ダチョウ・オブ・ザ・ハイウェイ ④
「死。」
シートベルトを握りしめながらおかきは端的に命の終わりを悟っていた。
防護策を突き破って飛び出した車体は宙を舞い、地面は遥か彼方。
落下すれば大破は間違いなし、中に乗り込んでいる人間も無事で済むはずがない高度だ。
「おっ、来た来た。 それじゃ機巧忍法・飛筒の術~」
しかしそれは常識の範囲内で訪れる結末であり、この場にはふさわしくない。
おかきは目をつむり来たるべき衝撃に備えるが、いつまでたっても壊滅的な破壊が訪れることはなかった。
恐る恐る目を開けると、車はいまだ空の中。 その両サイドには景気よく炎を噴き出して車体を支える、二機のブースターが取り付けられていた。
「おぉー、これはおいらとの共同研究品! 飛びマール君3号!」
「た、助かりました……忍愛さん……」
「おーい新人ちゃーん! 一息ついてるところ悪いけど、そこちょうどいい位置だからそのまま落ちてきてー!」
「へっ? ちょっ、待っ……」
車体を支えるブースターはすでに役目を終えたとばかりに炎の噴射を止め、浮き上がっていたはずの車はまたガクリと落下し始める。
幸いにも一度は止まったおかげでサスペンションを痛めつけながらも着地は成功したが、確実におかきの寿命は縮まる体験だった。
「っぁ~~~……!! こ、腰……おいらの天才的頭脳と腰が悲鳴を上げてるよ……!」
「生きてるだけ儲けですよキューさん……局長は無事ですか……?」
「なんだ2人とも、鍛え方が足りないぞ」
すでにグロッキーな2人に比べ、麻里元は汗ひとつ見せず涼しい顔をしている。
おかきは内心、この人だけは絶対に敵に回さないよう心に誓った。
「局長ー! 生きてるよねー、こっちこっちー!」
『ブフォー!! ブフォー!!』
「忍愛さ……うわぁ乗りこなしてる」
まだくらくらする頭を声が聞こえた方へ動かせば、土煙を巻き上げながらダチョウがおかきたちへ猛進しているところだった。
その背にはどこから持ってきたのか鞍を掛けた忍愛が乗っている、風除けもなくすさまじい速度を出しているというのにその顔は楽しんでいるようだ。
「うまく着地できたな、想定通りだ。 周囲に一般車両もない」
「上手かったかな……上手かったかなぁ着地!?」
「キューさん、やめましょう。 そこを追及しても空しいだけです」
おかきたちが車ごと飛び降りたのはちょうど高速道路を繋ぐジャンクションの交差点。
騎乗した忍愛の誘導でスロープ下の道路を走ってたダチョウの元に飛び降り、すぐ目の前まで強引なショートカットを決めたのだ。
「局長、ロープ投げる! 引っ張って!」
「ああ、あとは任せろ。 2人とも、シートベルトはしっかり締めておけよ」
「うわあああおかきちゃん締めろぉ! また何かろくでもないこと始めるぞ!」
「死。」
次から次へと目まぐるしく変わる状況、もはや何度目かわからぬ死の予感、おかきたちはただ言われるがままにシートベルトを締め直す。
そして目の前を豪速のダチョウが通り過ぎた――――その刹那、一本のロープが麻里元へ向けて投げられた。
「ワイヤーロープか、千切れる心配はないな。 では衝撃に備えろ」
「「はい!!」」
もはやこの後の展開を察したおかきたちは座席にかじりつく。
一方の麻里元が掴んだ縄を引っ張ると、ビンと張りつめた瞬間に車体はダチョウに引きずられる形で再加速を始めた。
『ブフォー! ブフォフォー!!』
「ふむ、元気がいいな。 オスか?」
「…………あの、キューさん。 この車って何kgあるんですか?」
「おかきちゃん、大まかな数字は計算できるけど聞いたところでどうするんだい?」
縄を括られてなお走り続けるダチョウも大概だが、その脚力に片手で対抗している麻里元にもはや突っ込む気力も起きない。
足は常にブレーキを踏みつけているため、車体重量とダチョウの綱引きに挟まれた状態だ。 常人ならとっくに腕が千切れている。
「見ろ、さすがにこれだけ重りをつけられてはたまらないらしい。 少しずつだが減速しているぞ」
「わあすごーい、ところでこれだけ重りをつけられて平然としてる人類がいるんだけど」
「ジムに通っているからな、このまま誘導するぞ」
「あいあーい! ほらほらダチョウ君、可愛いボクのいう事聞けー!」
『ブフォオオアアアアアアアア!!!!!』
「過去最高にキレ散らかしてません?」
「困るな、大人しくしてくれないと実力行使も視野に入る」
『ブフォ……』
「大人しくなりましたね」
「ダチョウのわりに上下関係を完全に理解してるようだね」
「許せねえ」
麻里元の圧が届いたのか、途端におとなしくなるダチョウ。
時速は70㎞近くまで落ちこみ、縄を操る麻里元の誘導にも従う彼はそのまま……道路わきに設置された緊急避難路へと突っ込み、停止した。
――――――――…………
――――……
――…
「いやあお疲れ様、あとはエージェントたちに任せておこう」
「どう新人ちゃん、いい刺激になった?」
「腹いっぱいですよもう……」
暴走ダチョウの停止後、速やかに緊急避難路周りは完全封鎖され、SICK職員たちによる隠蔽作業が進められていた。
ターゲットのダチョウも今は落ち着いており、数人のエージェントが総出で輸送車へ押し込もうと奮闘しているところだ。
「ちょっと爪見せてね、目の下と首……はい舌見せてー……うん、体調は完全回復してるね」
「そりゃあれだけの恐怖体験ですから」
「まだ世界の危機が絡んでないだけマシだぜ。 被害は防護壁の破損くらいだ、今日も異常は隠蔽されて世界は表面上の平和を取り戻した」
「表面上ですか」
「ワハハ気にするな、どうにもならないからね。 ああそれとついでに報告書の書き方も教えよう、車の中に書類も用意してあるんだ」
「はぁ……」
強引に話をずらした宮古野に手を引かれるまま、おかきは用意されたワゴン車へと乗り込む。
麻里元のスポーツカーはすでに致命的なダメージを負ったため、帰りはまた新しい車両を用意されたわけだが……
「――――こちら宮古野、おかきちゃん連れてきたよ」
「こちら可愛いボク、盗聴器の類はなし、周囲の職員も気づいていない」
「こちら麻里元、了解だ」
「……へっ?」
連れ込まれた車両の中には、外にいたはずの忍愛と麻里元が席に坐したままおかきを待っていた。
あっけにとられるままのおかきはそのまま押し込まれ、脇を宮古野と忍愛に固められた状態で扉を閉められる。
「局長? これはいったい……」
「すまないなおかき、騙すような形になってしまって。 だが君に話しておかなければならないことがある――――君の父親に関わる話を、な」




