8ー2
少し油断していた私は、急に彼が顔を肩に載せて来たことに面食らい固まってしまった。
「ああ、本当に暖かいな」
私の肩に······もといニットに顔を猫のように擦り付けて、ハインリヒ様は目を瞑る。
「··········あの、気のせいかもしれませんが、最近なんか妙に近くないですか?」
「前からこんな事あったじゃないか」
「ありましたけど、····その······数が増えてませんか?」
ハインリヒ様は、辛いことがあるとワインを飲んで部屋に籠ってしまう時がある。
彼は決して人前で辛さを吐露しない。だから、少しでも愚痴を吐く場所になれればと、心配な時はなるべく私から側に引っ付いていた。すると彼はお酒の力を借りながらポロリポロリと私に身を寄せて弱音を吐くのだ。
ただ、今は別に辛そうにも見えないし、お酒を飲んでる訳ではない。ないのだが、何かがおかしい。
「別にいいだろう?午前中はノエルも滅多に来ないし」
「いいですけど······。アレクシス様とエレオノーラもこんな感じだったのかなあ」
何だかやたら近いハインリヒ様に、よく分からない恥ずかしさを覚えた私は、さっき見た歴代当主の本を思い浮かべて思考を切り替え、ヴァンゲンハイム家と『贄の魔女』の関係に思いを馳せた。
魔女の名前を残してくれたぐらいだから、彼らの思い出の一つに入れてくれていたのだろうか。
人間社会につま弾きにされていた過去がある私にとっては名前を残してくれたことは嬉しい事実だなあと思う。
「なんでそこで師匠が出てくるんだ?」
「ん?いや、別に他意は······」
「お前にとって、俺は師匠より上か?下か?俺はどんな存在だ?」
「上も下もないですよ。アレクシス様はアレクシス様で、ハインリヒ様はハインリヒ様。別の存在でしょう」
「なんだそれ。気に食わん」
一度上げた顔を再び私の首筋に埋める。少しずつ角度を変えながら息を吸ったり吐いたりして、耳元にハインリヒ様の呼吸音が聞こえ始めた。
「えっと······あの、何してるんですか?」
「ティアナの匂いを嗅いでる」
ハインリヒ様は過去の私のような台詞を吐いたことに混乱し、最近芽吹いた羞恥心とやらが急成長する。
「そ、それは私の専売特許ですよ!それに私の事変態だって、散々言ってたのに!」
「ああ、これなかなか癖になるな。やっとお前の気持ちを理解出来たよ。俺の事も変態呼ばわりしていいぞ?」
ハインリヒ様は自分の鼻を私の耳にくっつけたり耳裏に擦り付けたりしながら少し笑った。
私は段々と顔に熱が集まるのを感じながら思わず叫ぶ。
「ハインリヒ様は変態じゃないです!綺麗で真面目で優しくて絵本の中の王子様みたいな人なんです!私にとっては信仰の対象みたいな······」
「真面目ね······」
耳元からやっと顔を離して、軽く髪を掻き上げると彼はクスっと笑いながら、私の顎を指で掬った。
「お前、ちょっと前まではもっと子供っぽかったんだけどな。化粧すると随分大人に見えるな。最近は毎日メイクしているのか?」
「はい。色々と実験してます。ハインリヒ様のお手入れがしたいので」
「そうか。······綺麗だな、どんどん綺麗になる。魔法か?」
「はぁ?ただのメイクです。······ハインリヒ様、酔ってるんですか?」
クスクスと笑い、ハインリヒ様はまた私の肩に顔を埋めた。
「そうだ。ユニコーンの角、ネックレスにしたものが仕上がったぞ。ほら」
ポケットから出したのは長めのチェーンがついたネックレスを2本取り出した。
「あ、可愛い。角を掴んでいる爪部分に石が入ってる······可愛······これ宝石じゃないですか?!」
「そうだよ。シンプルなものにするつもりだったけど、折角だからお互いな髪の色に近い石をいれた」
「値段高いじゃないですか!ただでさえ、ユニコーンの角は市場価値が高いのに」
「小さいやつだから大したことないよ。お前のはアイスブルー、俺は鳶色······少し赤めだな。チェーンは長いから首からぶら下げてたら緊急時にそのまま口に含んで回復できる」
「嬉しい······!お揃いですね」
「ああ、俺とお前だけ。お揃いだ」
ネックレスの角部分に嵌まった石を眺めていたら、ハインリヒ様は自分の首にかけた赤めの鳶色の石が入った爪部分をひょいと持ち上げ、ちゅっと軽くキスを落とした。
そんな様子を見ていたら、急に恥ずかしくなり顔面が熱くなってくる。
「な······、なんか最近ハインリヒ様変ですよ。もう、私別室に戻ります。探し物まだ終わってないし」
「何の本を探してるんだ?一緒に探してやるぞ?」
「いいですよ、鍵だけあれば自分で探します」
グイとハインリヒ様を押し退けて、私は別室に行くべく立ち上がったが、ハインリヒ様に後ろから羽交い締めにされた。
「行くって言ってるのにーっ!」
「もうちょっとだけ······」
ハインリヒ様はまたクスクスと笑い始めた。




