神のみぞ知る舞台裏 ②
「疲れた……」
「ロスコのやつも頑固やなホンマに……」
「2人ともお疲れさん、今お茶入れるからゆっくりしてなさい」
おかきとウカはちゃぶ台に突っ伏し、全身で疲労を表している。
強情なロスコと加害者少女に挟まれ数時間、その間には午後の舞台にも出演して休む暇もなかった。
いくら超常的な能力を持っているとしても、2人の精神的な疲労は相当なものだ。
「あー、湿布欲しいわぁ……千切れかけたライトずっと支えてたんやで、うち……」
「はいはい、あとで私特製のやつ用意しとくから。 それよりそろそろ来るんじゃない?」
「ごめーん、お待たせー! ふぅ、やっと聴取終わったわぁ……お酒お酒」
「お疲れ様です、飯酒盃先生。 まずは駆け付け一杯ですか」
「だって自分の家だものー。 藍上さんはこんな大人になっちゃダメよ?」
「自覚しとるならちゃんとしてほしいんやけどな」
3人が集まるところにやってきたのは、この家の主である飯酒盃 聖だ。
そう、ここは学園に建てられた彼女の仮住まい。 おかきたちは“ある報告”を聞くために飯酒盃の帰宅を待っていた。
「それで、結果はどうでした?」
「グビッグビッ……プハー!! ふぅ……そうね、演劇部の事故には子子子子 子子子が関与していた。 この事実にまず間違いないでしょう」
「本当なんでアルコール入った方がしゃんとしているのかしらね、この人」
冷蔵庫からひったくった缶ビールを数秒で空にした飯酒盃は、SICKとしての顔つきでおかきの質問に答える。
なお口に泡をつけたまま真面目な顔して喋る教師を、3人の学生は冷ややかな目で見ていた。
「急ぎだけど聴取内容を資料にまとめたわ。 藍上さん、念のため目を通してもらえる?」
「拝見します。 …………ええ、私が聞いた内容と相違ありません」
事の発端は、5時間にもわたるロスコたちの仲裁中に発した加害者少女の一言だった。
少女の名前は“脇坂 薬美”。 なぜ今回の犯行に至ったのか、おかきが彼女に問いただした時にこぼした内容が問題だった。
いわく、「美人のシスターに悩みを打ち明け、自分は目覚めたのだ」と。
「監視カメラの映像を精査した結果、最初の演劇会場付近で子子子子の姿を確認できたわ。 先生頑張りました」
「聴取された身体特徴も一致しますね、接触したことはほぼ間違いないでしょう」
「はい、なので本件は異常現象関与事案としてSICKが受け持つことになりました。 まあ相手が子子子子なら異常性汚染の可能性は低いけど……」
「そうなの? その子子子子って変態もカフカなら妙な能力を持っているんじゃない?」
「子子子子 子子子に関してその心配はないわ、今回も脇坂さんが言葉巧みに騙されただけだと思う……けど」
「その“言葉巧みに”が厄介やねん、あの変態は二枚舌がよう回る。 そのうえ妙にカリスマ性があるから、多感な学生なら10秒あれば余裕で言いくるめられるで」
「伊達に危険宗教のリーダー務めてないってことね、私も気をつけよ」
「ぐぬぅ……」
「ほんで、おかきは何で苦虫噛み潰した顔してんねん」
「犯人を捕まえたのは良いけど黒幕は取り逃がした後悔……ってところかしら」
おかき検定1級の甘音の推測は半分正解だ。
実行したことも当然悪いが、真の邪悪は精神未熟な学生に付け込み殺人を教唆した犯人。
その点を見抜けず、実行犯の少女を責めるような言葉を突き付けてしまったことが後悔となっておかきの胸に残っていた。
「おかき、あの変態でも短時間で0から殺意を生やすのは無理や。 遅かれ早かれあのファンは暴走してたと思うで」
「そうそう、そそのかした奴が一番悪いけど実行犯も悪いわよ。 飯酒盃先生、それで彼女の処遇は?」
「しばらくSICKの監視付きで経過観察とメンタルチェック、結果次第だけど復学も検討するわ。 藍上さんもそれでいい?」
「彼女が抱えていたロスコさんへの執着は……」
「当然こちらでケアするわ。 難しい場合はこう、記憶をキュッと」
「キュッと」
「しっかしなんでその変態はロスコの舞台を邪魔したの? おかきたちとは全く関係ないわよね」
おかきが本気かSICKジョークかわからずツッコみあぐねていると、その横に座る甘音が疑問を呈する。
時系列を整理すれば、子子子が舞台に関与したのはおかきと接触する前の話だ。
単に考えればおかきを孤立させるための布石、だが……
「あー……なんとなくわかるけど、わかってしまう自分が嫌やわ」
「……?」
「おーい、鍵開いてるし邪魔するぞ。 おかきいるかー?」
「あっ、悪花さん……とミュウさんも、お久しぶりですね」
そこへ玄関扉をノックしてやってきたのは、目の下にクマを作った悪花だ。
その後ろからはミュウもひょっこり顔を覗かせ、おかきに向かって手を振っている。
「一般人開放期間だからな、ミュウも連れてきた。 お前に一言礼が言いたかったってよ」
「おかきさん……カジノの時は、ありがとです」
「いえいえ、私もずいぶん助けられましたから。 息災で何よりです」
「劇も、見たです……かっこよかった、です……!」
「あはは……なんだか気恥ずかしいですね」
「とても敵対組織同士の会話とは思えんな、そんで今日はどないしたん?」
「おう、今日はおかきに用事があってな」
言葉尻を濁しながら、悪花は「ここで話していいのか?」とおかきへ目くばせする。
彼女の用事を察したおかきは、無言でうなづいて了承した。
「あー……前にネコカフェのバイト頼んだろ? その借りについてカンニングとは別におかきにゃ頼まれごとされてな」
「へぇ、カンニング」
「ちゃうねん飯酒盃ちゃんあれはちゃうねん」
「対策問題集! 対策問題集だからあれは! それより頼まれごとってなによ悪花!?」
「ああ、こいつの親父さんについてちょっと……な」
「……それで悪花さん、どうでしたか?」
おかきの問いに、悪花は黙って首を横に振る。
「500年」
「えっ?」
「500年だ、全知無能で答えを得るまでそれだけ掛かる。 逆に聞きたいが、お前の親父は何もんなんだ?」




