閑話:爆弾騒ぎの夜
『なんか大変そうだねー、秘密組織で働くのも』
「まあお詫びに夕食は豪華な出前になったからいいけど……」
『ウケる、出前とれるんだ秘密組織』
怒り狂ったウカと逃げる忍愛によって食堂が半壊した日の夜、おかきは電話口で姉へ愚痴を漏らしていた。
ファミレスでの出来事など外部の人間に話せないことも多いが、それを差し引いてもSICKでの一日は話題に事欠かない。
『ってかさー、雄太さー……この姉に謝らなきゃいけないことが一つあるんじゃない?』
「えっ? な、なに?」
まさかファミレスでの一件がバレたのだろうか、おかきの心臓が跳ねる。
具体的な事実こそ隠蔽されたが爆弾魔の事件自体は偽装情報と共報道されているので、姉の目についてもおかしくはない。
『な・ん・で・さぁ~~~~……!! ファッションに困ったらこの早乙女 陽菜々を頼らないかなぁ!!?』
「………………あー…………」
いわれてみれば、と気づいたおかきは言い訳の言葉も出なかった。
早乙女 陽菜々はデザイナー志望のアパレル勤め、「藍上 おかき」の服を選ぶために頼れる身内として、これ以上ないほどの人材だった。
『後悔してたんだよ、あんたみたいないい素材に私のお古なんか着せちゃってたの……! 仕事中もずっと似合うデザイン考えてた!!』
「いや仕事してくれよ」
『正論なんて聞きたくないし! いいから買った服一通り着て写真送って! あと制服、どこの学校!?』
「えっと、たしか私立赤室学園ってところなんだけど、知ってる?」
『あー、合格。 あそこのデザイン好きだわ』
「いや制服の話じゃなくて」
『冗談冗談、2割ぐらい。 とんでもないエリート学校……いや学園だよ、あと理事長がヤバいくらいイケメン」
8割本気だった姉の話には、びっくりするほど中身はなかった。
おかきの手元には学園のパンフレットもある、こちらを読んだ方が情報量も多そうだが、ほかに目を通すべき資格書も山積みで目を通す余裕もない。
『けど雄太が赤室の初等部かぁ、なんか遠い存在になっちゃったみたい』
「高等部高等部、見た目だけで小学扱いしないで」
『マ? いやーキツいっしょ』
「それは俺も思ったけど……!」
おかきも身長は140cmあるかないかというレベルだ、ぱっと見ただけなら小学生にしか見えない。
しかし中身はとっくに成人済み、「藍上おかき」も20歳の設定だ。
正直高等部でも年齢的には無理をしているが、恨むべきはダイスで低身長を引いてしまったかつての自分しかない。
『まあいいじゃん、高校生のやり直しと思ってさ! 制服も用意できたら写真送ってねー、それじゃ!』
「あっ、ちょっと! ……切れた」
一方的に通話が終わった携帯をベッドに放り、“雄太”は深いため息をつく。
姉の性格を考えれば、本当に写真を送らないと後々うるさいことになると知っているからだ。
「……どうしようかな」
適当に何着か撮って送れば満足するだろうが、この部屋にちょうどいい姿見は置いていない。
洗面台や机の上に鏡は置いてあるが、さすがに全身を収めて写すには難儀なサイズだ。
――――――――…………
――――……
――…
「ということなので、撮影を手伝って欲しかったんですけども」
「すまんなおかき、うちらはこの通り反省中や……」
「もーセンパイが加減知らないからー」
昼間のケンカで半壊した食堂では、首に「私たちがやりました」という札をぶら下げたウカたちが正座していた。
局長によって下された2人への罰であり、明日の朝まで姿勢を崩すことを許されていない。
「まあカメラ撮るぐらいなら正座したままでもできるで、その服でええんか?」
「はい、お願いします」
おかきが今着ているのは、あのアパレル店で初めに袖を通したボーイッシュファッションだ。
マネキン一式をそのまま借りたコーデなので、これなら最低でも及第点はもらえるだろうと踏んでいる。
「うーんセンパイらしい無難な選択って感じ? 新人ちゃんじゃなくてもそりゃ似合うよねーっていう」
「ちなみにおかきが選んだコーデやで」
「さすが新人ちゃんだねぇ!!! ボクにはわかるよこの秋の人気を掻っ攫う最先端コーデ!!!!! 1000万点!!!!」
「舌の根全然乾いとらんやん、油差してんのか?」
「一番着やすいので選んだだけですけどね」
「ほれ、アホは放っておいて撮るでー。 はいチーズ」
ウカに撮ってもらった写真を確認し、おかきはLINE経由ですぐに姉へ転送する。
わずか数秒で既読が付き、返信に至っては10秒未満。
メッセージの内容は「もっと」という素っ気ないものだが、その3文字からおかきが感じた圧は計り知れないものだった。
「どうだった? お姉さん満足した? ていうか美人? 今度ボクにも紹介して?」
「もっと送ってくれ、だそうです。 仕方ないですね」
この展開を予想していたおかきは、用意していた紙袋から新たな服を取り出し、おもむろに着ていた服を
「待て待て待て、おかき待て!! どこで着替えおっ始めようとしてんねん!!」
「えっ? でも食堂は閉まってますし、誰も来ませんよ?」
「うちらがおるやろうちらが! 山田もなんか言ったってや」
「いやーボクとしては全然アリだけど、できれば靴下とパンツは残したまま脱いで欲しいかな」
「ドブカスが」
「いや全裸にはなりませんよ、下に肌着は着てますし。 それに全員中身は男ですよね?」
「それは……そうなんですが……」
おかきの疑問に忍愛は口籠る。
この場にいるのは三者三様の美少女といえる面々だが、全員元の性別は男だ。
「そういえば、カフカって男性しか発症しないんですか?」
「いやー、偏りはあるけど違うんじゃないかな? マッキーとか元々女性じゃなかったっけ?」
「あー、マキさんな。 あの人は女から男のパターンやな」
「マキ……?」
「カフカ5号、キューちゃんに次いで古株の人や。 ……どんな人かは会うまで内緒にしとこか」
「珍しく気が合うじゃんセンパーイ、マッキーは事前情報なしが一番面白いからさ」
あれほど喧嘩が絶えなかった二人が、意地の悪い笑顔を浮かべて通じ合う。
1人だけ仲間外れのおかきは謎の「マキ」という人物に思いをはせ、蚊帳の外からちょっとだけむくれて見せた。
「ほう、新人いじめとはずいぶん余裕があるなお前ら?」
「「ヒッ!?」」
「あっ、局長。 どうも」
いつの間にか意地悪な2人の背後には、マシュマロを浮かべたコーヒーを持った局長が立っていた。
食堂への入り口はおかきの背後にあるはずだが、どうやって音もなく回り込んだのだろうか。
「いや、気が利かなくて済まないな。 罰のつもりがガールズトークを楽しませてしまうとは、次は算盤石と伊豆石を持参しよう」
「あかんて局長! SICKはアットホームでホワイトな職場やなかったんか!?」
「石抱きは2回でお腹いっぱいだよぉ!!」
「逆に2回は抱いたんですね」
必死に抗議する忍愛は明らかに拷問の痛みを知っている者のそれだ。
いったい彼女は過去に何をどこまでやらかしたのだろうか。
「それでおかき、こんな時間になぜ出歩いている? 小腹が空いたなら夜食の備えがあるが」
「いえ、実は……」
懐から「スターゲイジーパイ味」と書かれたアメを取り出す局長を制し、おかきはこれまでの事情を説明した。
それにしてもいつもアメを持ち歩いているのだろうか。
「なるほど、そういう事なら明日まで待ってもらえ。 君の制服が仕立て終わる」
「えっ、早いですね」
「遅れるよりはいいだろう、地下にこもって餓死するわけにもいかないからな」
「おっ、おかきもとうとう学園デビューか。 同じクラスになるとええな」
「ちなみにサポーターとしてお嬢が付く、学園でわからないことがあれば彼女に聞くといい」
「「ああ……」」
「なんですか2人とも急に」
お嬢という単語を聞いたウカたちが、途端に憐みの視線をおかきへ向ける。
「パラソル製薬は知ってるか? あそこはSICKのスポンサーでな、カフカたちの学園生活を裏から手助けしてもらっている」
「まあ、お嬢は悪い子やないから……気張りや」
「マキさんといいお嬢さんといい、なんで何も教えてくれないんですか……」
「新人ちゃん、その方が面白いからだよ」
「マキ? ああ、マーキスのやつか。 なら私も黙っておこう、楽しみは後にとっておけ」
「SICK嫌いです……」
その日の夜、おかきはまだ見ぬ者たちとの出会いにおびえながら、眠れない夜を過ごしたという。




