ダチョウ・オブ・ザ・ハイウェイ ①
「やあやあ新人ちゃん元気ー……じゃなさそうだ」
「ああ、忍愛さん。 すみません、おもてなしも出来なくて……」
ウカがどこかへ電話を掛けたかと思えば、それからすぐにやってきたのは忍愛だった。
すでに電話で具合は聞いていたのか、机で突っ伏しているおかきを見ても動じる様子はない。
「わあ重症っぽい。 パイセン、やっぱりこれってアレかな」
「アレやろな、キューちゃんたちにも連絡しといたわ。 任せてええか?」
「りょ。 それじゃちょっとごめんね新人ちゃーん、うっわ軽っ」
「ぐええぇー……」
されるがままで忍愛にお米様抱っこされるおかき、ぐったりとしたその身体にはもはや抵抗する力も残っていない。
「ありゃりゃこりゃ本当に重症だ、それじゃいこっか」
「行くって、どこへ……?」
「学園の外だよ、許可は取ってあるから。 局長たちも待ってる」
――――――――…………
――――……
――…
「ああ、来たか。 だいぶ参っているようだな」
「やほやっほー、カフカの洗礼を受けてるねおかきちゃん」
「局長、それにキューさんも。 先週ぶりですね」
学園の前で忍愛に担がれたまま運搬されるおかきを待っていたのは、サングラスをかけたSICKの局長・副局長コンビだ。
彼女たち2人は赤いスポーツカーに乗ったまま、どこかで買ってきたのかホイップマシマシのコーヒーに口をつけている。
「キューちゃん、新人ちゃんダメそうだからあれ頂戴」
「あいあい、おかきちゃんちょっとこれ読んでてね」
「うぅ……なんですかこれ、報告レポート……?」
後部座席に放り込まれたおかきに手渡されたのは、電子パッドにまとめられた膨大な量の報告書だ。
内容はSICKが関わった以上事件の解決プロセスを綴った物、事情を知らなければどこぞのオカルトサイトで作られた創作物にしか思えない内容がつらつらと続いている。
「それじゃ走りながら話そうか、まずおかきちゃんの状態についてだけど……うん、栄養失調だね!」
「え、栄養失調ぉ……?」
そんな馬鹿な、と言いたげに眉をひそめるおかき。
おかきは小食だが不摂生な生活を送っているわけではない、毎日三食は欠かしておらず、栄養面のバランスも(甘音の指導付きで)損なってはいない。
ゆえに通常であればこの飽食社会において栄養失調などありえない……が。
「……ああ、そういうことですか」
「そうだ、私とともに君は見ただろう? カフカのみに訪れる特有の現象を」
「カフカ2号、ブレイザードンさんと同じ飢餓症状ですね」
ここまでヒントを出されれば、自然と答えに行きつく。
思い出すのはカフカとなったその日、研修代わりとばかりに局長に案内された地下。
そこで眠る様に凍っていた先達の死体、その死因は不思議なことに「餓死」だった。
「外部情報刺激不足による栄養失調、おいらは勝手に退屈死と呼んでいるけどね。 ようはカフカはつまんないと死んじゃう生き物なのさ」
「しかし私たちはその刺激不足を解消するために赤室学園へ転入したのでは?」
「学園祭では色々あっただろ、そのあと1週間ほど平穏が続いてしまった。 いわば高級食材に舌が慣れたところへ重湯ばかり食わせられたようなものだ」
「刺激に肥えてしまったと……」
「たまにあるんだよね、そういう時には刺激的な情報を摂取すればいいのさ。 そのためにおかきちゃんでも閲覧できるランクの報告書を持ってきたんだ」
「なるほど、たしかに少し体調が楽になってきたような」
画面に踊るみょうちきりんな事件記録に目を通すほど、おかきの指先まで熱が戻ってくる。
体調もまだ万全とは言えないが、いつの間にか鉛のような気怠さも消えていた。
「まあ学園祭で舌が肥えたのも一時的なものさ、すぐにまた学園生活に戻れるよ」
「ただ、今日のところはそのまま帰すには不安だからな。 いいものを馳走しよう」
「馳走って……そういえばこの車、どこに向かっているんですか?」
「それはボクから説明しよう!」
「うわっ、忍愛さん」
車の外、ビッタリ張り付いて走る忍愛が窓から顔を覗かせる。
運転席のメーターを見ると車速は100㎞近い数値を出しているが、忍愛は苦しい顔一つ見せず並走している。
「これからボクらはある事件を解決するために街まで降りるんだ、新人ちゃんはその見学&手伝いをお願い」
「SICK案件ですか、穏やかじゃないですね。 ……それよりあの、忍愛さんも車内に入れては?」
「いいや、念のため山田は車外で行動してもらう。 リスクは分散しておきたい」
「そゆことそゆこと、ボクならこのまま5時間は走れるから気にしなくていいよ」
「すごいですね忍愛さん。 では気にせず聞きますが、事件の詳細について教えてください」
「では添付のデータをお手元のPadに送ったからご確認ください、おいらが10分で作ったぜぃ」
軽い通知音を鳴らし、おかきの手元に置かれた電子端末が震える。
送られたファイルを開くと、画面に展開されたのはどこかの高速道路を撮影した一本の動画だ。
「これは……危険運転のニュースですか?」
「ああ。 時刻は2日前、動画は赤室学園から車で2時間ほどの場所で撮影されたものだ」
映像はドライブレコーダーのものか、動画内では茶色の軽自動車が目の前を蛇行したり、急ブレーキを繰り返すなどあわや事故が起きかねない煽り行為が繰り返されていた。
画質のせいで車内の様子はうかがえないが、ナンバープレートや車種は十分確認できるためこの動画から犯人が捕まるのは時間の問題だと考えられる。
「先に伝えておくと、その煽り運転を行っているのが今回のターゲットだ。 我々はその車を発見し、速やかに捕獲しなければならない」
「一見ただの車に見えますが、どんな異常性を持っているんですか?」
「じゃあここでおかきちゃんに問題だ、このターゲットがもつ異常特性を推理してみたまえー」
「うーん、そうですね……」
さすがに動画だけでは推理できる要素も足りないが、探偵としての本能が脳細胞を突き動かす。
SICKが抱えるような異常事件に一貫性はない、さきほどまで読んでいた資料にも「なぜそうなる?」と首をひねりたくなるようなものが少なからず混ざっていた。
「正解者にはボク特製ブロマイドセットをプレゼントしよう!」
「いらないですね……周囲に煽り運転を伝染したり、事故を誘発するような特性でしょうか?」
「ブッブー、残念無念。 正解はねー、ダチョウだよ」
「はい? ダチョウ?」
「うん。 このブラウン軽自動車君の正体ね、ダチョウなんだ。 一見軽自動車にしか見えないよう周囲の認識を歪めるダチョウ」
宮古野が助手席から手を伸ばして電子Padを操作すると、動画に青白いフィルターが掛けられる。
すると先ほどまで自動車にしか見えなかった自動車が、あっという間にダチョウへと姿を変えた。
「…………わかるかぁ!!」
この日、おかきはSICKが関わる異常現象の理不尽さを再確認するのだった。




