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ふしぎもののけゆうやけこやけ ④

「最初にこの店に入ってきたときから、違和感はありました」


 額から冷や汗を流しながら、おかきは気丈に言葉を振るう。

 目の前の女性はそこに立っている、ただそれだけのことがひどく恐ろしい。

 次の瞬間に絶命するかもしれないという恐怖に苛まれながら、おかきは必死に頭を回転させていた。


「入店の順番ですが、男性が先だったんですよ、あなたではなく」


「んー、それの何がおかしいんや?」


「えーと、もしウカさんが人質を取るとしたらどうします? 銃やナイフを持っていたとして」


「そりゃ後ろから銃突きつけて……あっ」


 人を脅して移動させる場合、自然と脅迫者は背後に回る形になる。 だが爆弾魔たちは、男が先頭となってこの店に入ってきたのだ。

 おかきもつい最近、背後から銃を突き付けられて拉致された経験があるからふと気づいた。 


「そのときはまだ違和感程度でした、しかしその後もあなたはちょくちょく命乞いをするようなそぶりで男性の行動を操っているような気がして」


「あら、その程度の根拠で追い詰めてみたら偶然当たっちゃったわけ?」


「決定的なのは、ウカさんが天井から奇襲を仕掛けた時でした。 私が背後を指さしたとき、()()()()()()()()()()()()()()()()()


「…………」


「私の演技が棒だったのもあるでしょうけど、それでもあなたがただの被害者なら反射的に振り返ってもおかしくはない」


「騙されなかったのは、あなたの演技がブラフと気づいたから」


 おかきの言葉を、不気味な笑みを浮かべた女性が引き継ぐ。

ヘビのように絡みつくじっとりとした視線に、おかきは一瞬たじろいだ。


「せやからおかきは、うちにこっそりお前の動向を気にしてくれって指示出しとったってわけ。 ……ええ加減往生せえ、お前はいったい何者や?」


「あら、邪魔しないでよ狐ちゃん、私は今こっちのかわい子ちゃんと話してる。 それとも力づくで搾り上げて……」


「“かけまくもかしこき倉稲魂大神うかのみたまのおおかみよ、常世現世とこようつしよの仲執り持ちがかしこみもうす―――――”」


 ウカが厳かな声色で何事かを唱えると、彼女の傍らに二つの狐火が現れる。

 それは瞬く間に1m以上の大きさに膨れ、狐の形を成してうなり声を上げ始めた。


「あら、すごい手品ね。 でも子供だけで火遊びは危険よ?」


「じゃかあしいわ、火傷したくなけりゃさっさと降伏しい」


「うふふ、怖い怖ぁい……けど、こんな火薬まみれの場所で火を焚くなんてちょっと不用心じゃない?」


 言うや否や女性は突然、足を振り抜いて自らの靴をウカへと蹴り飛ばす。

 すぐさま狐火が飛び出て射線を遮り、靴と炎が触れた瞬間、小さな爆発がウカとおかきの視界を奪った。


「チッ、靴にまで火薬仕込んどったか! おかき!!」


「ケホッ! わ、私は大丈夫……」


「楽しかったわ、探偵さん。 お礼にこれあげる」


 煙によって視界が奪われたほんの一瞬。

 そのわずかな隙をついた女はウカと狐火の間をすり抜け、おかきの目前まで迫っていた。

 片手に握った小さな目覚まし時計を、おかきに向けて投げ捨てながら。


「……えっ?」


「あかん、逃げろおかき!!」


 ウカの声や心臓の音よりも、おかきの耳には時計が刻む秒針の音の方がはっきりと聞こえた。

 スローモーションに見える景色の中、宙を舞う時計の針は今まさに12時ちょうどを指そうとしている。

 爆弾、時計―――――もしすべての針が12時に重なった時、何が起きるかなんてわかりきっている。


 だが頭の回転に足は追い付かず、逃げようにも残された時間はあまりにも少なかった。



「―――――あっれぇー? もしかしてセンパイしくじっちゃった?」


 おかきが死を覚悟したその時、ガラス窓を突き破って一陣の風が飛び込んだ。

 ピンク色の残光は瞬く間におかきの目前まで迫ると、華麗な回し蹴りで目覚まし時計を吹き飛ばす。

 そしてガラス戸を突き破った時計は、路上をツキジめいて転がった瞬間、タイマーが作動して哀れ爆発四散した。


「――――いっえーい! やっぱりボクって天才的? 可愛い? しかもピンチに頼れちゃうって最強じゃないかな?」


「えっ、え……? だ、誰?」


「おい山田ァ!! 何遅れてやってきて調子ぶっこいてんねん!!」


「ちょっとぉ、いつも名字で呼ばないでって言ってるじゃんパイセン! しかも後輩ちゃんの前で!!」


 狐火を連れたウカと、乱入してきたピンク髪の少女が言い合いを始める。

 カーディガンを羽織った制服姿に、血のように赤いマフラー。

 そして秋服の厚みからでもわかるほど、その少女の胸は豊満であった。


『やあやあ、助っ人が間に合ったかな。 全員無事?』


「はいはいはーい! ボクこと忍愛(しのめ)が華麗に綺麗に美麗に解決しちゃいましたー、褒めて褒めて?」


「……ウカさん、こちらの人は?」


「こいつは山田 忍愛、さっき話しとった11号や。 呼び名は山田かカスでいいで」


「キューちゃーん! いじめだよ、可愛いボクがいじめ受けてるよ!!」


『はいはい、アイドルじゃないんだからその自己主張はやめようね。 それよりあの爆弾犯は?』


「えっ、爆弾犯? ……あー……ボクのあまりに華麗な登場に怖気づいてどこか行っちゃったかな?」


 今の騒動に紛れて逃げたのか、気絶している男だけを残し、あの女性の姿はどこにもない。

 ウカやおかきの目を逃れて逃げた手際を考えれば、今から追いかけるというのも難しいだろう。


『よーしやっちゃっていいぞウカっち、顔は駄目だよ腹狙え腹』


「よっしゃ歯食いしばれ山田ァ!!」


「ちょっと待ってちょっと待って謝るから痛くしないでやさしくあ゛び゛ぁ゛ー!?」


「……キューさん、いつもこんな感じなんですか?」


『そだねぇ、いつもよりはまだ大人しいかな』


「これでまだ……おっと」


 おかきが尻もちをついてその場に倒れる。 

 一度は爆死しかけ、九死に一生を得た安堵からか、おかきは膝が震えて立ち上がれない。


「おかき、大丈夫か!? すまん、うちの判断ミスや!!」


「だ、大丈夫です……ちょっと安心して、腰が抜けてしまって」


「えー、新人ちゃんちょっとビビりすぎじゃなーい?」


「“かけまくもかしこき……”」


「初めての修羅場にしてはよく頑張ったとボクは思うな!! とても偉い!!!」


「まあまあ、忍愛さん……でしたっけ? ありがとうございます、助けていただいて」


 おかきが膝をついたまま、自分と同じく腹を抑えて地に伏す忍愛へ頭を下げる。

 爆破の威力からしてウカはともかく、あのままではおかきは無事じゃすまなかったはずだ。

 命をつなぐことができたのは、風のような速度で駆け付けてくれた忍愛のおかげに他ならない。


「あんま褒めんといてな、こいつすぐ調子に乗るから」


「センパイ、ムチのほかにアメも与えないと人材って育たないんだよ?」


『なんだ、アメがほしいならやるぞ。 味噌田楽味』


 宮古野と交代したのか、端末のスピーカーから聞こえてきたのは麻里元の声だ。

 

『災難だったな、おかき。 事後処理はこちらで行おう、君たちは三人そろって一度基地に戻る様に』


「ちょっと待ちぃ局長、あの女はどないすんねん?」


『今SICKのエージェントが足取りを追っているが、周囲の監視カメラに手掛かりひとつ映っていない。 追跡は厳しいだろう』


『伝達ー、ファミレスの映像を解析したところありゃ特殊マスク被ってるよ。 顔認証で探すのも無理だ』


「変装していたってことですか、全然気づかなかった……」


 おかきの胸に後悔がにじむが、あんな状況では女性よりも起爆装置を握る男の方へ視線が向いてしまう。

 あの場にいた誰もが気付かない状況で、おかき一人だけに責任があるわけではない。


『なに、おかきちゃんは十分お手柄だったよ。 君がいち早く気付いたからおいらたちも素早く手回しできたんだ、後手後手に回っていたら爆弾の解除すら怪しかったぜ?』


「せやせや。 さすが探偵、いい仕事してたで」


「ねえボクは? ボクはもっと褒めてくれないの?」


「心臓に毛が生えとってうらやましいなあ」


「えっへへへへ、それほどでも……」


『そこのバカは放っておけ、そちらに迎えの車が到着しているはずだ。 人目に付く前にさっさと戻ってこい』


「はい、すぐに帰還……おっと」


『どうした、何か気になることが?』


「いえ、危うく忘れ物をするところでした」


 おかきは自分たちが座っていたテーブルから、席に置いてあった荷物を回収する。

 幸いにも服に被害はない、これまで失ってしまったら今日一日の苦労が水の泡になるところだった。

 そして今度は決して忘れぬように、おかきは紙袋を抱きしめながらウカたちとともに帰路についた。

【稲倉ウカ】 145cm/42kg 最近嬉しかったこと:ツッコミ役が増えた


カフカ症例第8号、おかきの先輩となる二次元モデル型カフカの一人。

モチーフとなったキャラクターはライトノベル「御狐と更新料」に登場するメインヒロイン、稲倉ウカ。

ややエセ交じりの大阪弁で喋り、姐御肌で面倒見のいい人物。

元々は神社で働く神職の身だが、ある時ご当地企画として、上記ラノベとのタイアップが行われることに。

一応これも仕事なので内容に目を通したところ、すっかりサブカルの沼にはまってしまった哀れな犠牲者となる。

そして翌日、目を覚ますとカフカを発症。 驚いて周りの家族や同僚に相談するも、発症したモデルの能力が暴走、現人神と崇められてあわやカフカの情報が全国に拡散する危機に。

いち早く保護に駆け付けたSICKの協力により、なんとか事態は収束。 ウカも職員として雇用される運びとなった。


モチーフから引き継いだ設定として、神から力を借りることで様々な超常現象を引き起こせる。

狐をイメージした幻覚や、狐火の発生。 豊穣神の側面として植物を自在に成長させるなど、非常に能力の自由度が高い。

宮古野曰く、「ジャンルが能力バトルじゃないから自重や箍たがが設定されてない」とのこと。

場合によってはそれこそ神に匹敵するのではないかと恐れられ、要監視。


ウカの人格はモデルの側面が強く出ており、遠くから本来の人格が手綱を握っているような感覚だという。

ただウカ=神の力を使うほど人格の浸食が発生し、狐耳や尻尾が生え、だんだんと喋り口が大阪訛りから京都訛りへと変化。

性格もきまぐれで残忍なものへと変貌し、敵味方の区別がなくなるため非常に危険。

彼女の神力開放はSICKにとっても使ってはならない切り札という認識である。


「御狐と更新料」は主人公が亡くなった祖父の遺品を片付けるところから物語が始まる。

古い蔵の中、その奥で奉られていた神棚を片付けていると、主人公の目の前に狐耳の小さな少女が突如として現れる。

その少女、ウカは神様を自称し、祖父が亡くなったことで信仰が霧散、このままでは今年分の神格更新料が払えないという。

ひょんなことから神様に憑かれた主人公は、信仰回収のために古びた町を復興させ、お社を立て直さなければならなくなった。


名前の由来は日本で幅広く信仰されている女神、倉稲魂命(うかのみたま)から。

五穀豊穣や商売繁盛を司るいわゆる稲荷神として知られているが、お狐様は彼女の御使いであり、本人に狐の要素はない。

ただ創作的なわかりやすさを優先し、「御狐と更新料」では狐の装飾が施されたと考えられる。

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