藍上おかきの進退 ②
「じゃ、先生明日の小テスト作る仕事があるから……」
「逃げんじゃないわよ顧問」
「いやだー! おうちかえってお酒飲むのー!! 絶対ろくでもないことしか書いてないー!!」
「信用ありませんね、理事長。 私も同意見ですけど」
「うさん臭さが服とシルクハットつけて歩いとるような人やからな」
「まったくなんてもの持ってきてくれてんのよ、責任もってあんたが処理しなさい山田」
「えっ、ボクぅ?」
場所を移して旧校舎内の教室、部屋の中央に置かれた依頼書は腫物のように扱われていた。
封筒を遠巻きに眺めるおかきたちは誰一人して近づこうとしない。
これがただの依頼書なら何も問題なく目を通していたはずだ、差出人の名前が「理事長」でさえなければ。
「そもそもどこで貰って来たんですかこの時限爆弾」
「下手するとアクタの時より厄介やろ、往生せえ山田」
「いやあ今日はいい天気だし授業サボって遊びに行こうと思ったらさ、玄関で捕まっちゃってペナルティ免除する代わりに押し付けられたんだよ」
「逃げる忍愛さんを捕獲できるのがおかしいんですけど……まあいいか」
普段はいくらふざけているとはいえ、忍者としての忍愛の身体能力は本物だ。
この学園中を探しても捕まえられる人間なんて数えるほどしかいないが、今その疑問をぶつけたところで話が進まなくなるだけだ。
「どないする? いっそ見なかったことにしよか」
「それは困る、なぜならこのままじゃボクのAPが減らされてしまうからね!」
「つまりほぼデメリットはないですね」
「新人ちゃん、ボクだって泣くときは泣くよ?」
「ンフフフフ、そうですねぇ。 友達は大切にしないと」
「「「「「……ん?」」」」」
教室の外から聞こえていた声に、全員の視線が廊下へと向けられる。
いつから話を聞いていたのか、ガラス扉の向こうでは特徴的なシルクハットをかぶった金髪が手を振っていた。
「り、りりりりり理事長ぉー!? い、いらしてたんですね!」
「ンフフフ、ついさきほどから。 それで飯酒盃先生、私の依頼はすでにご覧になったかと存じますが……」
「い、いえいえ大事な理事長からの貴重なご依頼ですから! 今から誠意をもって探偵部一同精査しようと思いまして!!」
「見なさいおかき、あれが権力に謙る大人の姿よ」
「良く知ってます、世知辛いですよね」
「というかわざわざ理事長自ら来るならこんな依頼書作る必要あった?」
「風情がないでしょう?」
「そうかな……そうかも……?」
頭をひねる忍愛を横目に、ズカズカ教室へ踏み込んできた理事長は、机の上に置かれた依頼書の封を切る。
だが取り出された紙は大きく「お願い♪」と筆字で書かれているばかりで、肝心の依頼内容については何も書かれていなかった。
「ンフフフフ、どうせ読まれないと思ったので依頼については私からご説明させていただきましょう」
「見事に弄ばれたわね、私たち」
「一発殴ってもええかこれ?」
「ウカさん、一応あれでもこの学園で一番偉い人ですからね」
「どうもどうも。 では私から改めて探偵部に依頼したいのは――――“人探し”です」
――――――――…………
――――……
――…
『どうぞー、粗茶っす』
「これはどうも。 うん、良いコーヒーですねえユーコさん」
『すっすー! 理事長に褒められたっすー!』
おかきがなけなしのAPを使って購入したコーヒーメーカーは、早くも文句のない活躍を見せてくれた。
机を4つ付き合わせて作ったテーブルには理事長が着席し、その対面には部長であるおかきが座る。
即席ではあるが、これぞ今の探偵部ができる精一杯の応接室だ。
「それで理事長、依頼内容は人探しという事ですが……」
「ええ、探してほしいのは私の友人でありこの山の主です」
「山の主?」
「実はこの学園を建てる際、この山を管理する者と契約……もとい交渉がありましてね、その時からの仲です。 もはや友人と呼んで差支えもないでしょう、ンフフ」
コーヒーに口をつけ、含み笑いを浮かべる理事長の姿は何ともうさん臭さが漂うものだ。
どれほど真摯な言葉を口にしても、どこか漂う人をコケにした態度がにじみ出る。
「たぶん友達だと思ってるのも本人だけとちゃうか……?」
「というか理事長って友達いるのかな、ボクらも見たことないけど」
「2人とも、依頼人への暴言はおやめください」
「「はーい」」
「オホンッ……それで理事長、その友人の身に何かあったんですか?」
「いえいえ、そういうわけではないんですけどねえ……最近少々、学園内に不埒な輩が忍び込むことが多かったでしょう?」
まるで「皆さんもご存じの通り」というような問いかけだが、残念なことにおかきには身に覚えがいくつもある。
アクタの一件から始まり、変態シスターやネコノカミに至るまで、人ならざる侵入者のラインナップはより取り見取りだ。
「仮にも学園は彼の土地に建てられたもの、それで管理責任がどうたらと文句を言われまして……あなた方にはどうにか宥めていただきたい」
「いやそれ探偵の仕事ちゃうやろ」
「ンフフフフ、それもそうなのですが割と学園存続の危機でしてねえ」
「学園人質にしてきたよこの理事長、誰がこんな面倒な人連れてきたんだよもう」
「山田、鏡ならあっちにあるわよ」
「そうですね、成功の暁にはもちろん報酬も……」
「いえ、探偵部はあくまでボランティアで」
差し出された封筒を返そうとするおかきの手を、甘音が制する。
顔はにこやかだが目は笑っていない、製薬会社の跡取りとして譲れない経営の嗅覚がおかきの安直な行動を咎めた。
「報酬は貰いなさい、なんでもかんでもタダで片付けると変な依頼ばかり増えるわよ。 いいわね?」
「は、はい……」
「ンフフフフ、仲が良いようで何より。 では詳細について詳しく説明していきましょうか」




