部活ウォーズ ③
「よし、華の放課後よ! それじゃさっそくおかきにピッタリの部活探しに行きましょうか」
「いうてうちらがしゃしゃる意味あるか?」
「ノリ悪いねえパイセン、理由は面白そうだからで十分なんだよ!」
「別に私は構いませんけど……」
一日の授業が終わった放課後の教室では、机を囲んだカフカトリオ+甘音のメンバーが椅子に座っていた。
机の上には以前におかきがもらったパンフレットの山が積まれている、すべてに目を通すだけでも日が暮れてしまいそうな枚数だ。
「おかきが変な部活に引っかからないよう念のためにね、大船に乗ったつもりで安心しなさい!」
「そこまで変なコミュニティあるんですか?」
「えーっと、ボクが知ってる範囲だと黒魔術同好会、トランプ武闘部、ドカ食い気絶部、学園恋愛撲滅委員会、ネコ崇拝委員会、きのこ部、たけのこ部……」
「やめとき山田、上げたらキリがないわ」
思い出しながら指を折る山田のカウントは止まらない。
読み上げられる名前もまたろくなものではないので、おかきは好奇心を殺してそれ以上の追及をやめる、
そもそも部活と委員会の総数がどれだけあるのか、目の前に積まれたパンフレットもまた氷山の一角に過ぎないのだ。
「まあまずはおかきが気になるところに教えてちょうだい、安全かどうかのジャッジはその都度私たちが下すわ」
「まあ最悪暴力に訴えることになってもうちと山田がいれば問題ないわな」
「暴力に訴えるケースがあるんですか?」
「油断しちゃダメだよ新人ちゃん、ここは赤室学園だよ」
「それで、初めはどこにするの?」
「ええっと、それじゃあまずは……」
――――――――…………
――――……
――…
「えーと刀術は……目標値7か、ダイスロール! 凪!!」
「じゃあ断ちクリ通る、お得意のくら絶防御切ってもいいぜぇ? 2点貫通だがなぁ!!」
「はーい戦闘終了、やっぱ断ちクリ強いわー」
赤室学園ボードゲーム部。 無駄に広い部室の中では、3人の中等部男子が出目に一喜一憂していた。
壁の本棚には先達から引き継がれてきた漫画本やアニメ雑誌が詰め込まれ、床には多種多様なアナログゲームの箱が埃をかぶっている。
マニアから見れば垂涎級の代物もあるが、価値が分からない彼らからすれば雑多なガラクタ同然だった。
「あー、飽きた! やっぱ模擬戦ばかりじゃつまらないしさ、シナリオ回さない?」
「うーん、公式ルルブのやつは全部回しちゃったしな。 あとは頭数が足りないやつ」
「いいじゃんどうせ途中で面倒くさくなって投げ出すんだしさー、結局一番面白いのって戦闘でダイス振ってる時じゃん?」
彼らの活動といえば、こうして気の合う友人たちと誰にも邪魔されないスペースでダラダラ過ごすことだ。
しょせん構成員の8割が幽霊部員という有様、まじめな部活動などはじめからやる気もなく、ボドゲはたまに気分転換として嗜む程度でしかない。
「やべ、イベント今日からだった。 デイリー回したら走るか」
「そういやさー、なんか新入部員増えるかもって話聞いた?」
「えっ、いまさら?」
「いや、それが高等部に新入生が来たからその人が自分が入る部活を探してるんだってさ。 しかも美人らしい」
「そんなんどうでもいいわ、そもそもこんな辺鄙な部にわざわざやってくるはずな――――」
いつも変わらない、仲間同士の自堕落な駄弁り。 そこへ水を差すように、部室の扉がノックされる。
3人は顔を見合わせ、無言ではあるが各々の目が「まさか」と語る。 互いの顔を見れば自分の幻聴ではないことは明らかだ。
だからこそ次の問題は、自分たちの安寧を侵略する来訪者をどうするか。
「……ど、どうぞぉ?」
「バカ、お前何返事してんだよ!」
「い、いやほら……居留守使うのも態度悪いじゃん?」
「嘘つけ美人に釣られてよぉ! そもそも噂が本当かもわからないじゃん!」
「――――ええっと、お邪魔します……で、いいんですかね?」
むさ苦しい男同士の喧嘩は、小鳥が鳴くような女子の声でピタリと止まった。
扉の影から顔を覗かせたのは、タマゴ型のぬいぐるみを抱えたとても高等部とは思えない背丈の少女。
肌は陶器のように白く、艶を湛えた黒髪に片目が隠れているが、それでも目鼻立ちは美術品のように整っているのがはっきりとわかる。
小動物じみたあどけなさの中に、どこかミステリアスな色気を醸し出す少女の来訪に、3人は言葉を失って固まってしまった。
「……あの、大丈夫ですか?」
「へっ? あ、ああはいはいはい! 大丈夫ですよ、何か用ですか!?」
「ここってボードゲーム部ですよね? 邪魔でなければ見学したいのですが……」
「見学! もちろんOKですとも、どうぞ座っ……おい椅子きったねえぞこんなもんに彼女のお臀部をおフィットさせる気かぁ!?」
「待ってろちょっと隣のおプログラミング部からお高級ソファ千切りとって来るからよォ!!」
「お構いなく」
女子に免疫を持たないボドゲ部男子たちは、目に見えるほど浮足立っていた。
おまけに部室は散らかり切っており、とてもじゃないが人を招くような環境ではない。
しかしそんなことなどまるで気にせず、少女は適当なパイプ椅子を広げて勝手に腰かけてしまった。
「おいどうする、絵に描いたような美少女が来たぞ!?」
「噂じゃ高等部のはずだろ、どう見てもロリじゃん!」
「嘘だろあの見た目で高等部なの!? 奇跡でしょ!?」
「高等部です」
「やべえぞ聞こえてた!!」
「ぽ、ポテチでもいかがっすか!?」
「いえ、結構です。 あまりお腹もすいていないので」
もはやグダグダである。
そんな彼らを見かねてか、少女はテーブルに遺されていたダイスを手に取った。
「……TRPG、やっていたんですか?」
「へっ? あ、ああそうですよ俺たちボドゲ部なんで!」
「おお、そうでしたか。 あの、私も参加できませんか?」
「へっ?」
心なしか、ダイスを握った少女の目は先ほどより輝いているように見える。
よほどボードゲームが好きなのか。 しかし部員3名は対照的に暗いものだ。
「……どうする? 適当に遊んでて詳しいルール知りませんなんて言えねえぞ」
「こ、公式シナリオならなんとか……でも俺たちは内容知ってるから」
「知らないふりして接待プレイか? そんな器用な真似できねえぞ!」
「あの、よろしければ私がGMやりますけど」
「また聞こえてた!」
言うや否や、少女はテーブルの上から邪魔なものを片付けてスペースを作ると、手持ちのメモ帳を開いてマスタリングに必要な情報を書き出していく。
かつての先達たちに教え込まれたその所作に淀みはない。
とくに新規参入者を増やすため、布教の術はいやというほど教わったのだから。
「では、HOを配るので全員着席をお願いします。 そのあとはキャラクターシートを作っていきましょうか」
「「「は、はい……」」」
この日、藍上おかきGMによって、3人の少年ははじめて正しい形でTRPGを遊ぶのだった。




