部活ウォーズ ⑤
「おかきー!」
「おはようごじゃます……」
翌朝はまた寝ぼけたおかきを甘音が叩き起こすところから一日が始まる。
昨日と同じように髪を梳かし、タメィゴゥと一緒に支度を整え、着替えを済ませるおかき。
ただ一つ違うのは昨日より起床時間が早く、時間に余裕があることだ。
「おかき、朝ご飯はどうする? 今なら朝から開いてる店探してモーニングセット食べられるけど」
「んー……私は食堂で済ませます、まだ学祭の食料も余っているでしょうし、傷ませるのももったいないです」
「……あんた、昨日のこと覚えてないの?」
「はい?」
――――――――…………
――――……
――…
「おはよう藍上さん! 一日の活力は朝食から始まるんだよ、ご飯作ったから食べて食べて!」
「いやー昨日張り切って作りすぎちゃってさー! ビュッフェでよかったら食べて食べて!」
「中華アルヨ! 本格的四川料理盛沢山! 腹いっぱい食べるよろし!」
「デザートもあるよー! ヨーグルトにアイスにプリ……プリン全部食われてる!! 許せねえ……!!!」
「わあ、なんですかこれ」
「やっぱり、料理系の部活が勢ぞろいよ。 あんたのためにね」
朝食をとるために寮の食堂へ降りると、いつもは閑散としているはずのテーブルには色とりどりの料理が並べられ、ほぼすべての席が埋まっていた。
キッチンに至ってはどう見ても素人ではない動きの生徒が忙しなく駆け回っている、熟達された動きは互いに干渉もせず熟達したものだ。
「おかきー、食堂でちんたらご飯食べてたら色々試食させられるわよ。 “うちの部活が一番おいしいだろ、さあ入部しろ”ってね」
「甘音さん、私の胃がパンクします」
「そうね、だからスルーが一番よ。 朝食は売店で済ましましょ」
「はいぃ……あれ、タメィゴゥは?」
「すごーい、ダチョウのタマゴも置いてある! これまるごとプリンにしちゃおっか!」
「ご主人ー!」
「タメィゴォー!?」
――――――――…………
――――……
――…
「……うわぁお」
あわやデザートになりかけたタメィゴゥを救出したおかきが校舎へ到着すると、まず下駄箱で洗礼を受けた。
ふたを開けた途端にあふれ出す紙、紙、紙。 どこにその質量が入っていたのかと疑問の浮かぶ量。
散らばる紙の内容は7割が部活の勧誘、2割が委員会の勧誘、残る1割がラブレターと行ったラインナップだ。
「相変わらず愛されてるわねおかき、焼き芋が焼ける量だわ」
「さすが我のご主人だ、えっへん」
「どうしてみんな私にここまで執着するんでしょうか……」
「あんたそういう発言は嫌味にも聞こえるから気をつけなさいよー、女は怖いんだからね」
「おうお嬢、おはようさん。 おかきもなんかエグいことになっとるな」
「ウカさん、助けてください」
「はいはい、難儀やなぁ美人さんも。 ほら、みんなも見てないで手伝ってやー」
「「「「「へーい!」」」」
下駄箱に詰め込まれた勧誘チラシは通行の邪魔になるほどだ、ウカの呼びかけに集まった生徒たちも手伝い、床に散らばった紙を片付ける。
その片隅でタメィゴゥが集めた紙を殻の内へ取り込んで咀嚼していたが、おかきは何も見なかったことにした。
「しっかしだいぶ噂が広まっとるな、これはおかきがどこかの部に収まるまで止まらんやろ」
「そこに居るだけで人を引きつける魔性の魅力、か。 これ以上ヒートアップすると危険よね」
「そうですね、皆さんにも迷惑が掛かりますし……」
「そうよねえ、だからここは私と一緒に薬学部へ入部して沈静化を図るってのはどうかしら?」
「こらー! 抜け駆けしないでよガハラ様!!」
「卑怯だぞ卑怯、正々堂々勝負しろ!!」
「おほほほほ残念だけどこれが同室特権よ、指をくわえて眺めてなさい!」
「おかき、カフカが薬学部なんて行ったらカモがネギと出汁と鍋担ぐようなものやで」
「わざわざ採血されにいくカブトガニはいませんよ」
とはいえこのままでは新入部員をめぐって血みどろの抗争すら始まりかねない。
おかきという存在は誘蛾灯だ、嫌でも人の目を集める。 それも奇異や差別ではなく、無意識に好意的な目で見てしまう。
善人も悪人も関係なく誰も彼もが欲しがる歪な宝石、それが傾国級の魅力なのだ。
「手は打たねばならない……ですが、着地点を間違えればそれこそ血を見かねないですね」
「この前の演劇でおかきのファンも増えたって知っとるか? 包丁持った過激派に刺されんようにな」
「怖いこと言わないでくださいよウカさん」
「その時は我が守るぞご主人」
「わはは、うちらも見守っとるから安心しい。 しかしまあみんなが納得するような居所が見つかるとええんやけど」
「……ああ、その手がありましたか」
ピン、とおかきの頭上の電球が灯る。
方法は1つだけあった、誰もが納得せざるを得ない選択肢が。
「新しい部活を作りましょう、そして私が部長になります。 それなら皆さん文句は言えないですよね?」
「ほぉう、そりゃええけど部員と顧問はどないする?」
「ウカさん、幽霊部員でいいので名前を貸してください。 最低人数だけ集めて追加の入部は全部断ります」
「ええで、うちも委員会だけでどこにも入部してへんからな。 山田も声かければ乗ってくれるやろ、部活の名前は?」
「そうですね……赤室学園探偵部とか、そういう感じでどうでしょうか」




