10-2
「ハインリヒ様!そんなへっぴり腰にならないで!」
「いや、これは無理だ······!滑る!」
「スケートは滑るものなんです!」
ハインリヒ様は、フォルカーさんが用意してくれたスケート靴を履くとがっちりと私の両腕に掴まり氷上を震えながら滑っていた。
私は子供の頃から公立公園のスケートは毎年両親とやっていたので割りと馴染みがあるが、ハインリヒ様は初めてらしい。
手を引きながら後ろ向きで滑る私に、向い合わせで腰を引きながら滑る彼は、いつもの堂々とした振る舞いとは正反対で生まれたての子鹿のようだった。
「中心から外側に滑るんです」
「こうか?」
「そうです!さすがハインリヒ様!」
子鹿だった彼は私と共に練習を重ねて何度か氷の上に尻餅をついていたが、一時間もするとかなり上手に滑れるようになっていた。基礎能力が高いハインリヒ様は何をやってもすぐに上手くなるのだ。
慣れてくると私を逆に引っ張り初めてくるくると回り始めたハインリヒ様は声をあげて笑った。
「ほら!ティアナこっちに来て!」
「危ないですよー!わああ」
「わっ」
ドスンとぶつかるとお尻から氷の上に落ちた。二人で豪快に転んだのが可笑しくて、転んだまままた笑い続けてしまった。
「どうです?以外と楽しかったしょう?」
「ああ、氷の上を滑るだけなのに凄く楽しいな」
ベンチに座って、スケート靴を脱ぐとハインリヒ様は頬と鼻先が少し赤かった。晴れているとはいえ、屋外で二時間近く二人ではしゃいでいたのだ。体は冷えきっているだろう。
「近くでランチをしましょう。美味しいカフェがあるとララから聞いているんです」
待っていて貰った馬車にまた二人で乗り込むとハインリヒ様はクスクスと楽しいそうに笑いだした。
「楽しいな。今日はティアナとずっと手を繋いでいる」
「お嫌でしたら、無理されなくても······」
「いや、嬉しいんだ。ずっと一緒だから。以前よりもずっと楽しい。手を繋ぐとお前の顔がよく見えるし、二人で笑い合える」
確かに、ハインリヒ様がおかしくなっていた間はいつも辛そうだったし、くっつき過ぎて表情が読み取れないし、笑い合うことも会話することも少なかったように思う。
今は二人とも手袋をして直接触れている訳じゃないのに、ずっとその存在を近くに感じるのだ。
目的地に着くと、スケート靴を馬車に置いたままにして、ハインリヒ様の手をとって降りた。入ったのは自家製パンのサンドが自慢のカフェだ。
ララが言うには、女性に人気なのはフルーツを挟んだサンドだ。楕円形のふんわりとしたパンの真ん中の切れ込みに、たっぷりとしたクリームと沢山の種類のフルーツが入っている。
男性には甘辛いソースが絡んだ牛肉のパティが挟まったサンドが人気だという。
「私はフルーツサンドと紅茶を」
「俺は······ハーブチキンにしようかな······飲み物は同じ紅茶を」
「畏まりました」
店員に注文を頼むと、テーブルの向かい側でハインリヒ様はニコニコと笑っていた。
「お腹すきましたね。沢山動いたから」
「そうだな」
「ハインリヒ様、ハーブチキンお好きなんですか?」
「どうだろう······この間、ティアナがくれたサンドイッチは美味しかったぞ、フフ」
「う······あれは」
サンドイッチどころか指を舐められた記憶がある。恥ずかしいので必死に話題をはぐらかす。
「ま、まあ。それは置いておいて。ハインリヒ様は、私によくご飯と一緒にデザートつけてくれますよね?ご自分ではつけないのに」
「女性は、甘いものが好きだろう?」
「それは一体どこの情報ですか?」
「師匠だ」
「あはは、なるほど」
そういえばアレクシス様のお屋敷に言った時は隙あらばデザートが出てきたっけ。
「まさか······嫌いだったのか?甘いもの」
「大好きですよ。今だってクリームたっぷりの甘いサンド頼みましたし」
「そうか······良かった」
ハインリヒ様は安堵して、柔らかく笑った。
サンドが届き、そのまま手掴みでたべるとクリームの甘さとフルーツの酸味が合わさって、美味しさに自然に笑顔になる。
「美味しい!」
「そうか····ほら、口元」
ハインリヒ様は指で私の唇を拭うと、指についたクリームをペロリと舐めて、口角を上げる。
「甘いな」
「······!は、ハインリヒ様ってば。そんなの魔術庁のファンにしたら、彼女たち泣いて喜びますよ」
「お前は?」
「はい?」
「······何でもない······ほら、零れてるぞ」
「サンドって端っこがいっつも溢れちゃうんです」
「そうか。可愛いな、お前は」
ハインリヒ様はニコニコて笑いながら、零れたクリームを私の唇から拭っていた。




