神芝居 ①
「次に子子子子 子子子の驚異的特徴を語るとすれば、信仰的奇跡論の簒奪が挙げられるニャ」
「信仰的……奇跡論?」
「如何にも、読んで字のごとくちゅーるうみゃうみゃ」
マーキスはネコである、話の最中でありながらちゅーるの魔力に囚われ夢中となるもそれもまたネコである。
そんな自由すぎる彼の話を引き継いだのは、珍しく苦労人の顔をした宮古野だった。
「そっちはおいらも専門外なんだけどね、ざっくりと言えば読んで字のごとく人々から信仰を奪うんだよ。 おかきちゃんも多少神に祈った経験はあるだろう?」
「まあ、人並みには……」
おかきとて人である、縁起を担いだり困った時の神頼みという経験は雄太の時代から少なからずあった。
とはいえ、カフカとなってからは神も信用ならなくなったので祈る機会も激減したのだが。
「受験生が自分の受験番号を探すとき、腹痛でトイレにこもるとき、なけなしの石でガチャを引くとき、まるで神に祈らない人間はほとんど存在しない」
「子子子子 子子子はその信仰を奪っていると……それで、奪われるとどうなるんですか?」
「これはまだ未検証の仮説だけど、人間は神を信仰することで奇跡を得られるとされているんだ。 大抵はちょっとした幸運程度だけどね」
「つまり祈り損になると」
「せやな、うちも力出なくなるからいい迷惑やで」
ウカは自分で淹れたお茶をすすりながら愚痴る。
彼女のモデルは日本神話の中でも名のある大神だ、当然ウカもその恩恵を大いに受けている。
「他人の田んぼから水を引き込んでいるようなものですか、しかしどうやって?」
「メカニズムはまだ解明できていない。 だけどおかきちゃんが気にすべきは“どうやって?”よりも“なぜ?”だろうね」
「せやな……」
「ニャんとも……」
「どうしたんですか皆さん」
ウカたちの眉間にしわが寄り、難しい表情のまま腕を組んで黙りこくってしまった。
よほど口に出すのも憚られる内容なのか、その沈黙を破ったのは「三日噛み続けたガム味」のキャンディーを噛み潰した麻里元だった。
「子子子の行動原理は単純だ、やつは神を愛している。 具体的に言えばあらゆる神仏を性愛の対象として見ているんだ」
「……………………ああ、聖愛ですか。 さすがシスター、敬虔ですね」
「違う、性愛だ。 つまり奴はセッ」
「ストップ局長、頼むからそこで止まってくれ。 おかきちゃんも難しいだろうけど今はこの説明で理解してほしい」
「な、なるほど……理解しがたいですが飲みこみ……飲みこ……いや無理ですよ、なんですかその罰当たりな性癖!?」
脳の許容限界を超えたおかきは椅子を蹴倒しながら立ち上がった。
だがその振る舞いを咎めるものはいない、ただ誰もが無理もないと言わんばかりに黙って頷くばかりだ。
「初々しいなあ、うちも最初は同じ反応してたわ」
「ウカっちは存在が性癖ドストライクだもんね、下手すりゃトラウマでしょアレ」
「かつて何があったのかはあえて聞きませんけど、その異常性癖はどちらのものなんです?」
「子子子子 子子子というキャラクターに与えられた設定さ。 原典となる東京ディストピアは名前の通り、超常的存在によって東京が滅んだ後の話でね」
「詳しくは後で電子書籍データを送ろう。 子子子はその中でも超常的存在を信仰……いや、一目ぼれして物語を混沌へ導く存在だった」
「神様だったら誰でもいい感じですか」
「誰でもいいよ、それこそ君の身体に宿る無数の加護すら彼女にとってはいいおかずだ」
「う……へぇ……」
「やめてくれよその反応、説明してるこっちもちょっと辟易してるんだぞう」
思わずおかきは自分の腕を袖で拭うように擦るが、そんなことで神からの加護が消えるはずもない。
潜ってきたシナリオを思い出せば無数に神に愛された身、子子子の性癖からすればおかきの存在はグラビア雑誌のようなものだ。
「すまんなおかき、正直あいつに狙われるならうちやと油断しとった。 それにまさか学園まで攻めてくるとは……」
「いえ、ウカさんのせいではないですよ。 しかしなぜわざわざ彼女を取り逃がしたんです?」
「ニャに、手を出さなかったのではなく出せなかったのだ。 彼女の能力は奇跡論の簒奪、ゆえにその身には多量の奇跡に溢れている」
「雲貝という男を覚えているかい? 彼の上位互換だと思ってくれ、彼女はあらゆる運命を味方につけているといっても過言ではない」
「アレの上位互換ですか……たしかに手を出したくない相手ですね」
雲貝、それは以前におかきたちがカジノで戦ったギャンブラーの名だ。
ウカたちも苦戦し、あわや全滅しかけた“幸運”の能力。 その上位互換とはあまり想像したくない相手だ。
「雲貝はあくまで運がいい範囲で自分に有利な状況を作っていた。 だが子子子は違う、あれは自分のためならいくらでも運命を捻じ曲げてくるぞ」
「SOSシグナルが局長たちに届かなかったのもそのせいですか」
「ああ、子子子に害が及べば都合よく自分を助けてくれる第三者が現れ、都合よく敵の武器が故障し、都合よく隕石や災害が降り注ぐ。 結果、ヤツには傷一つつかず、周りだけが損を被るわけだ」
話しながら麻里元が親指で背後を指し示す。
後ろにあるのはかつて扉だったものの木片たちだ、皆が皆疲弊していたので片づけは後回しにしていた。
よく観察するとわかるが、子子子が立っていた場所だけは不自然なほど木片が落ちていない。
「性質が悪いのかいいのか、子子子本体は一般的な成人女性よりも脆弱だ。 ゆえに我々のような存在が本気で追い込むほど運命が無理やり帳尻を合わせようとして被害が大きくなる」
「かつておいらたちは子子子子 子子子の確保に3回失敗している。 その時の被害額総計は余裕で億を超えるだろうね」
「せやからおかき、あれに襲われたらとにかく逃げの一手や。 時間かかっても必ずうちらが助けに行く」
「できれば二度と会いたくないです」
「それができたらいいんだけどねえ、残念ながら名もなき神の教会は絶賛活動中の危険カルト団体だ。 目的は全人類の奇跡論を簒奪すること、そして全神的実体との性交だ」
「二度と会いたくないですね」
「繰り返すね、気持ちはわかるとも。 だけどカフカである以上、おいらたちはまた彼女と顔を合わせるだろう」
SICKの目的は異常な存在を社会から隠蔽し、正しい形へ戻すこと。
その中には当然カフカの治療も含まれる、子子子もまたカフカである以上は治療対象だ。
「ま、君の貞操が守られたのはなによりさ。 しっかしおかきちゃんってあれだね、変人に好かれるフェロモンでも出してる?」
「キューさん、シャレにならないのでやめてください……」
「へっきし! うー、風邪引いたかしら……ってなにこの扉!? どうなってんのー!?」
「ああ、噂をすれば変人一号が帰ってきたか。 話すかどうかはおかきちゃんに任せるよ、それとマーキス」
「あい分かった、しばらくは護衛に着こう。 彼奴の目的もわからぬゆえ慎重に行きたい」
「目的ですか、たしかにそうですよね」
学園祭に乗じて新たな獲物を吟味しにきた、だけならばまだマシだ。
しかしおかきはその先を懸念する。 なにせ相手は常識の外にいる異常性癖者である。
これ以上何も起こらないことを心から祈り……恐れる。
もし全人類の信仰が子子子子 子子子に奪われれば、はたして奇跡亡き世界は存続できるのか、と。




