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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第8章 師匠の奇行
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8-10

 


 翌朝、いつものように早起きした私はリビングの大きな窓の側に座って、ぼーっと紅茶を飲んでいた。雪はもう止んでいたが、窓の手摺にはこんもりと新雪が乗っていて、夜通し降り続けていたことが伺えた。


 昨日は前例を見ないハチャメチャな日だった。あの真面目で優しい絵本の中の理想の王子が、酔っぱらっておかしなことをしてきたのだ。


 よく考えると、彼が言っていたように確かに私が朝からハインリヒ様にくっついて匂いを嗅ぎ回っていたのは紛れもない事実なのだ。だから、あれはハインリヒ様なりの逆襲だったのだろうと思う。


「匂い嗅ぐの控えたほうがいいかな······いや、あれは悪夢脱却の為には必要な儀式だしなぁ」


 一人反省会を行っていると、朝から聖なる光を纏ったかのような厳かな雰囲気と美しさで、ハインリヒ様がパジャマにガウンを羽織ったまま現れた。


「おはようございます。良く寝られましたか?」

「ああ、······うん」

「コーヒーご用意します。フォルカーさんに引いた豆を託されてるんです」


 何だが口ごもっているが、ハインリヒ様はいつもの彼だった。やはり、昨日はお酒の力を借りて、いつもやられっぱなしな私への復讐だったようだ。


 仕方ない。忘れてあげよう。無かったことにしてあげよう。元の原因は私なのだから。


 忘れようと決めたら急に気分が軽くなり小さなキッチンで鼻歌を歌いながら、最高級のコーヒー豆の粉をドリッパーのフィルターの上に入れ、ゆっくりとお湯を注ぐとコーヒーのいい香りが辺りに漂い始める。


「ん~、いい香り。はい、どうぞ」

「え?·····ああ」

「飲んでみてください。私、フォルカーさんみたいにコーヒー入れるの上手くなったでしょう?ね?ね?」


 ゆっくりとコーヒーを口に含むと、ハインリヒ様は静かに

「ああ、上手になったな」

 と褒めてくれたので、私は嬉しくてニコニコと笑った。


「ティアナ、あのな」


 ハインリヒ様の側で立っていた私の手をきゅっと握ると、彼は伺うように聞いてきた。


「その······昨日は······」

「ん?逆襲の件ですか?」

「逆襲····?」

「私がいつもハインリヒ様に奇行を繰り返してばっかりしてるから、ハインリヒ様は怒りが爆発して仕返ししたんでしょう?わかってますよ。でもね、やっぱり夢見が悪い時はあなたの匂いが必要なんですよ。なんとか妥協してもらえませんか?」

「······妥協」

「昨日のことは水に流します。無かったことにして忘れます。匂いが嗅がれるのが嫌なら、前みたいにシャツだけでもいいんです。あれが無いと悪夢のあとは辛くて······」


 喋ってる途中で両脇を掴まれ、そのままヒョイと宙に体が浮き彼の上に移動させられる。


「ええええ??!」


 ハインリヒ様に向かい合う形で座ってる彼の上にストンと股跨がってしまった。


「ハインリ······」

「何だよそれ」


 腰をしっかりとホールドされると、下から睨まれた。


「ふざけるなよ。無かったことになんかさせない」

「だって······」


 ギュウっと腰に回された腕の力が強くなり、ハインリヒ様は私の胸にポスンと顔を埋めてため息をつく。


「あれは、俺がしたくてしたんだ」

「でも酔ってましたし」

「酔ってても、関係ないよ。何なら今から同じことをしようか?」

「ええっ?!」



 あんなことを朝からされたらたまらない。精神の糸が擦り切れてしまう。


「······俺が嫌いになったか?」

「へ?何でですか?好きですよ」

「幻滅しただろう」

「何で幻滅するんです??」

「俺は、その······昨日は、やっぱりどこか理性を失っていた······いや、でもあれは俺がしたくてしたから、何というか······」

「理性を失うと、人は人を嫌いになるんですか?」

「······ティアナ」

「人間の関係性については疎いんでわかりません。だけど、私は相変わらずあなたが好きだし、匂いは嗅ぎたいし、真面目で優しい自慢の師匠であることも変わりませんよ。ビックリはしましたけど、あんなことぐらいで私があなたを嫌いになるとでも思ったんですか?」


 ハインリヒ様は眼を瞬いた。髪と同じアイスブルーの睫毛がフワフワと上下するのが少し可愛くて私は笑った。


「これでやっとわかりました」

「ん?何がだ」

「ここ最近のあなたのおかしな行動の理由ですよ。ずっと、悩みを抱えているものだと思ってましたが、つまりハインリヒ様は私と同じ体質だったということですよね?」

「体質?何の話だ」


 ほんの少しだけ顔を上げた彼に、私は歯を剥き出しにしてニヤニヤと笑う。


「ハインリヒ様も何かあった時、特定の匂いや音で心を、落ち着かせるタイプなんでしょう?」

「··········え?」

「いやいや、わかります。わかりますとも!私はね、やっぱり悪夢のあと情緒不安定になった時や、辛い時なんかにはあなたの匂いを嗅ぎたくなるんですよー。たまにあなたに怒られた後なのに、あなたのシャツを嗅いでいる時があります。ひひひ」

「おま······ランドリーを漁るなと言っただろ!まだやってたのか!」

「漁ってないですもーん。アンナさんが回収する前に先に持っていってるだけだもーん」

「屁理屈言うなよ、変態」

「ふっふっふー。ハインリヒ様もお仲間ですよ。私的には、あなたの心音を聞くのが匂い以上の効果があると先日知ったので、これからも必要な時はお部屋にお邪魔します。だから」

「何だよ」

「ハインリヒ様も辛くなったら私のとこに来てくださいね?」



 ハインリヒ様は少し目を開いてから、ほんのりと頬を染めて口を尖らせた。


「ああ、行く」

「真夜中でもいいですけど、ノエルが居るのはご承知置きください」

「あー······そうだった。まあ、もう今さらだしな······」


 ハインリヒ様はグリグリと胸に頭を擦り付け、深いため息をついた。


「······着替えて朝食に行く準備をするか」

「はい。今日のリボンは何色にしよっかなあ、ふふ」


 そしていつものように私達は笑いあって、髪の手入れに取りかかった。



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