神芝居 ③
「おかき、いいの? 結局手伝うことになっちゃったけど」
「ええ、自分で決めたことですから。 それよりシフトに穴開けてしまってすみません」
「気にせんでええよ、どうせ人手はあるんや。 1人抜けた程度でどうにかなるもんでもないわ」
学園祭4日目の朝、おかきたちはロスコ率いる演劇部の舞台に立っていた。
場所は以前に時計塔首なし死体事件が起きた際、全校集会も行なわれた体育館だ。
「昨日までは第二体育館を利用していたが、例の事故で床が抜けてしまってね。 急遽この舞台を借りることになった」
「まあ動員数が増えたのはいいんじゃない? それでどの役が足りなくなったのよ、ロス子」
「ああ、それが何と数奇な巡りあわせだろうか! これも神の……」
「ええいそういう迂遠な物言いから率直に言いなさい、帰るわよ」
「失敬、欠員が出たのはもともとおかき君に頼もうとしていた役さ。 セリフも少ないので都合がいい」
「いや、本当都合が良いですね……」
おかきにしてみれば都合が良すぎて気味が悪い。
何かしら見えざる手が働いたとしか思えない、そしてその心当たりが1人だけある。
「やはり彼女が何かしらの干渉を……?」
「いや、あの変態にそこまで運命力をコントロールできる力はないはずや。 この結果は偶然やろな」
「持ってないわね、ロスコ。 そういえばあんたのケガは平気なの?」
「ああ、少し捻ったが今はテーピングして痛み止めも打っている。 舞台中は何とか持たせるよ」
制服の裾をまくって見せたロスコの足には、きつく包帯が巻かれて足首への負担を軽減している。
治療としては適切だが、舞台の上で立ち回れる状態かといえば微妙なところだ。
「大丈夫ですか? 痛むなら無理をしない方が……」
「私が舞台を降りるときは死ぬ時だよ、美しき姫君」
「言って聞くような奴じゃないわよ、私もいざってときに目を光らせておくわ。 あんたらは舞台に集中しておきなさい」
「おお、それは心強い味方だ! ……しかし。なぜ急に協力してくれるようになったのかな?」
「じつは困ってる人は見過ごせない性分なのよ私たち」
「ハハハ! そうか、ならそういうことにしておこう。 ……本当に助かるよ、この礼は必ず」
最後のセリフはいつもの大袈裟な演技もなく、ただ真摯な言葉だった。
それだけおかきたちの救援に感謝しているのだろうと思う反面、普段からそれだけ真面目に喋れないのかと甘音は訝しんだ。
「ならうちは新しい農耕機欲しいな、この歳じゃ田植えがきつくてしゃあないわ」
「遠心分離機とオートクレーブ新調したいわね、あとホモジナイザー! ほら、おかきも遠慮せず頼みなさい」
「ロスコさんを破産させる気ですか2人とも」
「平気よ、こいつ実家がかなり太いから。 ポルシェでも頼む?」
「ハーッハッハッハ! 何でも頼んでくれたまえ!!」
「あはは、考えておきますね……それでは時間もないことですし、打ち合わせを始めましょう」
「ああ、そうだね。 こちらが台本だ、台詞は少ないから暗記してもらえると助かる」
ロスコが差し出したのは小冊子程度の厚みしかないホチキス止めの紙束だった。
まだ紙の表面は温かく、印刷ホヤホヤということが分かる。 おかきの合わせて急遽調整された台本だ。
「君の役は幼くして両親を亡くし、ショックで声を失った貴族の令嬢だ。 できそうかい?」
「……ええ、なんとか。 この役にもちょっと感情移入できるところがありますし」
「そうか、頼もしいね。 では少し読み込みの時間を設けよう、そのあと軽く打ち合わせから本番だ」
「しゃあないけどほとんどぶっつけ本番やな、なんかうちの方が緊張してきたわ……」
「うう、私がポカやらかしたら元の役者さんにもご迷惑が……」
「ちょっとやめなさいよウカ、一番緊張してるのはおかきなんだからプレッシャー与えないで」
「ははは! 気にしないでくれ、彼女は君の隠れファンだったそうだ。 あとで花束片手に見舞いにいけばどんなミスも泣いて許してくれるよ」
「それはそれでなんというか複雑な心境です」
――――――――…………
――――……
――…
「ふぅー……ウカ、あんたは店に戻ってていいわよ。 昨日のトラブルでまだ疲れてるでしょ?」
「何言うてんねん、ここまで来たら手伝うわ。 資材の搬入もまだ間に合ってへんようやし」
舞台裏では、いまだに大道具などの搬入に忙しなく人員が動いている。
事故を起こした体育館から資材の移動が終わっていないのだ、人手がまるで足りていない。
「それに疲れてるならお嬢の方やろ、なんや浮かない顔してるで」
「あー……ほら、おかきのことで色々悩んじゃって」
「ほうほう、その心は?」
「……彼女のお姉さんからおかきの話を聞いてね。 まあ話すと長くなりそうだから気にしないで、私もうまく言語化できる気がしないし」
「ほーん、まあ気が向いたときにでも相談してや。 うちはお嬢たちの味方やで」
「ん、ありがと。 ……そういえばおかきすっぴんだけど、舞台に上がるならメイクしなくていいのかしら?」
「ああ、それなら専門の人呼んだって言うとったけど……」
「どいてどいてどいてー! ごめんなさーい、そこ通りまーす!!」
その時、行き交うスタッフの波を掻い潜り、一人の女性が甘音たちの元まで転がり込んできた。
肩で息をしながらそれでも目を爛々と輝かせるその人を、甘音は当然知っている。
といより、たった今話題に上げたばかりの人物だ。
「ハァ……ハァ……やっほ、ガハラちゃん! おかきに呼ばれて飛んできたわ、それでどんなメイク施せばいい!?」
「お、おかきのお姉さん!?」
実の弟をデコレーションできる機会と聞き、実の姉が飛んでやってきた。




