ダチョウ・オブ・ザ・ハイウェイ ⑤
「……私の父の話、ですか」
「ああ、悪花が全知無能を使用した件は聞いた。 彼女の能力には何度も世話になったが、500年というのはあまりに異常だ」
麻里元は話をつづけながら、「にがり味」と書かれたアメの包装を剥がす。
車内にいるのはおかきを含めてこの4人だけ、窓はスモーク加工されて防音処理も施されている。
外の職員たちは忍愛が作った分身に騙され、麻里元たちが消えたことに気づいていない。 つまりこの車中は今、外界から隔離された小さな密室だ。
「元より君の父親が関わった事件は不審な点が多かった、私も調べたが情報が意図的に隠蔽されているようだ」
「そんなことが可能なんですか? SICKの情報セキュリティを掻い潜っていることになりますよ」
「ああ、にわかには信じがたい。 あり得るとしたら“身内”だけだ」
「……なるほど、だからわざわざこんな形で密会を」
おかきは改めて窓の外に目を向ける。
ダチョウをなんとか護送車へ押し込もうと奮闘する職員の中に、SICKの情報ファイルを改ざんしたものがいるかもしれないのだ。
「強引な手段でごめんね、けどおいらたちも余裕がなくてさ」
「言い方は悪いが、君がこのタイミングで情報失調を起こしたのは僥倖だった。 おかげで怪しまれずに接触できたからな」
「ではこちらかも言い方が悪いですけど聞きますね、ここにいる面子は信用できますか?」
「信用できる、と私は考えている。 まずカフカにはSICKサーバーへのアクセスに制限が掛けられる点だ」
「でもキューさんは副局長ですよね」
「同じだぜおかきちゃん、君たちより規制は緩いけどカフカである以上おいらも触る情報に限界はある。 いちいち局長の許可が必要だから面倒なんだけどね」
「悪いな、異常存在であるカフカを十全に信用するのは危険というのがSICKの方針だ」
「まあそれは理解できますけど……」
カフカの中には元の人格と創作された人格の2つがある。
たとえ元の人格がSICKに忠誠を誓っていようとも、創作人格が危険な思想を持ち合わせていれば、すべてを信用することはできない。
「制限されたアクセス権で私の目を掻い潜る改ざんができるとは思えない。 故にカフカは関わっていないと考える」
「本当ですかキューさん?」
「おいらもSICKのデータサーバをハッキングするのは難しいよ、それに裏切るような理由もない」
「もしこいつがSICKを裏切るなら私は腹を切る覚悟だ」
「すごい信頼関係ですね、ならそこはひとまず除外して考えます。 第三者に頼んでファイルにアクセスすることは?」
「君たちは常に学園で生活している、離れたところから内通者へ連絡を取れば何かしらの痕跡を残すはずだ。 それなら私は見逃さない」
「なるほど……」
不遜ともいえる自信だが、それに見合う実力(物理)を見せられたのだからおかきはそれ以上何も言えない。
ともかく局長は信じられる人材だけを集め、おかきに内情を話したのだ。 なら次なる問題は1つ。
「それで、私はこれからどうすればいいですか?」
「相変わらず話が早いな。 ともあれ理由は不明だが、私は早乙女 博文の失踪事件を異常関与事件として調査したい」
「けどおいらや局長が動くと情報を改ざんした黒幕にも気づかれる。 だからおかきちゃん、この事件は君が解決するんだ」
「それは……願ってもない条件ですね」
元よりおかきがSICKに入ったのは、自分の父親が失踪した事件の真相を明かすためだ。
断る理由など何もない申し出に、おかきは二つ返事で首を縦に振る。
「君なら言わずともわかるだろうが、この事件にはSICK内の人間が関わっている可能性が高い。 だから調査は極秘裏に進めてくれ、私たちへの経過報告も結構だ」
「信じられるのは自分だけというわけですね、望むところです」
「良い返事だ、期待しよう」
「じゃあ密談はおしまいにしようか、そろそろ山田っちも限界だ」
「うぎぎぎぎ……分身の術って結構疲れるんだからね……!」
「ああ、一言もしゃべらないなと思ったら頑張ってくれていたんですね」
おかきたちが秘密の話を進めている間、忍愛は独りで印を結びながら影武者の維持に努めていた。
そんな玉のような汗を浮かべる彼女の横から、コンコンと誰かが窓を叩く。
外で影武者が動いている局長の代わりに、宮古野が少しだけ窓を開くと、SICK職員の一人が困った顔をして立っていた。
「おっと、どうしたんだい? 撤収作業は一任したはずだぜぃ」
「はっ! お忙しいところ失礼いたします、少々判断に困る状況が起こりまして……麻里元局長に判断を仰いだところ、副局長にも意見を窺うべきとのことで」
「むっ、トラブルか。 影武者の指示なら仕方ないや、何だい?」
「はい、ダチョウの撤収作業は問題なく完了したのですが……対象が座り込んでいた場所にこんなものが」
「お、おおぅ? これは……」
――――――――…………
――――……
――…
「へー、ダチョウね。 そういえば夕方のニュースで煽り運転がどうのって報道してたわね」
「たぶんSICKが隠蔽したニュースですね、見た目は車両でも緊急避難路に突っ込んだのは事実ですから」
「大変やなぁ相変わらず、うちは学園待機で命拾いしたわ」
「パイセンこのやろう、次は道連れにしてやるからな……って新人ちゃんが言ってました」
「言ってないですよ、心には思ってましたけど」
ダチョウ事件の後片付けを終えたおかきたちは、寮室に集まって苦労話に花を咲かせていた。
カフカにとって平穏は毒となるが、あまりにも刺激が強いドライブのあとでは、こののんべんだらりとした時間がおかきにとって何よりの癒しとなった。
「それでおかき、体調の方は大丈夫なの?」
「ええ、おかげさまでしばらくは刺激に困らないだけの栄養は摂れました」
「惜しいわね、カフカにも効き目が期待できる新作栄養薬を作ってみたんだけど」
「間一髪でしたか」
「おかき、命が惜しかったら次から体調悪い時は早めに自己申告しとき」
「なによ、別に毒物飲ませるわけじゃないのに」
「ガハラ様、ボクそれで一度ひどい目見たことあるからね」
「ワハハ、去年のあれはひどかったなー……それでおかき、そろそろ聞いてええか?」
誰も突っ込まない状況に耐え切れなくなったウカが口火を切ると、4人の視線が部屋のある一点へと収束する。
藁を敷かれた上に鎮座している白い楕円形の“それ”は、日本人ならだれもが見たことがある……しかし常識よりもはるかに大きい代物だった。
「なあおかき、あれはなんや?」
「……タマゴ、ですね」
「誰のなん?」
「……ダチョウの、ですかね」
「なんで持ち帰ってきてんねん!?」
「なんで……ですかね……」
ピクピクと痙攣するそれは、バスケットボールほどのサイズを持つ巨大な――――「タマゴ」だった。
「騒がしいぞ、ご主人の友人よ。 隣室の者とご主人に迷惑がかかるであろう」
――――しかもそれは、世にも珍しい喋るタマゴだった。




