おばけレストラン ③
『んにゃーるほどぉ、たしかにそいつぁおいらたちの仕事っぽいねえ……』
「死にそうな声しとるなぁキューちゃん」
依頼を受けたおかきたちがまず初めに取った行動は、SICKへの連絡だ。
あやしい情報は共有しておいて損はない、それに既存の怪奇現象なら解決の糸口になる。
そう考えて繋いだ通話だが、おかきたちがスピーカー越しに聞いたのは泥の中から囁いているような瀕死の声だった。
『まーだダチョウの後始末終わってないだぜわはは、そこのタマゴ君に兄弟がいないかずーーーーーっと精査してんだ』
「タメィゴゥ、あなたに兄弟はいますか?」
「いないぞ」
「とのことです」
『なんだよもぉー!!!』
「それでキューさん、今回の件ですが私たちで調査を進めてもよろしいでしょうか?」
『いいよ! どのみち学園内の異常現象なら君たちの方が適任だ、おいらたちはしばらく忙殺されてるから頼んだ。 ただし危ないと思ったら』
「すぐ撤退すること、やな? わかっとる、そんじゃお互い気張ろうなー」
ただでさえ忙しい宮古野の時間を取らぬよう、ウカが手早く通話を切る。
するとそこへ今まで消えていたユーコが現れ、周囲をさっと見渡してから安堵の息をこぼす。
『ふぃー……あのキラキラ宝塚さんやっといなくなったっすか、息が詰まるところだったっすよ!』
「ユーコさん、おかえりなさい。 宝華さんは苦手ですか?」
『あんのキラキラ陽キャオーラ浴びるだけで消滅しそうっす』
「まあ見るからに相性悪そうやからな。 ほんでユーコ、そっちはなんか知らへんの?」
『件のお化けレストランっすか? 自分は何も知らんっすね、鳥居云々って話だとウカの姐御向けの案件じゃないっすか?』
ユーコは教室を旋回しながら、手のひらから鬼火を作ってバツ印を形作る。
対するウカも口をへの字に結んだまま何も言わない、両者ともに心当たりはないということだ。
「ということは、この学園に根付いた怪現象ではなさそうですね」
『そうっすね、そういうのは名が知れて学園777不思議に含まれているはずっす。 このユーコちゃん情報網にもしっかり引っかかるっすよ』
「不思議多くないですか?」
「言うてこの学園の不思議が7つに収まるわけないやろ」
「それはそうなんですが……まあ一度その話は置いてこれからの方針を考えましょう」
777の不思議も気になるが、目の前の依頼が最優先。
おかきは好奇心を切り替えて思案する。 ろくに手掛かりもない失せもの探し、どうやって件の店を探し当てればよいか。
「悪花に聞くか? 大まかな場所ぐらいは割り出せそうやけど」
「全知無能を使うには情報が少なすぎます、それに悪花さんにばかり頼ってはSICKの面目がありません」
『なら聞き込みっす! ほかにも似たような体験した人がいないか探してみるっす!』
「そうですね、レストランを見つける条件は絞りたいので聞き込みもアリです」
「アリ……ってことは、おかきはほかの方法考えとったわけやな?」
「ええ、ウカさんたちは聞き込みをお願いします。 私は――――現場百遍で挑みますので」
――――――――…………
――――……
――…
「……というわけで、ここが卜垣さんが散歩していた通り道ですね」
「鳥居も裏路地も何もないな、ご主人」
ウカたちと二手に分かれたおかきは、タメィゴゥを抱えて寮の裏手までやってきた。
通学路が敷かれて大通りとも繋がっている正面入り口に比べ、裏手は日も陰り閑散としている。
山から吹き下ろされる風はぬくもりを失い、冬の冷気を纏いながらおかきの頬へ吹き付けた。
「うぅ、暦の上じゃまだ秋なんですが寒いですね……」
「ご主人、風邪をひかぬようにな。 我も少し体温を上げよう」
「わあカイロみたい、ありがとうございますタメィゴゥ」
抱きかかえたタマゴからじんわり伝わる熱は、風に奪われるおかきの体温を補ってくれる。
なぜダチョウのタマゴが自在に体温を調節できるのか、生物が出していい温度ではないがなぜ耐えられるのか、気になることはあるがおかきは気にしないことにして歩き出す。 少しでも自分の中に生まれた疑問をごまかすために。
「とりあえずまずは一周歩いてみましょう、私たちの目標は問題のレストランとエンカウントすることです」
「しかしそれは危険ではないか?」
「卜垣さんが生還した前例があります、彼女もレストランそのものを怖がっている節はありませんでした。 おそらく店舗自体に危険はないと思います」
「うむ、そうか。 万が一は我に任せよ、心身を賭してご主人の盾となろう」
「ダメですよ、その時は一緒に逃げましょうね」
タメィゴゥを抱きかかえたまま、おかきは木枯らしが鳴く裏道をゆっくりと歩きだした。
寮の裏手に広がる生け垣はいつぞやの爆破事件の傷跡がまだ残り、一部だけ不自然にへこんだ形を作っている。
その中を覗き込むほどくまなく周囲を観察するおかきの歩みはゆっくりで、世間話に花を咲かせる時間は十分にあった。
「ご主人、寒くはないか? 我は火も吐けるぞ」
「大丈夫ですよ、ほんのり暖かいあなたでいてください。 しかしマフラーぐらいは巻いて来ればよかったですね」
「我の尻尾か触手で良ければ……」
「お気持ちだけ受け取っておきます」
ぐるりぐるりと歩き回り、時には横道にそれながらもおかきは寮の周りを一周する……しかし、卜垣が見たというレストランは影も形もない。
それどころか鳥居や複雑な裏路地すらも見かけた覚えがなかった。 はて、と顎に指を当てながらおかきは再び思案する。
「……やはり何かしら入店には条件がありそうですね、少なくとも歩き回るだけではたどり着けそうにもありません」
「ご主人、そもそも卜垣という少女の話は真実なのだろうか?」
「彼女が我々に嘘をつく動機が思い当たりません。 それに夢や妄想ならそれでもかまわないんですよ、“異常なことは何もなかった”で済めばそれに越したことはありませんから」
「ううむ、難しいな……知恵熱が出そうだ」
「タメィゴゥ……タメィゴゥ? 実際に体温が上がってますよタメィゴゥ?」
抱きかかえるタマゴの熱量はそろそろカイロを超え、炎天下のアスファルトに近い温度に至ろうとしていた。
たまらずおかきは一度タメィゴゥを地面に置き、熱した身体を仰いで冷まそうと試みる。
「むぅ、我失態。 すまぬ、ご主人」
「大丈夫ですよ、次回から気をつけましょう。 さて、一周しましたがどうしましょうか……」
2週3週とラップ数を増やすか、別のアプローチを試すか。
卜垣の場合は独りで行動をしていた、もしかすれば同行者がいるとそもそもたどり着けない可能性はある。
ならば一度タメィゴゥを甘音に預けてから再挑戦するべきか……と、そこまで考えてからおかきは再度視線をタメィゴゥへと向ける。
「タメィゴゥ、少し試したいことが…………えっ?」
しかし、足元に置いたはずのタメィゴゥはすでにそこには居なかった。
周囲を見渡すが影も形もない、隠れるにしても視線を外したのはほんの一瞬の出来事だ。
だが問題はそこではない、なぜならおかきの目の前には――――幾千本も連なる鳥居が立っていたのだから。




