9ー3
静かな部屋にクチュ······と淫靡な音が響き、あの温泉の夜の記憶が鮮明に浮かび上がると、私は脱走を謀ろうとジタバタと暴れた。
「わあああ!どこ触ってるんですか!こんな昼間っから何やってるんですかあ!」
「はあ······甘い。ティアナの肌だ。ティアナの香りだ」
「うっそぉ~っ?!!」
ハインリヒ様の大きな手は、片手でいとも簡単に私の両腕を頭のうえで縛り上げた。
舌のこそばゆい動きがデコルテから胸を辿り、空いた片手は私の胸元を下着ごと上下に揺らす。
「待って待って待って!!10日離れただけで、そこまで情緒不安定に?!しかも朝や夜じゃなくて真っ昼間でも落ち着かないんですか?!さすがの私も、日中はそこまで精神的に不安定になることはまず無いんですけど!」
味わうように体に沿って舌を這わせてから顔を上げた彼は、目も唇も潤んでいていて、はぁ······と漏らす彼の吐息は酷く甘かった。
「会いたかった·······寂しかった·····」
「たった10日前まで一緒だったのに?」
「10日前なんて大昔だ」
重症······ハインリヒ様は私をも上回る重症患者だ。
「わかってるよ。この頃俺、おかしいよな。わかってるんだ。でもティアナが居ないと寂しいんだよ。お前が見えないと、落ち着かないんだよ」
「ハインリヒ様······ひんっ!」
体が意図せずビクンと揺れた。
「お前は俺の匂いさえあればシャツだろうが本人だろうがどっちでもいいんだろ?······俺だって暫く離れたら、前みたいな関係に戻れると思ってた。けど、ダメなんだ。頭から離れないんだよ。ティアナ····あんなお前見せられて······俺は······」
また私の体に顔を埋め出す彼を見て、慌てて切り出した。
「待って待って待って!!落ち着いて!取り敢えず精神安定に効くハーブティーを飲みましょう!!早急に御用意しますから!まずは一旦離れて!深呼吸です!深呼吸を!ハイ!おーきく息をすってぇ~······ぎゃああああああ!!」
二の腕に強い痛みを感じた。ハインリヒ様の歯が······二の腕に食い込んでいる?!
「······はぁ、甘い。柔らかい······食べてしまいたい······」
やっと歯を抜くと彼はペロリと自分の赤い唇を舐めた。吐息を漏らすその様は絶対ファンの女性達が大好物な憂いフェイス!これは描いたら高く売れる!だけどそれどころじゃなかった。私の二の腕にはくっきりと赤い歯形がついている。
「ひいいいいい?!!うそうそウソォ!」
真っ青になった私は命の危機を覚えた。物理的に食われてしまう危機感だ。何かここから脱出する方法を!ハインリヒ様の気を逸らせ!何か!何か無いの?!
「あー!!アレクシス様が戻ってきた!!」
「え?師匠?」
一瞬の隙を見逃さず、脱兎の如く併設の主専用のバスルームに向かって駆け出した。ドアを勢い良く閉めるとすぐさまノエルを呼び、部屋まで転移し、暫く立て込もっていた。




