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新年が明けて一ヶ月が経過していた。月は跨いで、寒さは日々厳しさを増している。
外は寒くて、ここにきてどんどん降雪量を増やしていた。冬用ローブを羽織って、さらに魔術庁の制服の下には厚手のニットも着ているが、冬の海風は雪と共に吹き荒れとても冷えていた。
ハインリヒ様と私は、今日はレプラコーンという妖精の対処に私達は海の近くの岩場来ていた。
「ハインリヒ様!準備はいいですか?」
「······ああ」
私と目を会わせないまま、彼は小さく返事をした。
レプラコーン自体は妖精のため、魔法使い以外の人間には通常見えない。彼らは金属を巣に集める習性を持ち石や人間の服飾品や財宝を溜め込んでいると言われている。
巣は大体岩場や地下にあるのだが、保管している巣穴までは迷路のようになっており、たくさんのトラップも仕掛けられているという。
今回、洞窟の入り口は見つけられたもののまだ詳しい調査はされていないらしい。
「じゃあ今回は調査がメインですかね。妖精だと普通の人間には見えないですもんね」
「······そうだな」
ハインリヒ様は松明に火を灯すと浮遊の魔法陣でプカプカと浮かせ、入り口から中に入った。岩場ということで、今日はローファーではなく、二人ともブーツで挑んでいる。
洞窟の入り口から徐々に中に入ると松明以外に明かりはなく、二股に別れた道が確かにいくつも出てきた。
「なんかこう、悪の組織に潜入って感じですね」
「ああ」
「灯りこれだけですもんね。魔術の使えない一般人だと迷ったら大変ですよね」
「······そうだな」
私は少しムッとした。
ハインリヒ様はここ最近、気力を失ったような返事しかしてくださらなくなった。目を見て話をしていても、すぐに逸らしてしまうし、会話も長く続かない。
私が手を振り払って以降、彼は私に対してずっとこんな無気力な状態で接していた。
私はというと、以前のような真面目で優しいハインリヒ様に戻ってほしくて、努めて『真面目な弟子』を演じていた。すると、彼も仕事以外の話をほとんどしなくなった。
かといって魔術庁の行き帰りの馬車では、無言で私の横に座り、両腕で私の腕を握り締めながら、撓垂れ掛かる彼の様子を見ると、決して嫌われている様子でもなかった。
さらに私は、夢でうなされるの回数がここ最近ぐっと増えてしまい自分のメンタルも朝からヤバめな時が増えている。けれども、こんな無気力な彼の元に朝から行くのも憚られて、結局はいつものようにシャツを掠めとる日々を繰り返していた。お陰で若干寝不足でもある。
話しかけても反応の薄い彼を先頭に、しばらく無言で洞窟を歩き続けた。
以前の私達なら、軽口をききながらどんなに怖い場所でも、寒い場所でも、笑って二人で歩き続けられた。
長い沈黙が酷く気まずい。
いつもはお側にくっついて歩けたのに、今は数歩離れた距離が出来ていた。
長い長い洞窟を歩きながら、なんとなく不安になってちらりと後ろを見た。
「うわ······来た道も真っ暗······」
辿ってきた道は真っ暗な闇が広がっていた。悪魔と友達でありながら、こういう典型的な暗闇に恐怖心を持ってしまうのは何故だろう。
一人で歩くことがだんだんと怖くなり、わたしは離れて歩いていたハインリヒさまのローブの裾を少しだけ掴んだ。
「·····何だ?」
「······ごめんなさい。ちょっと、暗くて怖いんです」
一瞬、彼は視線をこちらに寄越したがすぐに前を向いてしまった。
やっぱりハインリヒ様は、もう私のことは嫌いになってしまっのかな。
突き放したのは私の方だ。ハインリヒ様には非はない。甘んじて受け止めなければならないだろう。
でも、私はハインリヒ様とこんなにも溝のある関係を望んだわけじゃなかった。
それを思うと胸が苦しかった。
「······俺も怖い·····か?」
とぼとぼと歩いていると、ハインリヒ様が不意に尋ねてきた。
「········ハインリヒ様が?怖くないですよ?何故そんなことを·······?」
前を歩くアイスブルーの長い髪にはワインレッドのリボンが揺れていた。
「俺の部屋に来なくなったから」
ハインリヒ様は振り返らずに、零すように呟いた。
「しんどい夢は、ずっと続いてるんだろう?夜中に様子を見にいったら泣きながら悲鳴を上げてた」
「······部屋にいらっしゃってたんですか?」
「俺がおかしなことばかりしたから、怖いんだろう?」
「怖くないですよ」
「じゃあ、なんで逃げる?」
ハインリヒ様の声が少しだけ震えたのに気がついて、私はハッとした。
私はあの時彼の手を振り払って、逃げた。
それ以降も接触を減らすべくなるべく二人にはならないように、屋敷の中で見つからないように身を隠した。
確かにハインリヒ様から逃げていたのは事実だった。
私を見ないハインリヒ様の背中が語っていた。傷つけられたと。悲しいと──······
ああ、私は馬鹿だ。
一番傷つけたくなかったハインリヒ様を、私がいつの間にか傷つけていた。
足が止まり、ローブを握っていた手が緩んだ。
「······っ······っく」
「······ティアナ?」
涙が、知らぬ間にぽとぽとと落ちてきた。
潤む目に、視界が揺れて、胸が苦しくて、顔が歪むのに、何をしたら止まるのかわからない。どうしたらいいのかわからない。
「·····なさい·····っ」
どうして、こんなに間抜けなんだろう。
ちゃんと言えば良かった。ちゃんとハインリヒ様の話を聞けば良かった。
だって、私は何にも知らないのに。わかった振りをしたところで、解決するはずもなかったのに。
言葉でちゃんと伝えられれば、ちゃんと会話をしていれば、こんな風に溝を作らずに済んだのに。
目を背けて、彼を傷つけたのは私だった。
「ごめ······ごめんなさい、ハインリヒさま····っ!ごめんなさい」
「なんで·····何に対して謝っているんだよ。もし、俺のしたことが迷惑なら······」
「違う······違うんです。私····っ、わからなくて、どうしていいかわからなかったの」




