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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第8章 師匠の奇行
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8-12 sideハインリヒ

 


 俺達が酒を飲みながら談笑していたら、弟子達は11時を過ぎると皆床に転がって寝ていた。俺の弟子のティアナは半笑いのまま涎をたらしている有り様である。


「年越しまで起きてるって騒いでいたのに。みんなお子ちゃまだなあ」


「わたくしももう寝るわ。こんなに飲んで笑ったの久しぶりよ。ふふ、お休みなさい、皆様」


 自分の弟子を寝室に運び終えたサミュエルは、そのままララちゃんを抱えて、アルレットを一緒に部屋まで送っていった。


 簡単に部屋を片付けた後、ティアナを軽く揺すってみると、フガブカと鼻を鳴らしながらまた寝息を立てる。


「ほら、俺達もそろそろ部屋に戻るぞティアナ」

「んにゃ······」


 全くおきる気配の無いティアナの頬をつついてから、不意に涎が垂れた口元に目が行った。


 昨日、二人きりの露天風呂での、あの姿が脳裏を過る。


 弟子についた時は、学校上がりのまだほんの子供だった。昨日、俺の前にいたのは、甘く切ない声を漏らした『女』だった。


 ティアナが少しずつ大人になる度に、段々と目が離せなくなる。いつも傍にいるはずの彼女の姿が見えなくなると、誰かの元へいったのではないかと、盗られてしまっのではないかと、子供じみた感情が押し寄せて、堪らなく寂しくなって、彼女の姿を探し始めてしまう。


 やわらかな彼女の唇を親指で押しながら寝顔を近くで見ていたら、また触れたい衝動に襲われた。


 俺はおかしくなってしまったのだろうか。


「好きなんだろ?ティアナちゃんのこと」


 声をかけられてハッとした。サミュエルがアルレットの部屋から戻って来ていたのに、全く気付いていなかった。


「······何を言って」

「いつになったら気づくのかなーって、ずっと見守っていたんだけど。お前はそんな切な気な顔をしながらティアナちゃんの事見てるくせに、まだ自分の気持ちに気づかない訳?」

「好き······?ティアナを?」


 サミュエルが何を言っているのか理解が出来ない。何を言われたのかわからない。


「お前の恋愛だ。お前の自由にすればいいと思う。だけど、時間をかけすぎて、恋を自覚した頃には相手を失ったり、手に入らない存在になることもあるんだぞ。俺や、アルレットみたいに」

「······誰かにとられたのか?」

「死んだよ。初恋だった」


 サミュエルはソファに腰掛け、トクトクとグラスにワインを注いだ。赤いワインはなみなみと注がれ、それを彼は躊躇なく飲む。


「忘れようとして、ありとあらゆる女性に接した。お前に言わなかったけど、何人もの女と付き合ったんだぜ?」

「忘れられたか?」

「ははは。一番しんどい時期はこえたけど······今も事あるごとに思い出すんだ。忘れられるかよ」

「サミュエル······」


 彼に想い人が居たことは知っていた。恋が実らなかったことも。普段はおちゃらけて女好きを演じるコイツの初めて見た一途な思いは、既にやり場が無いものになっていたなんて。


「ハインリヒ。俺の初恋の人はな、魔法使いだったんだ」

「魔法使い?本当に?」


「······王都はさ、結界魔法陣に守られてるから誰も気にしちゃいないが、地方で魔力の高い人間がいると色んな弊害が起きるんだよ。妖精が見えたり、他の人間より魔力が目立つ分魔物の遭遇率も高い。そんな奴いないって思ってたけど、魔女や魔法使いは絶滅したと言われてるけど、俺は彼女が魔法を使うのを確かに見たんだよ。綺麗な花が手のひらから出ては消えて······本当に美しかった」


 花の幻影魔法······。ティアナがよく使っている魔法だ。サミュエルの初恋相手は本物の魔法使いだったんだ。


「彼女を守ろうと、魔術師を志したんだよ。元々何度も振られてたけど、それでも諦めきれなくて、魔術師になればボディーガード代わりとして傍にいれると思ったんだ。いつか、王都に呼び寄せて、結界魔法陣の中で暮らして貰えればって······師匠から独立してすぐ、知らせがはいったんだよ。魔物に襲われて死んだとね」


 サミュエルがまた溢れんばかりにワインを注ぎ足し始めるのを見てワインの瓶を取り上げた。


「飲み過ぎだ、バカ」

「ティアナちゃんは、魔法使いだろ。ハインリヒ」


 グラスを傾けグビグビとワインを一気に喉の奥に入れたサミュエルはそのままソファの背にもたれ掛かる。


「レナルドの幽霊騒ぎの時に気づいたよ。俺には見えなかったけど、アレ妖精だったんだろ?言葉を使って交渉出来るんだ、魔力がよっぽど高くないとあんなの出来ないだろ。しかも妙に交渉慣れしている。アレが初めての交渉じゃないよな。相手は人外の生物だってのに。きっと、俺の初恋相手より魔力が高いんだな」


「知っていたのか」


「俺の好きな人は、言葉で交渉できるほど強い魔力じゃなくて、魔法を手に入れるために古い本を漁って色々調べていたんだ。村に伝わる薬を交渉材料にしてあの魔法を手に入れたと聞いたよ。彼女とよく会っていた時は、俺も一度だけ妖精を見ることが出来たんだ。妖精って、あんなに綺麗なんだって初めて知ったよ」


 ユラユラと体もグラスも揺らしながら、懐かしそうにサミュエルは笑った。


「だけどあの魔法を手に入れるので精一杯だったから、これ以上妖精との交渉は難しいって彼女は言ってた。だけど、ティアナちゃんはそれ以上だった」


 ソファにゴロンと寝転んでしまったサミュエルは瞼の上に腕を置いて、言った。


「大浴場で、温泉を一瞬で氷水に変えた。我が目を疑ったよ」

「もっと注意すべきだった」

「いや、魔法だと気づいたのは俺がティアナちゃんが魔法使いだと知っていたからだ。すぐに魔術でお湯に戻しておいたから誰も気づかないさ。安心しろ」

「すまない。恩にきる」


 やはりサミュエルには気づかれていた。彼が口外しなかったお陰でティアナは今も弟子を続けられている。


「王都の、魔術師の傍にいれば彼女は安全だと思う。確かに魔術師にはなれそうにはないがな、魔法使いだもん。ははは」


「ああ」

「早く彼女を自分のものにしてしまえ。いい女はすぐに居なくなるぞ。恋は早い者勝ちだからな。モタモタしてるとティアナちゃんをあっという間に失うかもよ」

「脅してるのか」

「忠告だよ。人間なんて、いつ死ぬかわからないんだ。親友にくらい想いは遂げて欲しいんだよ、バカ」


 ティアナを抱き抱えて俺はドアに向かった。



「有り難う、サミュエル。来年こそ幸せになれ」

「うるせーよ。お前こそ幸せになれ。ティアナちゃん、手離すなよ。ちゃんと守れよ」

「ああ」


 寝息を立てるティアナを抱き抱えて、俺は部屋に向かった。



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