9ー2
「ティアナ、久しぶりだな!」
「アレクシス様!」
荷物を自室に置いたあと、書斎に行った私にアレクシス様が両手を広げてくれたのを見たら、思わず反射的に私も両手を広げて走った。アレクシス様はすぐに抱擁してくださる。
「お久しぶりですアレクシス様!今年も宜しくお願いします」
「フフ。可愛いなあ、ティアナは。うん、宜しくな。何か欲しいものはないかい?僕が何でも買ってあげるよ」
ぎゅうっとアレクシス様の力が強まった瞬間、ハインリヒ様が割って入った。
「距離を取れ、ティアナ。師匠に触れるな。離れなさい」
「あ、ごめんなさい、ハインリヒ様」
「ハインリヒ、新年の挨拶ぐらいしっかりと抱擁をしたいんだが」
「師匠、あまり若い子にベタベタと触るのは年長者としていかがなものかと」
「まったく。心の狭い弟子だな、ちょっとぐらい許容してくれても······」
「ダメです」
ハインリヒ様はいつも以上に真面目な顔をしながら私の肩をぐっと引き寄せた。
「あーあ、順調に嵌まっていってるなあ、僕の弟子は」
「あ、あのアレクシス様。これ。温泉地に皆で旅行にいったお土産なんです。良かったら······」
手渡したのは現地産のクッキーである。現地の水と小麦で作られたもので、試食したらとても美味しかったものだ。
「これはこれは、新年から素敵なお土産を貰ってしまったね。有り難う、ティアナ」
「えへへ」
ニコニコと笑顔を向けられて私も思わず笑顔になると横から負のオーラを感じた。
「それでは、僕はそろそろお暇するよ。ティアナ、チョコレートケーキの新作を店から買ってきたんだ。後でハインリヒと食べなさい」
「有り難うございます!もうお帰りになるんですか?」
「引き留めてくれるのかい?フフ、連れて帰りたくなるなあ」
「師匠、お忙しいでしょ。馬車を用意をすぐにさせますから」
「······余裕が無いなあ、ハインリヒ。もうちょっと広い心を持て」
アレクシス様は今日王城に行ってきたらしく、この後はシュトライヒ公爵家に向かうという。何だか本当にお忙しそうだった。
私とハインリヒ様は玄関まで出て、馬車に乗ったアレクシス様に手を振って笑顔で見送った。
屋敷に戻ると、さっきまで普通に笑みを浮かべていたはずのハインリヒ様の顔から途端に表情が消えた。腕を掴まれ、半ば強引に2階に昇らされると、階段下で目を見開いたフォルカーさんと一瞬目が合ったのがわかった。
そのままハインリヒ様の自室にずるずると引っ張られ、バンっとドアは力一杯閉められると、一瞬で鍵の魔法陣と聴覚阻害の魔法陣を彼は発動し、気がつくと私はベッドの上に仰向けになって、両腕を掴まれたままハインリヒ様を見上げていた。
「ちょ····っ。ハインリヒ様?どうし······」
「師匠にばっかり笑顔を向けたよな、お前」
「は······?」
「また師匠と抱擁したし、師匠だけお土産を渡しただろ」
「????」
「俺には挨拶の時抱擁なんかしないくせに」
当たり前である。同じ屋敷に住まい、毎日顔を合わせて過ごすただの師弟が会うたびに抱擁を交わすなんて聞いたことがない。
それにお土産はフォルカーさんやアンナさん達にも渡したし、もちろんパパやママにも買って渡している。
「な、何を言っているんですか?何か変ですよ、ハインリヒ様」
「どうして、実家から戻ってきてまっすぐ俺のところに来ないんだよ、何で師匠を優先するんだ」
ああ、成る程。つまり、勤務における上司の優先順位の問題である。私にとってハインリヒ様は上司であり社長だ。そしてアレクシス様は会長といったところだ。
彼が言いたいのは恐らく、たまにくる会長よりも、日々現場の指導にあたる社長を優先しろと言いたいのだろう。
「優先順位を誤ったならすみません。私、社会経験がここ以外無くて、なんなら今も学生に近い身分なもので、何が正しいのかあんり理解してなくて······」
ハインリヒ様は無言のまま私を見下ろし、居たたまれない。手を外して貰えないかと少しずらしたら余計ぎっちりと握られた。
「ハインリヒ様ぁ、まだ怒ってるんですか~」
「········」
「チョコレートケーキ食べに行きませんか?私、紅茶入れますから」
「········かよ」
「え?何ですか?お腹空いてないとか····」
「寂しく無かったのかよ······!10日も離れてたのに······」
ハインリヒ様は何故か辛そうな顔をしていた。
10日も······って、だって10日間実家に帰るって言わなかった?あれ、それとも日数間違えて伝えたっけ?
「私、10日間帰るって言いました、よね?」
「聞いたよ」
「じゃあ、なんで怒ってるんですか。あ、わかった。温泉地のお土産のことでしょう?早く欲しかったんですね?ひひひ。ちゃんと、美しいリボン買ってありますよ。あと、お肌に良い温泉水化粧水と乳液を買いましたので、実験後ハインリヒ様のお顔のエステに勤しみたいと······ひっ!」
急に首筋に濡れた感触が当たり酷く驚いた。
舌で大きく舐められた後、チロチロと蛇のようにゆっくりと胸元に降りていく。
「ちょ·····ハインリヒ様?!」
彼の首からさげられたユニコーンの角のネックレスがシャランと音を立てて落ちてきて、彼に買って貰ったクリーム色のシャツは、気がつくとボタンが大分下まで外され、水色のニットカーディガンは肩からずり落ちていた。




