれ、手紙?」


 甘音からおかきへ手渡されたものは、微妙にデザインが異なる3種類の便箋だった。

 丁寧に封蝋されたもの、シールで閉じられたもの、切り込みに封書の口を差し込んで閉じただけのもの、各々個性が異なるが、すべて食堂内の売店で売っている便箋だ。


「おめでとう、このご時世にラブレターよ。 あんたに渡しとけって男どもに頼まれたわ」


「え、えぇ……」


「このボクを差し置いてラブレター……? ウソだ、ボクを騙そうとしてる……」


「ほーう、やるなおかき。 ほんで相手は誰なん?」


「一通は初等部の子、一通は隣のクラスの高等部、最後の一通が教師からね」


「待てや最後」


「なんとも複雑な気分ですね……」


「まあ断るなら私が返事しとくわ、午後の授業が終わるまでに決めなさいねー」


 おかきに手紙を預けると、甘音は早々に立ち去っていく。

 残されたおかきは筆舌に尽くし難い表情で、手のひらに積まれた三通の手紙を見つめていた。


「……で、どないするん?」


「後で考えます……」


 おかきは現実から目を背けるように、三通の手紙を通学カバンの奥へ突っ込む。

 最終的にすべて断ることになるのだが、食後に読むには胃もたれする文量だ。

 なおこの後、おかきは午後の授業が終わるまで、計14通のラブレターを受け取ることになるのだった。

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