忘れられない味 ③
「……と、言うことがありました」
「ほんまいろんなもんに好かれるなぁ、おかき」
『いやあこれもある意味才能だねえ』
命からがら逃げきったおかきは、無事に寮へたどり着き、自室でこれまでの経緯をウカたちへ共有する。
TV通話を繋いだスマホでは、栄養ドリンクを飲み干した宮古野が半ば呆れたような顔を見せていた。
『ただ相当ヤバい状況だったのはたしかだ、良くぞ無事に帰って来たね。 ウカっち』
「おう、神霊系の事案ならうちがなんとかできる。 二度とおかきの前に現れんように縁切ったるわ」
「だが“アレ”は以前祓ったものではないのか? ご主人が言っていたぞ」
『おそらくおかきちゃんとの縁を手繰って残りカスの力で顕現したんだろう、すさまじい執念だ。 相当気に入られたと考えられるね』
「全然嬉しくないです」
「んー、なんや完全に気配が消えとるわ。 力使い果たして消滅してもうたか?」
ウカはおかきの両肩を束ねたススキで払いながら首をかしげる。
断ち切るべき縁はすでにこの世に存在しない、レストランで提供された料理の匂いがおかきの気配を包み込んで隠してくれたおかげで。
ネコカフェという依り代を失い、最後の力も使いきったオオネコノカミが滅するのも時間の問題だ。 事態はすでに解決していると言っていいが……その事実をおかきたちは知らない。
『さて、それで例のレストランの話をしようか。 おかきちゃんは実際にその場所へ立ち入ったんだね?』
「はい、ほとんど偶然みたいなものでしたけど。 なんでも忘れられた存在しか立ち入れないとか」
『んー、人間でもそこそこクリアできる条件というのが厄介だね。 完全に封じ込めるのは難しいか』
「けど狙って入店できるほど簡単じゃないやろ? ほぼ自主的に閉じ込められてるようなもんやろ」
『そだねー、言い方悪いけど他人から忘れられる人間が騒いだところで広まるような怪異じゃないか』
「ひどい」
『おっとおかきちゃんと卜垣ちゃんは特例だから気にしないでくれ。 まあ潜在的な危険性を加味して……危険度Dってところか、念のため月1でエージェントを派遣できるように準備しておこう』
先におかきから送られていた簡易的な報告書に目を通すと、宮古野はその上に自分のサインを書き記し、朱肉に浸したハンコを押印する。
そしてでかでかと「D」のアルファベッドが押し付けられた書類は、二足歩行のロボットに回収されて画面の外へ運ばれていった。
「ウカさん、危険度Dってどのぐらいの位置づけなんです?」
「うちらが管理しとる異常現象や物品はA~Eの5段階で評価されるから下から2番目やな」
『自分で考えて動き回るダイナマイトぐらいの危険度さ、こちらから能動的に対処できる分まだまだマシな部類だね』
「ではネコカフェの危険度は?」
『うーん、現状C。 ただし今後低下の可能性があるため要経過観察』
「むぅ、我も精進するぞご主人」
「張り合わなくて結構ですよタメィゴゥ」
おかきは鼻息荒くするタメィゴゥの頭を撫でてなだめる。
元より謎の多い生き物がこれ以上手を付けられなくなれば、SICKに討伐されてもおかしくはない。
『タメィゴゥ、君にはおかきちゃんのボディーガードを頼むよ。 ウカっちが祓ってくれたが油断は禁物だ』
「うむ、任されよ」
『それとおかきちゃん、レストランから持ち帰ったというお土産だけどまだ手は付けてないよね? サンプルとして1つ回収させてくれ、何が仕込まれているかわからない』
「……解析にどれほどかかります?」
『大丈夫だ、せっかくのデザートが傷む前に仕事は終えるよ。 何も問題がないと判断できたら食べてもいい』
「なんや据え膳かいな、うちも食べてみたから解析早うたのむでキューちゃーん」
「ウカー、おかきー? そろそろ話は終わったのー?」
『おっと、ガハラ様がそろそろ限界だ。 友達をいつまでも占有してたら悪いからね、おいらはここらで失礼するよ』
「はい、お疲れ様です」
ガハラが扉をノックする音を聞き、宮古野は通信を切る。
その瞬間を待ちわびたように部屋へ入ってきた甘音の手には、室内の冷蔵庫に隠していたはずのケーキボックスが抱えられていた。
「ねえ、これ部屋の前に置いてあったんだけど誰の?」
「……やっぱりただのケーキではないみたいですね」
「せやなぁ、やっぱキューちゃんが調べるまで食べるの待っとこか」
――――――――…………
――――……
――…
「……あんた本当変なのばっかり好かれるのね」
「甘音さんにも同じこと言われたぁ」
「アクタにおかきの先輩さん、そのネコの神様に変態シスターにタマゴに……」
「お嬢、冷静に1個ずつ突き付けたらあかん。 おかき泣いてまうで」
「泣いてませんけどもぉ」
「それで探偵部だったかしら? あんたらしいけどまーた変なの引っ張ってきそうね」
「うぐぅ」
痛いところを突かれたおかきがうめき声をあげる。
ただでさえ一件目の依頼でこの始末、そのうえここは赤室学園。
幽霊すら学生として跋扈するこの土地で奇怪な事件が起きない方がおかしい。
「ま、生きて帰ってくればなんでもいいわよ。 ただまたタマゴみたいなペット拾ってきちゃダメよ?」
「うむ、ご主人のペットは我一人で十分」
「それともう一つ、あんた依頼人にはなんて報告するの?」
「なんて……伝えればいいんですかね……」
そう、問題のレストランは完全にSICKが管理すべき案件。
依頼人とはいえ一般人の卜垣に対し、正直にすべてを話すわけにはいかない。
かといってカバーストーリーを考えようにも、こんな奇天烈な話にどう言い訳をかぶせればいいか、おかきは頭を悩ませていた。
「SICKへの報告書も正式に書かなあかんでー、デザートのサンプル回収するとき一緒に提出しとき」
「……ウカさぁん」
「はいはい、手伝うから情けない声出すな。 今度飯でも奢ってな」
その日、おかきは表向きの言い訳とSICKへの提出書類に苦悩しながら、徹夜で書類を仕上げることになる。
なお回収されたケーキのサンプルは問題なしと判断され、後日全員で美味しくいただくのであった。(※つまみ食いを企んだ忍愛はウカの手により焼き払われた)




