部活ウォーズ ①
「これはー……タマゴだね、どう見ても」
「タマゴですね、ダチョウの」
時間はダチョウを捕獲したところまで遡る。
困った顔の職員が抱えている白い楕円形のものは、誰がどう見ても鳥類のタマゴだった。
「うーん……これを発見したのは君?」
「はっ! 自分含むBチームのメンバーが発見し、回収いたしました!」
「わかった、念のため君たちは抗認識薬を摂取してくれ。 あとはおいらが調べてみるよ」
「了解しました、では失礼します!」
窓越しにタマゴを受け渡すと、職員はキレのいい敬礼を残してすばやく撤収する。
その背中を見送った宮古野が窓を閉めると、車内で身を秘めていた麻里元たちが顔を出した。
「ダチョウのタマゴか、あいつに番がいたのか?」
「うーん、おいらが確認した限りではあの1個体だけなんだけどな。 しかもオスだぜあれ」
「単為生殖ともまた違うものですか?」
「そんなデカいの隠してたらボクが騎乗した時に気づいてたはずだけどなー」
「うーん、詳しく調べないと何とも言えないな……しかし重いなこれ、おかきちゃんパス」
「おおぅ、重い」
宮古野から受け渡されたタマゴは、中が水で満たされているような重量感でおかきの腕にのしかかる。
殻は分厚く、ハンマーで叩こうがちょっとやそっとじゃ壊れそうにない。
恐る恐る表面をさすると、表面からは人肌程度のぬくもりも感じられた。
「しっかし出所不明のタマゴか、ちょっとほのおのからだ連れて自転車で走りたくなってきたねえ」
「それでどうするんですか、このタマゴ?」
「う~~~~~んどうしようかな~~~? あのダチョウが産んだタマゴなら十中八九異常性があるよね」
「番もなく増えるなら相応の対処も必要になるな、すでにどこかでタマゴを産んでいるかもしれない」
「うわあ今日も残業かなこれは」
「ねえねえ、ボクの気のせいかもしれないけどさー……そのタマゴ、ちょっと動いてない?」
「「「えっ?」」」
忍愛の指摘に、全員の視線がおかきの手元へ集められる。
おかきは席に坐したまま身じろぎ一つしていない、しかしその手に抱かれたタマゴはたしかにピクピクと痙攣していた。
まるで今にでも殻を破って生まれようとしているかのように。
「ど、どどどどどうする!? おかきちゃんそれ外にぶん投げられる!?」
「いや、投げるな。 タマゴが破壊されると二次的な被害を生み出すかもしれない」
「どっちですか!?」
「新人ちゃんパスパス! 最悪ここはボクの可愛いフェイスでお茶を濁そう!」
「忍愛さん、たぶんそれは無理です!」
「――――うむ、我も同意であるぞご主人よ」
「……えっ?」
――――――――…………
――――……
――…
「……というわけで、生まれたのがこの子です」
「うむ、我こそがご主人のペットである。 名前はまだない」
「「いやいやいやいや」」
回想を終えて寮の自室、問題のタマゴを紹介するおかきに2人のツッコミが入る。
「何の説明にもなってへんわ! どないなっとんねんこのタマゴ、ってかタマゴか本当に!?」
「どこの馬の骨かわからないやつをおかきのペットと認めるわけにはいかないわ、それに寮はペット禁止!」
「馬の骨というかダチョウの血筋だね」
「まあダチョウどころか鳥類か怪しい存在ではありますけど」
藁の上に立つタマゴが身体をおかきたちの方へ反転させると、パカっと殻が上下に割れ、その奥から輝く双眸を覗かせる。
顔は陰になっておりよく見えない、天井の照明を吸収しているかのように漆黒の闇だけが広がっている。
タマゴの底部を突き破って伸びた2本の足は、ダチョウというよりもペンギンに近い形状をしていた。
「我ペンギンだったかも知れぬ……」
「それはそれで出自が謎なのよ」
「おかき、なんやねんこいつ?」
「わからないです……けどなぜか私を主人と認識しているようで」
「キューちゃんが言うには刷り込みじゃないかって、こいつが生まれた時に抱いてたのが新人ちゃんだからさ」
「あーならしゃあない……ってなるかぁ! なんで持ち帰っとんねん、どう見ても一般社会に持ち帰っちゃあかん生き物やろ!?」
「我はご主人を守るもの、ゆえにご主人から離れるわけにはいかぬ」
「とまあ、こんな調子でして……」
おかきも初めはタマゴをSICKへ預けるつもりだったが、それを引き留めたのが局長だった。
親のダチョウと特性がかけ離れているため、どんな異常性を有しているのかわからない。 そして下手に引きはがすと暴走する危険もある。
その場で行った軽い検査では緊急性の高い存在ではないため、一度学園で持ち帰って面倒を見てほしい……と。
「これからダチョウの繁殖調査でデスマーチが確定している人たちに頼まれると断りにくくて……」
「苦労してるわね、SICKも」
「でもバレたらどうすんねん、大パニックやで?」
「新人ちゃん、ちょっとタマゴ抱いてみて」
「はい」
おかきがタマゴを抱えると、ちんちくりんな背丈とみょうちきりんなタマゴの姿が妙にマッチする。
1つ1つ切り離してみれば目を引くものだが、2つ組み合わせてみると現実離れしすぎてむしろしっくり来てしまうように見える。 これはまるで……
「……変なぬいぐるみ抱えてる小学生にしか見え」
「お嬢、それ以上はあかん。 おかきを傷つけてまう」
「大丈夫です、すでに傷ついてるので」
言われなくともおかきはすでに気づいている。 自分の幼い見た目がカモフラージュとなっていることに。
タマゴを抱えたまま寮の廊下を歩いても、誰一人違和感を指摘する人間がいなかったのだから。
「それに新人ちゃんにとっていい刺激になるでしょ? なんかボクたちに比べて飢餓のペース早いみたいだしさ」
「うむ、我はご主人のためなら食べられるのも本望である」
「食べませんよ」
「けど一緒に暮らすなら名前ないと不便だよね、ボクが可愛い名前つけようか?」
「ぺっ」
「はははツバはいたぞこいつぅー、ケンカか?」
「やめぇや山田、生後数時間相手に大人げない」
「名前って言われても困るわね、なんかのタマゴってことしかわからないし」
「ナンカノ・タメィゴゥ……さすがご主人の友、良い名であるな」
「なんでタマゴだけ英語の発音しとんねん」
「ウカさん、タマゴの英訳はエッグです」
そのあと夜通し開かれた議論は踊り続け、最終的の本人の意思を尊重して名前は「ナンカノ・タメィゴゥ」に決定。
おかきと甘音の部屋に、奇妙な同居人が増えたのだった。




