藍上おかきの進退 ①
「おいっすー局長、ちょっといいかな?」
「なんだ……ダチョウ事件の精査が終わったばかりだが、また次の仕事か……?」
おかきたちが学園生活を謳歌する一方、地下のSICKは相も変わらず世界の平和を守るために死屍累々の様相を呈していた。
局長室の床にはダチョウとタメィゴゥに関する雑多な報告書が散らばり、1つのこらず「精査済み」の印が押されている。
四肢を投げ出して椅子に座っている麻里元の髪は乱れ、目の下にはどす黒いクマも刻まれ、まるで死鬼のようだ。
「わあ悲惨、ガハラ様の特性栄養ドリンクいるかい?」
「いらん、3日は眠れなくなる代物だろ……それで用件は?」
「おかきちゃんが学園で新しい異常現象を見つけてね、その報告。 レポートもばっちりだよ」
「見せてくれ。 …………危険度Dか、わざわざ緊急で提出するほどのものとは思えないが」
宮古野から渡された薄い書類束をパラパラとめくり、麻里元は首をかしげる。
明日世界が滅ぶような代物でない限り、このレベルの危険性ならデータベースに集積してのちほど確認すれば済む。
「そっちはただの報告書だよ、問題はこっちのオマケ。 マーキスが追跡していたネコノカミが再びおかきちゃんの元に現れた」
「おかきは無事か?」
「間一髪でね、このレストランとタマゴ君のおかげさ」
差し出されたオマケの報告書をひったくるように受け取り、内容を確認した麻里元が安堵の息をこぼす。
「それで局長、これってどう思う?」
「好かれすぎ、か? たしかにおかきが異常存在と出くわす頻度は高いな」
おかきがSICKに加入してからまだ3か月も過ぎていない。
中には任務として介入を許した事件もあったが、それでもおかきが出くわした異常存在の数は平均的なエージェントに比べ目に見えて多い。
「天然の怪現象誑し、か。 まるで誘蛾灯だな」
「そうだね、おかきちゃんがいるところに異常存在たちが集まっているみたいだ。 SICKとしては結構無視できない問題だよ」
おかきという存在は怪異にすら懐かれる、この前提が正しいならその危険性は明らかだ。
場合によっては彼女の号令ひとつであらゆる怪異がSICKに牙を剝きかねない。
だがその特性をうまく扱えるなら、おかきがいるかぎり手懐けた怪異をコントロールできる可能性もある。
「……人類を超えたAPP、魔性の魅力。 さすがカフカだ、一筋縄ではいかないな」
「どうする局長、おいらたちは早期に彼女を収容してしまうこともできる。 生かすか封じるか、決断は早い方がいい」
「お前はあいつがそこまで危険な奴に見えるか?」
「思わない、でも我ながらひどいと思うけどこの考えすら誘導されたものかもしれない。 藍上 おかきに悪感情を抱くことは難しいんだ」
「わかっているとも、ならその答えは……あいつに下してもらうか」
少し思案した麻里元は、唐突に机の下から引っ張り出した黒電話のダイヤルを回し始めた。
コードはどこにもつながっていないが、ジーコジーコと何度かダイヤルを回した電話は、おもむろにどこかへと通話を繋げる。
「局長、その電話は?」
「なに、性根の腐った腐れ縁に一つ頼みごとをな」
――――――――…………
――――……
――…
「んー、もっと右もっと右……オーライオーライ、はいそこー」
「はーい、それじゃこれで探偵部設立完了でーす」
「おお……なんだか感慨深いですね」
一方そのころ、おかきが飯酒盃たちと見上げる旧校舎には、大きく「探偵部」と書かれた看板が吊るされる。
この看板こそが部員を揃えて書類申請などを終え、正式に部活動として認められた証だ。
なおこの設置工事も無料というわけはいかない、新しく部活を作るというのはAPが掛かるものなのだ。
「せっかく学園祭で稼いだAPもほぼ使い果たしてしまいましたよ……」
「おかきいっつも金欠よね」
「なんかそういう星の元で生まれとるんか?」
「あはは、私も毎日お酒にAP使って金欠~」
「反面教師の鑑ね」
「設置完了、ヨシ! それじゃ重機部一同、撤収いたしまーす!」
作業を担当した重機部の面々は一通り出来栄えを確認すると、手慣れた動きでクレーン車などを動かして旧校舎を去っていった。
学生なのに重機を操縦していいのか、そんな疑問が今でも浮かぶことにおかきはある種安堵の感情を覚える。
「この学園にいると色々感覚がマヒしますね」
「常識が残ってるのはええことやで、卒業後苦労する先輩方も多いらしいからな」
「さて、これで無事に探偵部設立ね。 先生、掲示板は?」
「もちろんしっかりOKで~す、宣伝費用は私が出しておいたのでご心配なく。 お礼はお酒でお願いねえ」
「掲示板?」
「こんな部活動作りましたーって宣伝するのよ、ネットも使ってね。 掲載権限が顧問にしかないからこんな人でも頼むしかないのよね」
「こんな人」
甘音の率直な評価に落胆するも、返す言葉がないのか涙目で紙パックの酒を啜る飯酒盃。
いつも通りのやり取り、そして紙パックをむしり取られてくどくどと甘音の説教が始まるのがお決まりの流れだ。
「しかし宣伝するにもお金がかかるんですね、世知辛いです」
「まあ部活作るのになんも苦労なかったら好き勝手乱立してまうからな、APで抑制したうえでも3桁はあるわけやし」
「だからAPは重要なのよ。 ただ授業に出るだけでも必要最低限は手に入るけど、それ以上の生活水準を望むなら自分で行動しないと何も得られないわ」
「途中編入の辛いところですね、貯金が全くない」
「そんな新人ちゃんに吉報! 可愛いボクと組めば男子学生とお茶するだけでガッポガッポ稼げグワーッ!?」
スマホに表示された残高を確認するおかきの背後からドロンと煙を立てて忍愛が現れ、そこへすかさずウカの三日月蹴りがさく裂する。
肝臓を見事に蹴り抜かれた忍愛はとても可愛くないうめき声をあげ、その場を醜く転げまわった。
「お嬢、新鮮なモルモットや。 好きに使ってええで」
「とりあえず硫酸かけてみましょうか」
「あっぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃ!!!? やめてよぉ、死んじゃうよぉ!!」
「熱いで済むものじゃないんですけどね」
「新人ちゃん助けて! ボク部員、大事な探偵部員!」
「大切な部員は部長をいかがわしい活動に勧誘しないのよ」
「そんで何の用や、お前に幽霊部員以上の価値は期待してへんで」
「ひどい! ボクだって頑張って仕事を取って来たのにさぁ!?」
すると忍愛はウカからのゲンコツから身を護る様に、懐から取り出した封筒を立てにして構える。
達筆で「依頼」と書かれた封筒は、蝋で封をされた立派な造りのものだ。
――――なお、その下に書かれた「理事長より」という文字を見た瞬間、全員の背筋に嫌な悪寒がひた走った。




