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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第9章 レプラコーン
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9-4

 


 15日間の年越し休暇が終わり、私達はまた魔術庁に仕事に向かう日々が始まった。


 雪が舞う仕事初めの日、ハインリヒ様はライトブラウンのリボンを着けた長い髪を肩に掛け、酷く憂鬱そうにしていた。


「なんでそんな顔してるんですか」


 馬車の中でため息をつく我が師匠に問うと、いつもなら真向かいに座っているはずの彼は私の真横に座りながら、私の肩に頭を乗せてポツリと呟く。


「ティアナは俺が嫌いか?」

「は?大好きですよ。何言ってるんですか」

「じゃあ何で逃げる」


 彼が言っているのは、2日前のこと。アレクシス様が来られた後、久々に顔を合わせた私を前に、真っ昼間にも関わらず精神が暴走し、私に噛みつくという凶行に出た。


 身の危険を感じた私は、ノエルを頼り逃げ回り、この後ハインリヒ様とは丸一日顔をあわせていなかった。結果、今日は馬車に乗って二人きりになるとビッタリと真横に張り付き、不貞腐れているのである。


「逃げるなんて酷すぎないか?しかもノエルを使って。屋敷内で馬鹿みたいにお前を探し回った俺の身にもなれよ」


「逃げてるってわかっててなんで探すんですか。私だって流石に咬まれるとは思って無かったんですもん。ユニコーンの角があったからすぐに完治しましたけど、痛いものは痛いし、嫌です」


「え······治したのか?せっかく跡つけたのに」

「治しますよ。痛いんですから」


 ハインリヒ様は益々不機嫌になった。


 魔術庁につくと新年からハインリヒ様を囲う女性ファン達は彼に歓声をあげたが、不機嫌な彼は眉間の皺を深くしただけで、颯爽とその場を離れる。


 執務室で紅茶をお出しして、私はすぐに弟子会に向かった。年末同様、しばらくは溜まっている仕事を捌かなければならない。ハインリヒ様なんて尚更だ。今頃事務官から大量の依頼書が執務室に運ばれているだろう。


 昼間までララ達と大量の『幸福の壺』の魂抜きをしたあと、ランチのためハインリヒ様の執務室に戻ると、朝から地方に3件立て続けに魔物の対処に行き、報告書に追われているハインリヒ様が机にかじりついていた。仕事モードに入った彼はいつもの通り真面目だった。


「すまない。午後からすぐ別件が入ってる。ランチはお前一人で食べてきてくれ」


 ポイっと財布ごとを預けられたが流石にそれは出来ないとお返しした。


「購買で何か調達してきますね!今日は私の奢りで!」

「馬鹿いうな。俺の財布をもっていけ」


 聞こえない振りをしながら私は購買に走った。


 いつもは食堂で食べる私だが、魔術庁内には購買といって庁内で必要な物品から、簡単な携帯食、お菓子まで様々なものが売られている場所がある。


 ハインリヒ様によく怒られていた時は、ここで一人でこっそりとお菓子を買ったりもしていた。


 購買のパンは王都内にある有名なパン屋が卸している惣菜パンが昼前から大量に販売されている。じつは一度ここでパンを買って食べてみたかったのだ。


 紙袋にたくさんのパンとジュースを抱えて私が執務室に戻ると、ハインリヒ様は制服の上着を脱いでワイシャツの両腕を折り、一生懸命ペンを走らせていた。


 真面目な私の師匠にガサガサと紙袋からパンとジュースを取り出して近づいた。


「ハインリヒ様、サンドイッチどうですか?ハーブチキンですよ」

「ああ、うん。お前が食べろ」


 報告書から目を離さない彼に、私はさらに近づいた。


「はい!口開けてください!あーん!」


 無理矢理サンドイッチを押し込んだ。


「んぐ······っ」


 ハインリヒ様は驚いて私を見たまま目を丸くしているので咀嚼をするようジェスチャーで促す。少ししてからりんごジュースを差し出した。


「この後、すぐに出られるんでしょう?少しでもいいんでお腹にいれてください」


 言われるがままりんごジュースのストローに口を含み、彼はジュースをのんだ。


「美味しいですか?」

「······美味しい······」

「もう少し食べられますか?はい、口開けてください」


 私の言うがままに口を開けたハインリヒ様はサンドイッチを頬張った。


 りんごジュースと交互に口に運ぶと、彼は雛が餌を食べるが如く素直に口を開く。私の手から食べる様が子供のようでなんだか可愛い。


「うん。これだけ食べて頂ければ、少しは午後も·······んひゃっ?!······ひぃっ??!!」


 サンドイッチを食べ追えた彼は、今度は私の指を口に含んだ。


「美味しい·······」


「あわわわわわ!!それはパンじゃなくて私の指です!他にもパン買ってきてますから、そっち出しますから少し待ってくださ·····」


 ハインリヒ様は、私の指を舌先で舐めたまま、さっきまでのくそ真面目な顔から一転し、瞳を濡らして私を見た。


「ん······ティアナ······ティアナ」


 心臓が、ドクンと大きな音を立てた。


 ハインリヒ様が触れた指を導火線にして、急激に身体が熱を持ち始める。


 待って、落ち着いて······ハインリヒ様のこれは、不安定な気持ちを収めるための、一過性の行動で······


 頭が混乱し始める。指先からはぴちゃぴちゃと彼の舌が這い回る。


 私がなんとかしなきゃ······彼はきっと困ってる。けど、どうやって?


 精神的な不安は時間が立てば無くなる。おさまる。だから──······


「あ······、ハインリヒ様、離して······」

「触れたい、もっと」


 ドクンドクンと、早まる鼓動が押さえられない。


 彼に他意はない。わかってる、わかってる。だけど。



「わ、私もう弟子会に行かなきゃ!!」



 手を払いローブを翻すと、パンの袋を持って私は執務室を出ていった。


 まだお昼休みは終わってない。



 心臓が高鳴って止まらない。

 廊下を走りながらギュッと胸元を掴んだ。



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