9ー1 sideハインリヒ
「わざわざおいで頂き有り難うございます。今年も宜しくお願いします、師匠」
「ああ、宜しくな。ティアナはいないのか?」
「新年の挨拶に、父母のところに戻ってます。夕方には屋敷に戻ってくると思うのですが」
「そうか。あの可愛らしい笑顔を早く見たかったんだか」
話があると言われ、師匠が王都の本邸に来たのはティアナが実家から帰ってくる予定日だったが生憎時間帯が合わなかった。相変わらず年齢不詳な少年のような雰囲気を纏い、ニコニコと笑う師匠と書斎に移動しフォルカーに紅茶を用意させると、いつものように聴覚阻害と鍵の魔法陣を敷いた。
「あの黒髪の男が吐いた」
「ユニコーン調査の時の······やはり黒でしたか?」
「真っ黒さ。あの男はハンス・デューリンガー。魔術庁総務部第3課第7班所属の事務官だが、奴の一族はクレンペラー王家の上級従者だ」
「クレンペラー······道理で現王家に楯突く訳だ」
「ああ、そうだな。俺達の先祖と戦い、建国から5年目の魔法大戦で再起不能なまでに戦力を削がれたからな」
クレンペラー王家は、今の国が出来る前の国家の王族である。魔法使い至上主義の旧国家は、魔法を使えない大多数の人民を蔑ろにした結果、小さな紛争が多発し、最終的には王国を倒す程の争いになってしまった。
彼らを倒したのは新国家でも今の王族でもない。自分たちが蔑ろにし続けた国民だった。
俺達の祖先は元々は研究熱心なただの魔法使いで、魔法を古語を通して文字に落とし込み文体化することに成功し魔法陣を作った。
魔法を使えなかった一般人に少量の魔力でも出来ることがあると、魔法陣を教え、魔法使いと一般人の間には上も下も無いと説いていたそうだ。
ちょうど前王朝が倒されるタイミングで、国民自身の手によって選ばれた先祖はが初代国王となり、そして300年たった今も表向きは平和な国家体制が維持されている。
「カール・グラーツ弟子会講師はクレンペラー王家の末裔にあたる。あれが本丸だったよ。奴らは、王国が崩壊し、その後最下層まで堕ちたようだ。グラーツの3代前には平民にまで戻っているが、随分と貧しい生活を送っていたようだ。300年たつにも関わらず現王家への憎しみが強いのは、長く強いられた貧困と自身の一族にかつての高い魔力が全く戻らないコンプレックスが根底にあったからだろう」
「そうでしたか········確かにクレンペラー王朝は代々魔法使い至上主義でしたからね。肝心の王家に魔力が宿らなくなったのは、屈辱でしょうね。庁舎の事務室は調査が終了したと聞きましたが」
「講義室裏のグラーツの事務室は、まさに秘密基地のようだった。あいつ自身も魔術師並みに魔法陣を使いこなしていた。古語に関しては、我々よりはるかに知識があるだろう。グラーツは一人で講義を20年以上やってたんだ。まさにあそこは奴の城だよ。これから芋づる式に関係者が炙り出される。春には魔術庁の人事が一変しそうだ」
「まるで見てきたような言い種ですね。グラーツさんの事務室を」
「ああ見たさ。あまり大きな声でいえないがね、私はもう少ししたら公職に付く。魔術師ではないがね。その関係でシュトライヒ公爵に内々に付いていったんだ」
「師匠が公職に?王都にお戻りになるのですか?」
「戻るがこの家じゃない。当主の座は明け渡しているんだ。私は新しい家に行く。設備も家も真新しいから快適そうだぞ?羨ましいだろう」
ニコニコと笑いながら師匠はティーカップに口を付けた。俺の知らないところで、師匠は色々と動いて調整していたのだろう。流石は元『審判の魔術師』。腹が真っ黒なのは犯人よりも師匠の方だろう。
「ところで最近、ティアナの様子はどうだった?」
「師匠······あまり若い娘に拘るのは、いかがなものかと······」
「ふふふ。だって可愛いんだ。仕方ないじゃないか」
俺は思わずムッとして口を噤んだ。師匠はティアナとエレオノーラを混同しているのだろう。ティアナはティアナであって、師匠のものではないというのに。
「冗談はさておき、本当に変化は無かったか?初代以外の前世の記憶を思い出したりは?」
「······何故、そのことを」
「やはり思いだし始めたか。そうか。遂に······どんな様子だった?」
「ティアナは夢を通して思い出しています。酷いうなされ方をしてました。ノエルが言うにはその時はちょうど2代目『贄の魔女』の記憶を見ていたようです。まさか、夢を見ている間、あんなに泣き叫ぶなんて。見ているこちらが辛くなる」
「2代目·····そうか······酷なことを強いてしまった·····」
トントン、とドアのノック音がしフォルカーが俺を呼び、一時聴覚阻害の魔方陣を解除した。
「なんだ?緊急か?」
「ティアナさんが戻って参りました」




