8ー3
「やっほー!ハインリヒ。誘いに来たぞ」
魔術庁で午後の執務を行っていると、元気にハインリヒ様の執務室を訪ねて来たのは黒と緑の斑模様の、田舎のおばあちゃんが持っていそうなスカーフをしたサミュエル様だった。その後ろに申し訳なさそうにレナルドがついてきていた。
「お前はいつも突然現れるな、サミュエル。なんだそのスカーフ」
「これ格好いいだろ?そんな顔するなよ、友達が挨拶に来た時くらい笑って迎えろ。」
カラカラと笑うサミュエル様に苦笑いをしながらレナルドが私を見ながら声を出さずに唇だけで「ごめん」と言った。
レナルドの首には午前中に弟子会で会ったときには着けていなかった、サミュエル様とおそろいのスカーフが明らかに無理矢理巻かれていた。
レナルドとアイコンタクトを取る私をみて、サミュエル様は目をぱちくりとさせた。
「え?マジ?ティアナちゃん?」
「ご無沙汰してます、サミュエル様」
「綺麗になったねー!お化粧してるの?可愛い~!」
「アルレット様とララに教えて貰ったんです」
ハイテンションのサミュエル様は私の両手を顔の前できゅっと掴んでキラキラと目を輝かせた。
「いやぁ、ビックリしたよ!女の子は急に綺麗になっちゃうんだもんなあ。うん!今度さ、俺と本当にデー···いってえ!!」
「手を離せ、サミュエル。ティアナの半径1メートル圏内に近寄るな」
ハインリヒ様の長い足が、サミュエル様の太ももに見事に命中していた。
「半径って····人をバイ菌みたいにさぁ。酷いよハインリヒ。僕のこれは女の子への挨拶の一環なんだよ。それともハインリヒもやって欲しかったのか?」
「ふざけるな。気持ち悪い」
いつも通りの師匠同士の他愛もない会話を聞きながら、レナルドが持っている書類に目がいき、私は二人から離れた。
「レナルド、なにこれ」
「パンフレット。師匠は年末年始の休みにこれに誘いに来たんだけど、いつも前置きが長くて」
げんなりとしながらレナルドは私にパンフレットを一部手渡した。扉絵には水着を着た男女がプールのような大きな水に使っているイラストが書いてある。その上に書かれた文字はプールではなかった。
「温泉?」
「そ、温かいお湯の天然のプールだよ。活火山の麓の街に割と多い」
「あったかいプール?!なにそれ!!」
「行ったことないのか?俺は前に師匠に連れていって貰ったぜ。エスピリア地方のミナガ山」
「マクリーンって魔物でたとこ?」
「そうそう。そん時だよ。ララ達も誘ってみんなで行こうぜ。大浴場は水着着るから混浴なんだよ。各部屋に露天風呂もついてる」
「うわあああ~っ!絶対楽しいじゃん!」
まだ見ぬ温泉の楽しさに期待で胸がうち震えた。
「ハインリヒ様あ!!」
私は駆け出しパンフレットをハインリヒ様に押し付け、指を組んで祈りのポーズをとった。
「温泉みんなで行きたいですうぅぅ!!」
「お······温泉?」
困惑顔のハインリヒ様にサミュエル様は笑った。
「ほら、弟子が期待してるよ?行くよなハインリヒ?」
ニヤニヤと笑うサミュエル様にハインリヒ様は歯を食い縛ったが、ちらりと私を見るとため息をついた。
「行きたいのか?」
「行きたいです!」
「······わかった。行こう」
「きゃー♡やった!やった!温泉!温泉!」
歓声を上げながら、私は嬉しさで踊った。
「さあ、次はアルレット達を口説いてくるか。今年の冬は楽しくなりそうだぜ」
サミュエル様は歯を見せ笑い、ハインリヒ様は踊る私を困ったように笑いながら見つめていた。




