表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第6章 贄の魔女 【1】
57/139

6ー4 初代『贄の魔女』アル 3

 


「ノエルって、手作業は上手くないんだね」

「知らないよ、そんなの」


 ノエルと私は遠く離れた森の中の小屋で暮らし始めた。家作りが出来ない私に、ノエルは何処かの空き家を丸ごと持ってきて移設した。少し埃を被ってはいたが、中には家具や食器まであって、暫く人間が使用してない家だとノエルは言っていたけど、「暫く」の塩梅が私の考えていたもと同じかどうかは定かでない。


 小麦が欲しいといえば小麦を、川魚が欲しいと言えば魚を、ノエルはどこからともなく持ってきた。


 人と触れあうのが未だ少し怖くて時間潰しにと、ノエルにたくさんの本を頼んだら、よくわからない外国の言葉の本や古い言葉の本も沢山持ってきたけれど、彼はどんな言語でも瞬時に読み解き教えてくれた。


 勉強が苦手な私だったけど、ノエルは私を殴ることも石をぶつけてくることもなく無表情のまま淡々と教えてくれるので、沢山の言葉を私は覚え本を読んだ。



 悪魔である彼は何でも出来るのかと思ったけれど、一緒にパンを作ろうと彼に任せたら、モチモチの生地に両手を突っ込んだまま、ノエルは動けなくなっていた。


 悪魔は悪魔なりに出来ないことや苦手なことがあるんだと一緒に過ごして初めて知った。それにノエルは自分の感情にいまいち疎かった。おそらく感情はあるのだ。でも喜怒哀楽を理解出来ていない。それでも毎夜、白猫になってベッドですり寄る彼は私が触れた中で一番温かい生き物だったし、誰よりも私の側にいてくれた。


 初めて温もりを得た私は、ノエルが側に居るのがすぐに分かるように小さな鈴をノエルの首につけた。人型の時に黒いリボンに結んでつけたけど、猫になってもちゃんと鈴はついていた。


 私達は、その後も森の中で二人で暮らし続けた。日中、妖精や魔獣達がよく私の回りに集まっていたけど、私に害が及ばない限り、呼ぶまでノエルは見ないふりをしてくれた。


 お陰で苦手だった魔法のコントロールも使用頻度が上がるに連れて上達し、生活に困ることもない。


 魔物は森の中なのに全く来なかった。多分ここに辿り着く前にノエルが始末をしているような気がする。


 記憶を読むのが得意なノエルは最初は私の記憶を勝手に読んでいた。辛い過去に夜うなされる度に、記憶を改竄してあげると言われたが

「友達の頭や心を勝手に覗かないで!消すのも変えるのも勝手にやっちゃダメ!」

 と怒ると、自分からは記憶を見ようとはしなくなった。




 そうして、木洩れ日が差すように優しい日々を二人で過ごして、だいぶ時がたった頃、私の体に異変が起きた。


「ノエル、どうしよう。口から血が出る······胸が痛いよ······」


 久しぶりに見た沢山の血に戸惑い、私はノエルに言った。


「アル。それは人間の体の寿命だよ。器は時間とともに劣化する。それは僕には助けてあげられない」


 ──寿命。

 体の使用期限がもうすぐ切れてしまうのだ。人間の生には限りがある。


「ノエル、私はもうすぐ死ぬの?」

「そうだね。もうすぐ死ぬよ。魂の揺らぎが見える」


 自分の終わりを知り、私は初めて後悔をした。


 村を離れて数十年、私は人間が怖くて関わることを止めてしまった。


 本を読みながら、ノエルに守られて、ただただ毎日を過ごし、社会から逃げ、現実から目を背けていた。


 それなのに辛い過去すら手放せずに胸の中にしまい続けた。

 死の淵に立ち、初めて自分の本心を知る。


「ノエル、ノエル·······私、もっと人間と関わるべきだった。私、もっと人間を愛するべきだった。人間に、愛されてみたかった」

「······君を最初に突き放したのは人間の方だよ。生け贄にされたのに、アルはまだ人間の味方をするの?」

「わかってる。私は人間に嫌われている。私を好きな人間なんていない。だけど、それでも······私も一人の人間だもの。だから、自分からもう一度歩みよるべきだったの。人を好きになるように、努力すべきだったの」


 今さら嘆いたところでなにも変わらないのに。あとからあとから涙が溢れた。


「そんなに人間が好きなら、来世でもう一度試してみればいい」


 表情を変えずにポロリと呟くノエルに私は驚く。


「来世····?本で読んだよ。人間の魂は生まれ変われるって本当なの?」

「本当だよ」

「それなら····私、もう一度やり直せるんだね。私、今度こそ後悔したくないよ······!ノエルにもまた会えるかな」

「僕はアルの魂の色を間違えない。アルを探せる。だけど」

「だけど?」

「来世の君がまた、今と同じように魔力を持って生まれてくるかはわからない。利益の交換が出来ないなら僕は側にいられない」


 赤い赤い瞳は真っ直ぐに私をみていた。出会った頃と変わらない、孤高の宝石のような美しい赤い瞳で。


「アル······嫌だ。僕は嫌だ。君を失うのは嫌だ」

「ノエル?」

「僕の友達。初めて僕が欲しいと思った。君だけなんだ。ずっとずっと側にいたい。君がこの体を離れても」

「······私が同じような魔力を持って生まれてくれば、ノエルはまた私の側にいることが出来るの?」

「出来るよ」

「どうしたらいい?どうしたら今と同じ魔力を持てる?」

「願ってアル。残り少ないけれど、君のその残りの寿命を対価に、契約を結ぼう。友達だけど、こればかりは、来世にかかる願いには契約が必要なんだ」


 ノエルと私は手を繋いだ。

 掌を重ね一つ、また一つと指を折る。ノエルの手は白猫になった時とは反対に、熱を感じなかった。


「······アル、願って。言葉にして。『転生後も今と同じ魔力を求める』と口にして」

「······ノエル、少し怖い。また魔力のせいでみんなに虐められたら······」

「アル。アル。僕が助ける。君にその魔力がある限り、僕は側で君を助けるから。必ず君を迎えに行くから」

「そう······ノエルがいるなら、怖くないね」

「アル、願いを」


 ゆっくりと目を閉じると、二人で過ごした日々が脳裏を過る。


「お願い、ノエル。転生後も今と同じ魔力を私に頂戴······。私の願いを叶えて」



 言葉を放った瞬間、ノエルの唇が私の唇に触れ、視界が反転し全てが闇に変わった。


 私は二度と目覚めぬ眠りについた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ