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ヴァンゲンハイム邸の図書室は、歴代の当主達が残した本がたくさんある。その奥にある鍵付きの別室は、劣化防止の魔法陣が組み込まれた本達がずらりと並んでいた。
ここはヴァンゲンハイム家当主と『贄の魔女』以外は入れない特別な部屋である。代替わりの際に、引き継ぎとして初めて弟子が足を踏み入れる。
私はここに入ることはあまり無かった。
弟子になってすぐ、ここに一度連れてこられたし、ハインリヒ様の初めての『審判』の際、ここに来たりもしたが、余り長居をしてないので、どんな本があるかなどちゃんと見たことは無かった。
公休日の今日、この別室に来たのは一応訳がある。例のごとく、夢を見たのである。
夢の中で私はこの別室に来ていて、熱心に本を見ていたので、私はその本を探しに来ていた。
別室の鍵は当主しか持っていないため、ハインリヒ様に御願いすると、何故か彼も図書室についてきた。
「別室に入るのは久しぶりだからな。整理がてら少し見てみるか」
ハインリヒ様はなんだか楽しそうに分厚くて古い本を手にとる。
「なんかごきげんですね」
「やっと先代の頃からの案件に進展がみられたんだ。嬉しいさ」
「真面目ですね、ハインリヒ様は。仕事が進むと喜ぶなんて」
「ほら、これはヴァンゲンハイム家歴代の当主の一覧だぞ。就任期間と享年が横に添えられている」
ハインリヒ様は私の突っ込みすら気にせず、機嫌よく頁を捲ってを見せた。
「わー······凄い。随分昔からあるんですねヴァンゲンハイム家って」
「そうだな。建国して一昨年で300年経ったから、割と早い段階でこの一族を作ったんだな。お前が初代の『贄の魔女』だったのはもっと前なんだろ?」
「んー。どうなんだろう。多分300年は越えてるかなあ」
「壮大な話だな」
ハインリヒ様はクスクスと笑った。
「······見て、ハインリヒ様。当主の横に女性の名前が書いてある······ほら、全部の当主の横にちっちゃく。数字は享年かなあ。奥様か娘さんの名前ですかね」
「ヴァンゲンハイム家の男は、みんな独身で養子に入り、未婚のまま次世代に引き継いでる。それはみんな、歴代の『贄の魔女』の名前だよ」
「······私?」
「そう。ほら、師匠の名前の横」
「エレオノーラ・マイエ······おお!本当だ!」
「俺が引退したら、横にはお前の名前が書かれる」
「······それは楽しみだなあ、·····ん?」
「どうした?」
「··············」
「ティアナ?」
「········あ、いいえ·······そろそろ一度休憩しませんか。朝からずっと本見てたら、少し疲れちゃいました」
「そうだな。お前にしては長く図書室にいるものな。じゃあ少しお茶にしよう」
ハインリヒ様は図書室にある大きくて長いソファに腰掛け、執事のフォルカーさんを呼び出し、お茶の指示をした。
この国が出来て約300年。
建国当初、この国では大きな魔法戦がいくつかあったらしい。
事態が終息したのは建国から5年後、最後の魔法戦の後だった。両陣営の魔法使い達が戦いにより数を減らしていく中、戦いの最中に敵の魔法使いが一斉に消えるという事件があったらしい。お陰で王家側は勝利したが、魔法使いで全盛を誇ったこの土地の魔法文化が衰え始めた。その後も、何故かこの国の土地には魔法使いと呼ばれる程の魔力を持った子供がパタリと生まれなくなったのだ。
これが魔法使いや魔女が絶滅したと言われる所以だ。
残された魔法使い達は、当時完成したばかりの魔術を利用して国を支えることを選んだ。
従来、妖精達との交渉からでしか得られなかった魔法と比べ、教本によりある程度の魔力を持った人間であれば学ぶことで技術を得られるため、魔術文化はあっという間に国中に広がり、最終的には魔法に取って変わったのである。
フォルカーさんが、暖かい紅茶を注いでローテーブルに置いてくれると、フワリと茶葉の良い香りが漂い、私はカップを手に取った。
今日はチラチラと朝から雪が降っている。室内は魔具のお陰で春のように暖かいが、外の景色を見ながら、ヴァンゲンハイム家に来て二回目の冬が来たことを改めて実感しながら香りを嗅いで紅茶を一口ふくんでローテーブルに置いた。
午前中いっぱい、別室で夢に出てきた本を探したが、見つからなかった。あとでもう少しだけ探してみようと思う。
ハインリヒ様が買ってくれた薄桃色のふわふわのニットを着て、手を袖にギリギリまで隠していたら紅茶を飲みながらハインリヒ様が聞いた。
「どうした?寒いか?」
「いや、寒くはないんですか。この服ふわふわであったかいから」
「ふぅん。どれ」
ハインリヒ様は紅茶をローテーブルに置くと、急に距離を詰めてきた。




