ふしぎもののけゆうやけこやけ ⑤
「お疲れ様ー、災難だったね今日は」
「ケガはないか? 一応メディカルチェックを受けてこい、準備は済ませてある」
「あ、ありがとうございます……」
おかきたちが地下基地へ帰還すると、入り口では麻里元と宮古野の2人が待っていた。
後ろでは白衣を着た医療スタッフも控えている、皆3人の帰還を心配して待っていたらしい。
「お手柄だったな、おかき。 君がいなければ被害が拡大していたかもしれない」
「いえ、気づいたのは偶然で……」
「偶然じゃないさ、おかきちゃんの設定が十全に生かされた結果だよ。 早い段階から犯人に目をつけていたんだろう?」
「それは……まあ……」
おかきにとっては不思議な経験だった。
自分ではない誰かが脳を間借りして答えを出しているような、思考の過程と結果が剥離している感覚。
「探偵」としての異様な思考能力に、気味の悪さを感じるおかきは喜んでいいものか言葉に詰まった。
「不思議だろう? それが自分の中にカフカの人格があるということさ、難しいけど慣れるしかないよ」
「……もしも慣れなかったらどうなるんですか?」
「精神に多大なストレスがかかって最終的には廃人さ、うまいこと折り合いをつけるしかない」
「ねえねえキューちゃん、新人ちゃんばっかり褒めてないでボクの活躍を語ってみない? そろそろ承認欲求が限界だよ?」
「そこのピンクほど図太くなれとは言わないけどね、メンタルチェックもちゃんと受けてくれよー」
うざったい絡みを一蹴される忍愛を見て、SICKでの彼女の扱いをおかきは理解した。
そしてここまで素っ気ない対応をされる原因が本人にあるということも、なんとなく察してしまった。
「ねえボクの次くらいに可愛い新人ちゃん? どう思うあれ? ボク頑張ったよね、君の命助けたもんねぇ!?」
「はぁ……その節はとても助かりました」
「うんうん、どこぞの性悪狐と違って新人ちゃんはいい子じゃないか! ってかLINEやってる? よかったらこの後コ゜ッ!!」
ウカの見事なリバーブローが決まり、忍愛が腹部を抑えて悶絶する。
「おう、おかきに迷惑掛けんなや山田。 大体お前にもっと早く連絡つけば簡単に事が片付いとんねん」
「だ、だってぇ……新作コスメがボクを待ってたからぁ……あと山田って呼ぶなぁ……!」
「……忍愛さんっていつもこんな調子なんですか?」
「せやで、こんなんでも忍者なんよ。 モデルはシノビクラッシャーって漫画なんやけど」
「せ、せっかくこんな可愛いボクになったならさぁ……楽しまなきゃ損だよ……!!」
「見ての通りカフカになって人生エンジョイしとる、戦力的に無視できん人材なのがほんま厄介でな」
「たしかに、すさまじい身のこなしではありましたね」
ファミレスに飛び込んで爆発寸前の時限爆弾を外へ蹴り出したあの動きは、とても人間の者とは思えない速度と精度だった。
単純な身体能力だけで考えれば、人間の限界を優に超えている。
「新人ちゃん、美少女はいいよ……どこ行ってもチヤホヤされるし可愛いし、なにやってもチヤホヤされるし、何より自分が可愛い!!」
「おかきに変なこと教えんな阿呆、ほらさっさとメディカルチェック終わらせるで」
「あー、せめてお姫様抱っこで運んでぇー……」
芋虫のようにうごめく忍愛の襟首をウカが引っ掴みむと、お米様抱っこで基地の奥へと運ぶ。
おかきもそのあとをついていく形になるが、疲労で足取りは重く、頭の中ではファミレスでの出来事がグルグルと回っていた。
「……あっ、そうだ。 局長、あの男性はどうなりました?」
「警察組織に潜伏しているSICK職員が監視している。 意識が回復次第インタビューを行う予定だが、おそらく正気は保っていないだろう」
「そうですか……それでも命は助かったんですね」
「それが幸せなことかはわからないがな。 ほら、早くいかないと2人においていかれるぞ」
麻里元にせかされ、再びおかきはウカたちの後を追いかける。
その姿を見送ると、麻里元は加えていたアメを一息に嚙み潰した。
「浮かない顔だね、何か嫌なことでもあった?」
「腐るほどある。 解決こそしたが今回の事件は完全に後手に回っていた」
「しかも目的も正体も一切不明だからねえ、おいらの敷いた捜索網も全部空振りだ」
「ただのテロリストが相手じゃないな、しばらく警戒を強めるぞ。 カフカたちにも伝えておいてくれ」
「了解、それともう一つよろしくない報告。 ウカっちに脳天ワインボトル食らった男だけど、体内から薬物成分が発見されたよ」
「そうか、種類は?」
「わからない。 覚せい剤の類だと思うけど未知の構成要素が含まれていた、今のところ急ピッチで解析を進めている」
「そうか、そちらの仕事は任せたぞ。 私は例の女について調査を進めよう」
「了解。 互いにしばらく徹夜になりそうだね」
「いつものことだろう? なに、5徹までは誤差さ」
――――――――…………
――――……
――…
「あ゛ぁ゛ー、しんど……すまんなぁおかき、息抜きのつもりが大変なことになってもうたわ」
「いえ、ウカさんのせいではないですよ。 今日はいろいろと助かりました」
メディカルチェックを終えたおかきたちは、そのまま食堂へ足を運んでいた。
なにせ爆弾魔騒ぎのせいで昼食を食い逃している。 すでに時刻は15時過ぎ、おかきたちの空腹は限界を迎えていた。
「何はともあれ腹ペコやー、神力も使ったせいで余計に!」
「神力ってあの狐火や幻覚のことですね、あれはモデルの能力ですか?」
「せやで、うちは神様の力を扱えるんや。 あとキツネっぽいこともできる」
「新人ちゃん新人ちゃん、ボクもすごいよ! 忍者っぽいことならできるから!」
すると2人の会話に、まだ元気の有り余っている忍愛が乱入してきた。
そして自慢げに胸を張る彼女は、マフラーや袖の隙間から大量のクナイや煙玉を取り出してみせる。
「忍者っぽいことって分身の術とかですか?」
「ふふーん! バイオレンスフォックスセンパーイ、試しにボクを殴ってみなよ!」
「うちの拳が真っ赤に燃えるゥ……!」
「おや、さてはマジに殺ろうとしてるな? このキュートなボクを?」
「くたばりやがれえええええええええええええッッッ!!!!!」
躊躇いもなく狐火を纏って振り抜かれたウカの拳は、まるで障子紙のごとくたやすく忍愛の腹部を貫く。
あわやスプラッターめいた惨事かと思われたその瞬間、忍愛だったものはドロンと煙を上げて人間大の丸太へと姿を変えた。
「チッ、仕留め損ねたか!!」
「センパイ知ってる? 仲間は仕留めちゃいけないんだよ」
風穴を開けて転がる丸太の代わりに、天井からドン引きという顔をした忍愛が下りてくる。
彼女の腹には焦げ跡ひとつなく、まったくの無傷だ。
「おおー、変わり身の術」
「どう? すごい? かっこいい? 可愛い? 心行くまで褒めてくれていいんだよ!」
「おかき、調子に乗るから放ってええで。 まったく腹減ってるときに余計な体力使ってもうたわ……」
「あっ、それならボクがご飯とってくるよー。 新人ちゃんは何にする?」
「いいんですか? それなら日替わりAランチをお願いします」
「了解了解、センパイは油揚げでいい?」
「なんでやねん、うちは鳥照り焼き定食で。 けど珍しく気が利くな、どないした?」
「いや、さっきセンパイの財布スったから懐は痛まないし。 じゃあボクはグレートデリシャスパフェ一つね、ゴチになりまーす!」
「はっ?」
いつの間にかその手に握った破魔矢のストラップ付き財布を振り、忍愛の姿が一瞬で消える。
数秒遅れてウカが自らの腰ポケットを探るが、空っぽの布地を引っ張り出すだけだ。
「…………ちょっと待っとってなおかき、あのカス荼毘に伏してくるわ」
「き、局長ォー! キューさーん! 誰かー!!」
SICK雇用初日、おかきは半壊した食堂で一人カップラーメンをすする洗礼を受けることとなった。
【山田 忍愛】 158cm/48kg/好物:回らない寿司
ゴウランガ! カフカ症例第11号のエントリーだ!
そのバストは実に豊満であった。 いっぺんの曇りなきどこからどう見てもJKのニンジャなのだ。
モデルは漫画「シノビクラッシャー」3巻に登場した“サークルクラッシャー”の異名を持つキャラクター。
1巻まるまる掛けた事前の入念な仕込みによって、主人公たちが所属するサークルを崩壊寸前まで追い詰めたが、正体を暴かれると主人公の手により哀れ爆発四散した。
戦闘シーンはなんとたったの3コマ、事前工作の手間に比べてかなりあっさりとやられたせいか、一発キャラの割にカルト的な人気が出てしまった。
そしてその人気が買われてか、およそ一年後に(どう見ても爆発四散したはずが)ひょっこり再登場。 さらに単独スピンオフまで発表され、全国100億2000万人の山田ファンたちが“幻想”じゃない“黄金時代”の帰還に歓喜した。
カフカとしての能力は非常に優れた身体能力に加え、「影分身」「変わり身」「火遁の術」など忍者らしい非現実な技も一通りこなせる。
さらに懐には夥しい数のクナイや忍者道具が収納されている。
風のような速さで駆け、高層ビルも一飛び、手刀を振るえば名剣がごとく、脚を振るえば丸太をへし折る。
近接戦闘能力だけでいえば、間違いなくSICKトップクラスの実力を持つ。
人格は本来のものが強く主張しており、山田 忍愛の人格は奥に引っ込んでる。
というよりも宮古野曰く「両者大して変わりない性格だからどっちが表に出ても変わんない」らしい。
忍者らしくない目立ちたがりで生意気な性格。 つねに承認欲求に飢えており、カフカを発症して美少女となったことでさらに悪化。
最近では初めての後輩ができたこともあり、通常の3割増しで鬱陶しくなったとのこと。
実力はたしかだが、その性格から独断専行や命令無視など目に余る行動も多く、職員として雇用を続けるのはどうなのかと問題視する声も多い。
姐御肌なウカとは仲良く喧嘩する間柄で、よくからかってはシバかれる毎日を過ごしている。
身体スペックを考えれば避けるのはたやすいはずだが、なぜかウカの拳を躱せないのが永遠の謎。
おかきのことは大事な後輩として(本人としては)可愛がっているつもりらしい。
最近の趣味は自分のルックスを生かして男をからかう事、あいつ絶対そのうち痛い目見るでとウカはぼやいている。




