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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第7章 ユニコーン
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7-7

 


 ノエルと別れ、私達は転移門から魔術庁に戻ると、ハインリヒ様は真っ直ぐに魔術公安に向かった。


 対応してくれたのはシュトライヒ公爵様の嫡男、次期公爵のクリストフ・シュトライヒ様だった。血だらけの私に、男を担いだハインリヒ様という明らかにおかしな様子の私達に、彼は何も言わずに魔術公安部の地下階段に案内したが、私はドアの前で至急医務室に行くように告げられ、魔術公安部の室内に足を踏み入れることすら出来なかった。



 一人で医務室にきた私は、問診と念のための医師の検査を受け、透視魔獣のレオナッテを使って臓器に傷がついていないか診てもらった。ぷよぷよした体の30センチほどのこの魔獣は、ぎゅっと体を掴むと口から謎の光を放つ。照射された対象物は生命体の体内を半透過するため、病院などで飼われている。


 ユニコーンの角を舐めた効果か、臓器の傷はどこにも見当たらないということで、苦い薬草茶だけを貰って医務室を出た。


「ティアナ······!どうだった?体は大丈夫だったか?」


 廊下に出るとハインリヒ様が待っていてくださって、何にも傷が無いことを伝えるとあからさまにほっとしてるのが分かった。心配をかけてしまったことに申し訳なくなってしまう。


「先に執務室に戻ってくださって良かったのに」

「······心配でな。何でもなくて良かった」


 ハインリヒ様は軽く笑って頭を撫でてくれたので、私も嬉しくてニコニコと笑った。


 湖に一度体を沈めてしまった私は庁内の簡易シャワー室で体を温め、剣術用の稽古着に着替えて執務室に戻ると、

「今日は仕事の手伝いはいいから、目の届くところで教本の自習でもしててくれ」

 と言い渡され、室内の隅っこにある私専用の小さな机の上に鞄から教本と図鑑を出した。


 手垢があまりなかった教本と図鑑は、一時期実施したハインリヒ様の鬼の勉強会のおかげで少なからず使用感が増していた。


 あの勉強会が終わっても、ハインリヒ様は時間を見つけては私に勉強を教えてくださる。不出来な弟子には勿体ないくらい出来た師匠だ。


 彼は、窓際の大きな執務机で何やら一生懸命ペンを走らせていた。



 さっきの件、気になってはいたがハインリヒ様は何も聞いてこなかったので私からは話題にしなかった。


 あの黒髪の男が誰で、何故あの場にいたのか。

 どうして私達に関与するのか。

 本当に『鈴蘭』なのか。


 集中出来ない私はハインリヒ様をぼーと見ていた。


 書類を書く彼の美しいアイスブルーの長い髪が窓から差し込む光で反射し、まるで女神のように美しく幻想的に見えた。


 室内に響くペンの音だけを聞きながら、思わず魅入っていると、ペンを止めた彼と視線が交わる。


「どうした?体調良くないのか」

「いえいえ、絶好調です」

「わからないところでもあったか?」

「いえ。ただハインリヒ様を見てました。女神様みたいに綺麗だなあって」

「······お前は。羞恥という言葉を知らないのか」


「綺麗なものを綺麗と言って何が悪いんですか?ちなみに私はハインリヒ様がそんな外見のくせに、実は腹筋割れた良い体してることも、フェロモン的なすんごい良い香りをさせていることも調査済ですから。誰よりもあなたに関するネタは持ってます。売ったら大金持ちになれそうです」


「売るな。『そんな外見のくせに』とは何だ。ベタベタ朝から触って調べたくせに。変態」


「変態万歳ですよ、ハインリヒ様。私はあなたの匂いを嗅げるならド変態と呼ばれても結構です。正確に言うと匂いを嗅いで心音を聴いてるだけなのですが触ってましたかね?じゃあついでにまた触りに伺いますね」


 ハインリヒ様の頬がカァっと赤く染まり、眉を寄せて歯を食い縛った。


「お前なあ」


 ガタっと執務机から立ち上がり、つかつかと私の前に来た。座ったままの私の両腕を掴んでゆっくりと顔を近づける。掴まれた腕では椅子を下げることも出来ず、逃げ場を失った。



「ティアナは何故いつも俺に触る?どうして俺の匂いを嗅ぐんだ」

「綺麗だし、いい匂いだからです」

「綺麗でいい匂いの男には、お前はいつもこうやって触るのか?」

「そんな馬鹿な。あなただけですよ」

「じゃあ、俺もお前を触るぞ?」

「ええっ?!何で?」


 急な提案に困惑し、私は声を上げた。


「ティアナは俺に触るじゃないか。お前が良くて俺はだめなのか?」

「ダメですよ!私は綺麗じゃないし、いい匂いもしませんもん」

「そんな事ないだろ」


 ハインリヒ様の顔が急に首元に近付く。ビクリと体が無意識に反応し、掴まれた腕で押し戻そうとすると一層距離を縮められた。


「何されてるんですか」

「匂いを嗅いでる」


 匂いとか言われ、私の中になけなしの羞恥心が急に芽生える。カアアと顔面に熱が集中し、首元にかかる微かな吐息にビクリと震えた。


「私は臭いので、だめです!」

「そんなことはない。俺はお前の匂い嫌いじゃないぞ」


 ハインリヒ様が角度を変えて首元を嗅ぐたび、サラサラの髪が落ちて肌にあたりゾワゾワとした。


「····っ····」


 なんだろう。今までだって、これくらいの距離になることはたまにあった筈なのに。声にならない声が喉の奥から漏れた。


 ハインリヒ様の呼吸が、息が、酷く熱く感じる。


 胸の奥から締め付けられるような、不思議な感情が沸き上がる。首筋にかかる吐息で、背中に一瞬電気が走ったように感じた。


 ゆっくりと首筋から耳元に、かかる息が上がっていく。


「······ティアナ······」


 名前を呼ばれた瞬間、体が跳ねた。


 ハインリヒ様の呼吸音が、耳のすぐそばに聞こえる。


「頼むから、勝手に怪我しないでくれ」

「う····っハインリヒ様?!な、なんか近過ぎませんか?!」

「俺のそばから離れるなよ」

「ひぃっ!!すすみすみすみません!!」

「······ふぅん。お前、自分から責める時はやたらメンタル強い癖に、責められると案外弱いのか?」

「責めるって何?!」

「へぇ····そうか。いいこと知ったな」


 やたら挑発的な顔で、唇を上げて笑う彼に、私の頭が爆発した。


「···っ!ハインリヒ様!もう勘弁してください!」

「俺がいつもどんな思いしてたか、理解出来たか?」

「出来た!出来ました!」


 思わずぎゅっと瞑ってしまった目を、ガチャリというドアの音で、パッと開けた。



「······お邪魔····してしまいましたわね······ノックをしたのに反応がないので開けてみたのだけれど。ビックリするぐらいのお取り込み中だわ······」


「アルレット?······いや、これは、違う·····」

「アルレット様?」


 アルレット様はクスクスと笑いながら私達二人を楽しそうに見ていた。ハインリヒ様の手の力が緩まり、私はアルレット様に駆け寄った。


「ティアナを我が家へ招待したからハインリヒも一緒にどうかと思って誘いに来たのだけれど。ふふ、サミュエルが喜びそうな既成事実を目撃してしまったわ」



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