11ー1 十代目『贄の魔女』ティアナ 1
初等学校に通いだす少し前から、私には人外の生物が見えていた。
何を話しているのかは分からないけれど、気がつくと私の周りに集まってくる小さな生き物に視線を向けていると周りの子達は私から離れていった。
「ティアナちゃんて、なんか気持ち悪い」
「お化けが見えるらしいよ、あの子」
「一人で草むらでブツブツ話しているの見たことあるよ」
誰も相手をしてくれないから私はよく一人でお気に入りの本を読んだり、その本の物語ごっこをしていた。美しい髪に綺麗なリボンをつけた主人公の王子様が、仲間の魔術師や騎士、狩人と協力し、ドラゴンから可愛らしいお姫様を助けて幸せに暮らす物語。
騎士に憧れた私は、銀の剣のオモチャをいつも携えて架空のドラゴンとよく戦っていた。
何故か私の中では助けるべき保護対象は綺麗な髪の王子様に変わっていたが、1人遊びのあと私は言うのだ。
「泣かないで美しい王子様。私があなたを守ってあげます。さあ、その美しい髪に私の忠誠の証のリボンをつけましょう」
王子様からお姫様への台詞を、勝手に騎士から王子様への台詞として改竄し、誇り高き騎士として日々ごっこ遊びに一人勤しんでいた。
それでも、どんなに変わった行動をしても両親は私を愛してくれた。
「ティアナはティアナらしくいればいいわ。恥じることなんてない」
「お前は、活発な子だから剣術の稽古に通ってみたらどうかな」
友達が出来ない私に、放課後の稽古を薦めてくれたり、休日は三人で王都内の色々な施設に遊びに行った。どんなにおかしな行動をとっても、変なことを言っても、パパとママは優しく笑うばかりだ。
「ティアナはね、なかなか子供が出来なかったパパとママのところに来てくれた、神様から預かった宝物なのよ」
ママは目を細めて言った。
「パパとママはね、なかなか赤ちゃんを授からなかったから二人で教会にお祈りに行ったんだよ。そしたらね、お祈りの最中に神様が現れたんだ」
「神様?」
首を傾げると、パパは私の頭を優しく撫でた。
「真っ白い綺麗な神様。お顔は見えなかったけど、頭に声が響いたんだよ。神様の一番大切な子を、二人の子供として授けようって。その代わり、その子は神様の愛し子でもあるから、パパとママの命が尽きるまで愛し慈しみなさいって」
「ふぅん?」
「だからね、パパとママはティアナがどんな普通と違ってても、わかっているから驚かないんだよ。だってティアナは神様が大切にしてる、特別な子だから。特別だから、普通じゃなくて当たり前なんだよ」
「じゃあ、私が王都から出ては行けないのも神様が言ったから?」
「そうだよ。大人になるまでは、決して王都から出すなと神様から言われた。ティアナを授かった時の神様との約束だ」
両親は何があっても決して私を王都から出さなかった。神様との約束だと言っていたけれども、王都の結界魔法陣のせいで、本で見たドラゴンや魔物をまだ一度も見れていないのが少し悔しかった。
私は優しい両親からたくさんの愛を貰い元気に育った。
ただ12才になる頃から、だんだんとおかしな夢を見始めた。知らない村の知らない女の子の悲しい夢を。
怖い顔をした大人達、容赦ない石礫、夢の中で何度も親を求めて泣き、目が覚めると、怖くて両親のベッドに走った。
私を唯一助けてくれた白い髪の悪魔の夢を繰り返しみる頃には、今まで寄ってくるだけだった生物の言葉がわかるようになった。
彼らは私を『魔女』と呼んでいた。
夢の中は怖いことでいっぱいで不安になったけど、起きたらパパとママが優しく頭を撫でてくれていたし、ママの美味しいごはんもお腹いっぱい食べれたから、夢が怖くても平気だった。
こっちが現実だって、パパとママの手が、匂いが教えてくれた。
13才の誕生日の夜、両親にたくさんお祝いをしてもらったその日、私は窓を開けて空を見上げていた。手には買ってもらった真新しい銀の剣を抱えて、いつになく心臓がドクドクと早く動き、体が馬鹿みたいに熱くて、私は夜風に当たりながら胸を押さえていた。
「魔力が溢れすぎて外まで薫ってるよ」
声が聞こえ、闇夜から這い出るように白い髪の男の子が現れ窓からふわりと部屋に入った。
長くて白い睫毛の下には、赤々とした宝石のような輝く瞳、無表情の整った顔の下の首には黒いリボンで結ばれた小さな鈴が、リン······と涼やかな音を奏でた。
ずっと夢だと思っていた。
いるはずが無いと思っていた。
私の絶対的な味方。
何があっても私を裏切らない、唯一無二の私の守護者。
「········ノエル·······?」
「久しぶりだね。良かった、今度は誰にも苛められてないね」
「·······今度は?」
「アルとして死んでから、もう9回目の転生だよ」
「死んで······?」
「アルの記憶は夢でみたでしょ?アレは君の前世。遠い過去の君の思い出。『贄の魔女』として、君は数えて10代目になる」
「············アレは、私なの?」
ふわりと私の体を抱いて、頬と頬をくっつけた。体から空気がぬけるように、熱さが引いていった。
「ああ、なんて美味しい。僕の魔女。変わらず君の魔力は蕩けるようだね。頭が痺れる程濃厚だ」
「ノエル······私は····私はやっぱり魔女なの?私は······あの夢のようにまた、みんなに嫌われるの?また、みんなに石を投げられるの?」
「落ち着いて、大丈夫だから。君は何度も転生を重ねて、少しずつ少しずつ君自身が幸せに生きていける世界を作ってきたんだ。もうアルの頃のように辛いだけの人生ではないよ」
「本当に······?」
「ああ、少なくとも君は親に優しくされているだろう?苛められていないだろう?」
「·······うん。二人とも優しいよ」
「うん。大丈夫だ。僕がいる。何があっても」
「·······うん、そうだね。ノエルがいる」
ノエルが私から少し離れて手に触れた。相変わらず人型になると彼から熱を感じない。鈴が、リン······と音を立て、ノエルは赤い眼でじっと私を見詰められ、たくさんの感情が溢れて涙が出てきた。
「さあ、僕の魔女。今世の君の名前を教えてよ」




