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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第9章 レプラコーン
86/139

9-5

 


 ハインリヒ様の接触は、その後も日を追う毎に増えていき、その様子は少しずつ悪化の一途を辿った。


 どうしてなのか分からなかった。


 なんとか諌めようとすればする程、ハインリヒ様は私から離れてくれなくなる。


 以前なら屋敷にいる時は、ご自分の鍛練や勉強に充てていた時間も私の姿を探すようになり、致し方なくなるべく彼の前に出ないように逃げ回っていたけど、同じ馬車で同じ勤務地に通う以上どうしたって二人になる時間は出来てしまい結局は彼に捕まってしまう。


 なんとかしなくちゃいけないに。何にも出来ない。


 それなのに、ハインリヒ様の手が私の肌に触れる度に敏感に反応し、心臓は早鐘を打つ。


 こんなの、おかしい。


 だって私達は、師弟関係を装ったただの共犯者だ。


 最初は働き口が欲しかった私が、ハインリヒ様と取引してこの屋敷に足を踏み入れた。


 そして知った過去のヴァンゲンハイム家と私の繋がり。『審判の魔術師』とそれにつけこんだ『贄の魔女』の歴史。


 人の記憶を奪い、この国の平和を守る魔術師と、彼に加担し自分の存在意義のために協力し続ける魔女。


 私達はそれだけだったはずなのに。


 何が彼を狂わせたの?

 私は何を間違ったの?



「ハインリヒ様····お願い、もう離して······!」


「足りないよ······ティアナ。もっと······声聞かせて、もっと」


 屋敷に到着するなり、ハインリヒ様の部屋に引っ張られた。ドアを施錠するや否や壁に身体を押し付けられたままローブは脱がされ、ワイシャツは半分はだけていた。


 ハインリヒ様は、どんどんおかしくなっていた。


 私の頭に過ったのは、サミュエル様の屋敷での一件。レナルドの幽霊事件のことだった。私の魔力を日々近くで浴びていたレナルドやハインリヒ様には見えるはずの無い人外の生物が見えてしまっていた。


 影響を与えたのは私の魔力。昔から、災いの種となるこの魔力だ。


 ハインリヒ様を······あの優しくて真面目な彼を狂わせたとしたら、それがもし、自分のせいだとしたら?


 彼の体質のせいだと、いつかは治まるだろうと、彼の欲しがるままに側にいたけど、それこそが間違いだとしたら?


「ハインリヒ様!もう、止めましょうよ!こんなの、やっぱりおかしい·····っ!」


 涙目で訴える私に、眦を舐め涙を吸い、彼は酷く辛そうに呼吸をする。


 頬に優しく触れてから、そっと手を握られ指先にキスが落ちた。


「おかしい·····?辛いなら来てと言ったのはティアナだ。最初に俺に触れたのはティアナだ。今更俺から触れるのをダメだなんて言わないでくれ·····!」


 請うように囁くハインリヒ様に、また胸の奥が苦しく絞められる。


「ずっと、ずっと押さえてた······それなのに、お前が俺に触れるから····お前がそんな顔を俺に見せるから······」


「待って!話を······っ!やあん······!!」


 首をかぷりと甘噛みされると、舌で耳元までぴちゃぴちゃと舐められる。まるで生き物みたいに私の身体を這い回り、理性も感覚も奪われてしまいそう。


「ティアナ······声を聞かせて·····もっと俺に触れて」


 震える手で必死に彼の厚い胸板を押し返したのに、びくともしない。ハインリヒ様は微かに笑って自分の胸元に置かれた私の手に自分の手を重ねて握った。


「ハインリヒ様······!お願いだから····っ」


 魔術庁の制服のスカートの下から、スルリと大きな手が太股に触れ、優しく優しく撫でられて身体が震えだした。


「もっと俺の名を呼んで······もっと俺を感じて」


 反対の手はシャツの下から入り込んで蠢いている。


 狂ったように私に触る彼を見て、遠ざけなくてはと、拒まなくてはと、頭では分かっているのに。


 心臓は、触れられる度にあり得ない音を奏でる。身体は熱を持つ。呼応するように、口からは声が漏れた。



 私のほうもおかしくなってる。

 もしも私の魔力に不思議な作用があったとして、二人で魔力にあてられて、このままどんどん力が強く働いたとしたら······



 ──彼を狂わせた原因は、やっぱり私だ。



「ハインリヒ様!」

「······何······?」


 お互い肩で息したままで、私は彼の肩を全力で押して遠ざけた。


「止めましょう······私が間違ってた」

「何だよ、どうして······」


 いい加減にしないと。このままハインリヒ様を私のせいで狂わせたままにしておけない。


 離れなければ。


「ティアナ······?」


 伸ばされた手をパシッと払いのけた。


 私が暫く離れれば、彼はきっと元に戻るだろう。


 私はシャツの前を手で押さえ、瞳から零れる涙をそのままに、部屋から走って逃げた。




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